第73話 護衛対象

 ガチャリと四つの銃口が一斉にこちらへ向けられる。


 その瞬間、俺の五感全てが極限まで研ぎ澄まされるのを感じた。


 先端に朱い閃光が集まっていくのがはっきりと見える。

 適合率100%の文字が視界の隅で明滅し、身に纏うバトルスーツが急速に熱を帯びた。


(遅いな……)


 プラズマライフル銃。

 多くのヒーロー達が愛用するサブウェポンの代名詞。


 引き金を引くだけで、誰でも簡単に高火力の遠距離攻撃が可能となる。

 しかし、俺が好んでこの武器を使用することはない。


 その理由は至極単純だ。プラズマ弾には一つ、大きな欠点がある。


 それは、打ち出す速度を変えられないこと。




 俺の場合――



 手にしていたブレードを真上に放り投げ、開いた両手で腰のホルスターから4本のスローイングダガーを抜き放つ。

 そのまま、胸の前に構えると、放るようにして空中にばらまいた。


 まるで、スパイアクション映画だ。

 綺麗な弧を描いたナイフが、ゆっくり銃口に吸い込まれるのが見える。



 ――短剣を投げた方が遙かに速い。


 直後にギャラクシー4の四人が持つライフル銃が内側から爆発した。


「!?」

 全員が信じられないという表情で体を仰け反らせる。


 その一瞬の隙を突き、一気に広場中央へ進み出た。


 それに合わせて、先程、空中へ投げ上げたブレードがタイミング良く右手に収まってくる。



 一対複数のコツはとにかく囲まれないこと。

 これは、どんな猛者でも背後からの攻撃には弱いという理由からだ。


 しかし、そんなセオリーはお構いなしで真っ直ぐ広場を突っ切った。


 目標はベオウルフの奪取。

 別に見捨ててもいいが、どうせ戦うならついでだ。


 手元のブレードを逆手に持ちかえながら、大股でスパイラルに近づく。


 すると、

「おい! 今すぐそいつをとめろ!」

こちらを指さしたスパイラルが大声で叫んだ。


 それと同時に他3人が一斉に突っ込んで来る。


 右からスピード。左からジィーブラとプリティーウーマンだ。


 元の立ち位置や足の速さの関係で僅かにスピードの到達が早い。


「その首、もらった!」

 雄々しく叫ぶと、レイピアのような細いブレードを握り、真っ直ぐ突っ込んで来ようとする。

 しかし、


(甘いな……)

直前で足下の水たまりを蹴り上げた。


「何!?」

 思わずといった感じで足を止めるスピード。


 本来、両者の間に水の壁ができようと関係はないが、反射的に身構えてしまうのが人間というものだ。


 僅かに生じた動揺を逃さず、問答無用でその頭を鷲掴みにすると、無理矢理こちら側へ引きこんだ。


 そのまま、為されるがままのスピードの顔面に自らの膝を叩き込む。


 ズガンッ。


 続けて、二発、三発。


「ぐへぇ」

 完全にグロッキー状態となったスピードを地面に放り捨てると、そのタイミングでようやく他二人が到達した。



「お前は左から回れ! 俺は右から回る!」

「は? 偉そうに命令してんじゃないわよ!」


 ジィーブラとプリティーウーマン。

 この二人は元々相性がいいのか、罵り合いながらも、左右に分かれての綺麗な挟撃を仕掛けてくる。


 先程テツにも同様の仕掛けをしていた。


 左右から雨のように繰り出されるブレード。

 それを僅かな体の捻りだけで躱すと、両者の鳩尾に同時に肘打ちを叩き込む。



「ぐっ!」

「かぁ!」

 

 あまりの威力に嗚咽を漏らす二人。

 そのガラ空きの顔面に裏拳を叩き込むと、止まった足を手前から奥へ交互に払った。


 そのまま、こちらにしなだれ掛かるように体勢を崩した二人の後頭部に、今度は垂直の肘打ちをお見舞いする。


 ズガン。

 遅れてきた音と共に、二人が顔面から地面に叩きつけられた。


 流れるような一連の動きに、恐らく喰らった本人達は何が起こったか分かっていない。

 茫然自失としたまま、水たまりに倒れ込んでいる。


 この状態で誰一人としてプラズマフィールドが割れていないのは流石といったところか。



 間髪置かず、逆手に持っていたブレードをスパイラルに向かってやり投げの要領でぶん投げた。


 空を切り裂く神速の一投。

 唸りを上げたブレードが線となり、20メートル先のスパイラルの右腕を弾き上げる。


「ぐっ……」

 思わずベオウルフを取り落としたスパイラルの眼前に、


トンッ。

ほんの一瞬で移動した。20メートルの距離を一歩。ほぼ瞬間移動に等しい。


 相手の正面に片足で着地し、下から抉るように肉薄する。


「――な――に!?」

 あまりにも突然の敵の出現にギョッとしたスパイラルが慌てて右腕を伸ばしてくるが、無理な体勢から放たれた拳には一切体重が乗っていない。


 片手で雑に払いのけると、逆の手で首元を締め上げた。

 そのまま、軽々と体を持ち上げる。


 奇しくも、先程スパイラルがベオウルフを締め上げていたのと全く同じ形だ。


 ギリギリと手元に力を込めた俺がゆっくり真横を振り向くと、真っ青な顔でこちらを見上げるベオウルフと目が合った。



☆☆☆☆☆



(な、なんだこの化け物は……こんなヤバい奴がこの世にいるのか……)

