第87話 イナビカリ
祭服が消えた方向へと静かに走り出す。
それに合わせて行く手を阻もうとしてくる怪人達。
やれやれと首を振ったライトニングは、子気味の良い音と共に長剣を抜き放った。
すると、その目に映る景色の流れが弛緩し、ゆっくりになる。
ヒーロー“ライトニング”。
その最大の特徴は唯一無二のヒーロータイムだ。
引き延ばされた時間の中で、飛びかかってきた怪人6人の首を冷静に刎ねていく。
手元でくるりと剣を回したライトニングがその刀身を鞘に収めると、
「ぐぎゃあああ!」
周囲の時の流れが元に戻った。
首を切られた怪人達が断末魔の悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちる。
それには脇目も振らず、怪人の海を駆け抜けた。
ヒーロータイムとは、極度の集中状態に陥った際に、脳のリミッターが解除され、普段の数倍の力が発揮できるようになる現象のこと。
ヒューマンで言うところのゾーン状態に等しいが、得られる恩恵が比較にならない程に大きい為、ヒーローが戦闘中に発動できれば、大きな武器となる。
しかし、この状態に意図的に入るのは非常に難しい。
訓練や薬剤の力を借りれば、それなりに確率を上げることは出来るが、あくまで確率を上げるだけ。
戦術的に用いるにはあまりにも不安定すぎる力だ。
唯一人を除いては――。
カチャリ。
正面を遮ろうとするヘビ型怪人に向かって、もう何度目かの抜剣をする。
すると、今回も流れる時が急速に勢いを失った。
ガラ空きの胴部を切り裂き、一切淀みのない動作で鞘に収める。
それに合わせて、時の流れが急加速した。
腹から血を流したヘビ型怪人がもんどり打って地面に倒れる。
――『稲光』。
そう呼ばれる独特な戦い方がライトニングの代名詞だ。
鞘から剣を抜いて収めるまでの間、100%の確率で濃密なヒーロータイムに突入することができる。
強力な自己暗示による離れ技で、真似しようとして真似できるものでもない。
端から見ると、剣の閃きのみが目に映る為、ライトニングの周りで白い稲妻が走ったように見えるのだとか。
故に稲光。
(捉えた……)
伸縮を自在に繰り返す時の中で、怪人の海の中に、目的の背中を見つけた。
左右の怪人を撫で切りにしつつ、一気にスピードを上げる。
グニャリグニャリと歪む景色の中、自身が黒い稲妻と化したライトニングはあっという間に相手の真後ろに到達した。
「な、に!?」
驚いた様子で振り返る祭服の男。
頬に刻まれた『1』の文字が目に入る。
「ライトニングゥゥゥ!」
雄々しく吠えたNo.1が咄嗟に右腕を振り上げるが、それと同時にライトニングが左の親指で剣柄を跳ね上げた。
カチャリ。
その刹那、世界が色褪せ、時間が延々と引き延ばされる。
「――終わりだ」
やけに自身の足音が大きく聞こえる気がした。
スラリと手元の長剣を抜き放ち、相手の喉仏を真下から貫く。
ズドン。
確かな手応えと共に、首の向こう側から剣の切っ先が突き抜けた。
手首を返し、勢い良く体から引き抜く。
チャキン。
直後に空中で二度血を払い、鞘に刀身を収めた。
この間、No.1が出来たことと言えば身じろぎだけ。
次の瞬間、世界が急激に加速した。
「ぐぼぁあ……」
喉元から勢いよく血を噴き出させたNo.1が、声にならない声を発する。
そのまま、よろよろと後ずさりすると、天を仰ぎ、背中から地面に倒れ込んだ。
一瞬、辺りが静まり返り、周囲の怪人達が弾かれたように騒がしくなる。
「ヘルツリー様ぁぁぁ!!!」
「ああ、主よ! どうして!?」
「あり得ない! こんな事、あってはならない!」
阿鼻叫喚の嵐の中、その元凶となったライトニングだけが一人、冷え切った気持ちを抱えていた。
足元で血溜まりに沈む死体を眺め、絞り出すように呟く。
「なんだこの手応えのなさは――弱すぎる」
☆☆☆☆☆
正面に立つ怪人達を次々と斬り捨てていく。
トップを失ったからか、全員からまるで戦意を感じられない。
「おい、ライトニング。大丈夫か?」
七剣の二人を伴ったスパイラルがヘルツリーの死体の元に辿り着くと、微妙な顔をしたライトニングがその傍らに立っていた。
特に怪我を負っているようには見えないが。
どうした? とスパイラルが尋ねようとするが、それよりも早く真っ白な女ヒーロー、ディパーチャーが口を開いた。
「嘘!? まさか、一人で倒しちゃったの? 私も戦いたかったのに!」
耳元で大声で叫ばれ、思わず耳を塞ぐ。
(う、うるせぇ……なんだこいつ、戦闘狂の類か?)
その隣で、
「いいじゃん、面倒ごとを片付けてくれたんだから。素直に喜ぼうよ」
全く嬉しくなさそうな表情でミーティアが言った。
「は? あんた今、私に命令した?」
「いや、してないでしょ……。ああ、もう。ほんと面倒くさいこのイカレ女」
一瞬で七剣二人の雰囲気が悪くなる。
(おいおい、こいつらここで喧嘩するつもりか? 誰だよこんな奴らを指揮官にしたのは……)
仲裁に入ろうかスパイラルが迷っていると、
「ああ、七剣神王のお二人さん? 少し喧嘩するのは待ってくれないかな」
ライトニングが二人の言い争いを遮った。
「「なに?」」
七剣二人の鬼のような視線を浴びるが、どこ吹く風でライトニングが答える。
「こいつ――多分、ヘルツリーじゃないよ」
「なんだって!?」
今度はスパイラルが大声を出してしまった。
すると、
「うっるさ。声のボリューム考えなさいよこのデブ」
ディパーチャーから鋭い罵声が飛んでくる。
(こ、こいつ、よくもまあ自分を棚にあげて……)
怒りに震えるスパイラルを余所に、
「No.1はヘルツリー三体の中でも別格なんだ。こんな簡単に倒せるレベルの怪人じゃないよ」
そう言ったライトニングが、足元に倒れている祭服男の仮面を蹴り飛ばした。
その下から表れたのは、強面のヘルツリーとは似ても似つかない垂れ目の男の顔。
「やはり、別人か――」
スッと目を細めるライトニングの横で、思わず叫ぶ。
「ちょっと待て。だとしたら、本物はどこにいる?」
イラッとした顔のディーパーチャーに足を踏まれるが、それどころではない。
向かいのミーティアが頭を抱えるようにして呟いた。
「しまった。完全にはめられた……」
「はめられた? どういうことだ?」
スパイラルが尋ねると、
「だって、あんたが五帝のサイクロンで、そこの金髪がライトニングだろ?」
ミーティアが投げやりに答える。
「まあ、そうだな」
「そんで僕が七剣のミーティアで、そこの白いのがディパーチャー」
そこで一旦言葉を区切り、強調するように言った。
「――この場にS級怪人と戦える戦力が全員そろってる」
その瞬間、雷に打たれたような衝撃を受ける。
(まずい。今、奴に暴れられたら止めれる者がいないぞ……)
「しかし、奴は俺達を一カ所に集めて何をするつもりだ?」
スパイラルの言葉を受け、空を仰いだライトニングがポツリと呟いた。
「そうだね。俺だったら――今のうちに逃げるかな?」
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