 首元の拘束を何とか解こうとするが、ビクともしない。

 スパイラルの視線の先では、呻き声を上げた仲間達が地面をのたうち回っていた。


 阿鼻叫喚。壊滅的な惨状だ。

 広場内が完全に静まり返っている。


 S級怪人、反英雄アンチヒーロー

(――なんて怪人的な戦い方をするんだ)


 まるで暴風だ。セオリーなどお構いなしで一直線に突っ込んできた。

 それでいて、恐ろしく高いバトルIQ。


 最初のナイフ投げから始まり、

 スピード、ジィーブラ、プリティーウーマンと、殆ど何もさせてもらっていない。


 まさに圧倒的。圧倒的力で上からねじ伏せられた。


 世間では卑怯者や不意打ちのエキスパートなどと呼ばれているが、そもそもの戦闘能力が高すぎる。


 最も恐ろしいのは、こんな状況になっても仮面舞踏会の“No.2”が一切動かないこと。


(あの怪物でも手に負えないというのか――)


 同じS級怪人同士。互いに潰し合ってくれればと思ったが、一向に戦う気配はない。


 完全に反英雄が場を支配している。これは天災の類いだ。過ぎ去るのを待つしかない。


(というか、何でこいつ始めから自分で戦わなかったんだ? その方が全然早かっただろ……)

 そんなことを一瞬考えるが、頭を振って打ち消す。


 それを今考えても仕方がない。おそらく外からでは窺い知れない深い理由があるのだろう。


 それより、今は首元の拘束を解くことだ。


「うをおおおおおお!!!」

 脳の血管がはち切れんばかりに力を入れるが、相変わらずビクともしない。


 ―― まるで、万力にでも絞め上げられてるみたいだ。


 同じバトルスーツでこうも違うのかと。どれだけ適合率が高ければこれだけの力が出るのかと。

 そう思った瞬間、ゾッとした。


(いや、こいつ――本当に何%の適合率なんだ?)


 目の端で60%の文字が躍る。スパイラルはパワー特化のカタパルト式。

 反英雄は明らかにユニバーサル式をベースとしている。

 それでいて、この握力。


(本当に――何%出てる――?)


 相手が自分の思っていたより遙かに規格外れの存在かもしれないと気づき、戦意を削がれるスパイラルの眼前で、更に気持ちを挫く出来事が起こる。


 ジワリ。

 にじり寄るような圧力に釣られ、頭上を見ると、一番近くの工場の屋根に50以上の人影が立っているのに気づいた。


 それだけではない。少し離れた工場にも。更に奥の工場にも。多くの怪人の姿が見える。

計200体ほどか。


 その先頭に立った一際オーラのデカい怪人が口を開いた。


「ベオウルフゥゥゥー! 生きてるかぁぁぁ!!!」


 雷のような声が辺りに響く。


 頬に傷のあるガテン系の男。

 その見覚えのある顔に胸の内で悪態をついた。


(くそ、反英雄とエビ男だけでも厄介だって言うのに……このタイミングで……)


「――セイバーズの増援だと」



☆☆☆☆☆



(うーむ……)


 頭上を仰いだ俺は、ずらりと並んだ怪人達の姿を見て唸り声を上げた。

 しばらく悩み、手元のスパイラルを投げ捨てる。


「うげ」

 尻餅をつくスパイラルを無視して、テツの元に歩み寄った。


「おい、テツ。大丈夫か?」

「全然、大丈夫じゃねーよ。てか、やっぱお前にボディーガードは必要ないな。これに護衛付けようとするボスもイカれてやがる……」


 二人で顔を突き合わせ、小声で会話する。


「まあ、そう言うなって。ボスがイカれてるのには賛成だけどよ。それより、これからどうするよ?」

「いや、どうするって言われてもよ。まさか、セイバーズのトップが直接出張ってくるとは思わなかったからなぁ……」


 腕を組むテツの視線の先には、頬に傷のある熊のような男がいた。


 セイバーズのボス、S級怪人“デスベアー“。

 変身前、変身後、共に顔の割れている超有名怪人だ。


 その周りを屈強な幹部達が囲んでいる。


 広場内を見渡せば、


「ああ、いったいわね……」

「くそ、化け物かよ」

ブツブツと文句を言いながらギャラクシー4達が立ち上がっていた。


 特別ダメージが残ってる様子はない。


 そんな彼らの背後からは、毒々しいオーラを滾らせた白仮面の男が迫って来ている。


(おいおい、こいつら今からここで戦うつもりかよ……)


 既に辺りに不穏な空気が漂い始めていた。

 セイバーズとギャラクシー4の間で抗争勃発寸前だ。


 それに加え、仮面舞踏会、ガーディアンズと、巨大な戦力が集結している。

 さながら怪獣大戦争。


 巻き込まれたら、間違いなく面倒なことになるだろう。


「――よし、逃げるか」


 テツの真似をして腕を組んだ俺が再び頭上を仰ぐと、デスベアーとバッチリ目が合った。

 明らかに目の色が変わる相手を見て、嘆息する。


(名が知れすぎてるのも考え物だな……)

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