第63話 ヒーローネーム

「ねぇ、サツキ! 昨日のギャラクシー4のニュース観た? 凄かったよねー」

 その日、教室の窓際でスマホをいじるサツキに満面の笑みを浮かべたユナが話しかけてきた。


 今は朝のホームルーム前。

 他のクラスメイト達も自由に席を離れて雑談している。


「ギャラクシー4? なにそれ?」

 耳馴染みのない言葉に思わず聞き返す。


「もー。相変わらず世間の動向に疎いんだから。最近話題の4人組の民間ヒーローだよ。先月の月間怪人討伐数1位のグループで、今物凄く勢いがあるの」

「へー。そんなグループがあるんだ。初耳かも」


 ユナの話を聞いたサツキがぼんやり相槌を打っていると、


「みんなー。そろそろホームルームを始めるぞー。その前にヒーローネーム希望用紙を提出してくれー」

担任の雨木先生がツカツカと教室に入ってきた。


「そういえば、ヒーローネーム希望用紙の提出期限って今日までだっけ。サツキはもう決めた?」

「うん、もちろんだよ! ユナは?」

「私も一応決めたよー。いざ、自分で名乗ると考えるとちょっと恥ずかしいけどね……」

 へへへと照れたように笑ったユナが、ハッと思い出したように言う。


「ヒーローネームと言えば、ギャラクシー4に凄い名前の女ヒーローがいるんだよ!」

「……凄い名前?」

「そ。プリティーウーマンって言うの! これやばくない? 直訳で可愛い女だよ? なかなか自分じゃ名乗れないよね」

「へ、へぇ。それは凄いね……」


 ユナの言葉を受け、小脇に抱えていた希望用紙を自身の眼前にかざす。


 プリティーレディ。


(うーん。やっぱ、これは攻め過ぎかな……)


「サツキ、どんな名前にしたの?」

 グイッと手元を覗き込もうとするユナを、


「ちょっ、急用思い出したから後で教える!」

ひらりと躱して急いで自分の席に戻る。

 そのまま、慌ててボールペンを取り出すと、プリティーレディの文字を上から塗り潰した。


(ふぅ〜。なんとか人目に触れるのは避けられた)

 一仕事終え、深く席に座り直す。

 これで一安心だと、別の名前を書こうとするが、


「まずい、全然良い候補が浮かばない……」

頭の中に湧き出るのは似たようなものばかりだ。


 キューティクルハット。ピンクガール。ビューティフルキャット……。


(これじゃ、プリティーレディと変わらないよなぁ)

 脳をフル回転させたサツキが、ジッと手元の用紙と睨めっこしていると、


「サツキちゃん、書けた?」

不意に頭上から優しい男性の声がした。


 ハッと顔を上げると、いつの間にか雨木先生が真横に立っている。

 どうやら、ヒーローネーム希望の用紙を提出していないのはクラスでサツキだけらしい。


教室中の視線がジッとこちらに集中していた。


(やばっ、なんでもいいから早く書かないと!)

 焦りで真っ白になるサツキの頭に、不意に聞き慣れた声が響く。


『うーん、そうだなぁ……時間が止まって見えるって言葉が先行してるし、“永遠”と書いて――』


――エタニティー。


 素早くペンを走らせたサツキは、バッと用紙を雨木先生の前に突き出した。


「これでお願いします!」



☆☆☆☆☆



「それで、結局エタニティーにしたと……」

「まあね。たまには妹としてお兄ちゃんの顔を立ててあげよう的な? そんな感じかな」


 夕食時。

 部屋着に着替えた俺が、机に並べられた料理に舌鼓を打っていると、向かいの席に腰掛けたサツキがぎこちなく笑った。


 その引きつった笑みを見て、一瞬で胸の内を看破する。


「なるほど。誰かにプリティーレディは流石にイタいと指摘されたと……」


 直後に、

「ちっがーう! 既存のヒーローと名前が似過ぎって言われて変えただけだから! ほんとそれ以外に理由ないから! ユナに言われた事とか気にしてないし!」

目をギラつかせたサツキが凄まじい速度で否定してきた。


 まるで、手負いの獣だ。

 よほど心に深いダメージを負ったらしい。


(ユナちゃんに相当ボコボコに言われたんだな。可哀想な奴め……)

 哀れに思い、仕方なく話を合わせてやる。 


「そうか。名前が被っちゃったか。それなら仕方ないな」

「そうなの! ギャラクシー4っていうヒーローグループに“プリティーウーマン”っていう女ヒーローがいるんだって!」

 すると、パッと上機嫌に戻ったサツキがニコニコと頷いた。


「ほう。ギャラクシー4ねぇ」

 良縁か。悪縁か。近頃、よく聞く名前だ。

 それだけ彼らに今勢いがあるという事か。


「お兄ちゃん。どうしたの珍しく真面目な顔して? ギャラクシー4に何か思う所でもあるの?」

 不思議そうに尋ねるサツキに、


「いんや。なんでもない」

真横に首を振る。


 そして、思い出したように付け加えた。


「そういえば、急遽明日から出張になったから。しばらく家を空けるぞ」



☆☆☆☆☆


 ピューっとまだ肌寒い春先の空っ風が吹き抜ける。

 翌日、ビシッとスーツを着込んだ俺は、テツと肩を並べていた。


(ふーむ、これがギャラクシー4が所属するビッグバン事務所か……)


 目の前に佇む横長の巨大建築物を見て目を細める。

 その入口に立ち、テツが圧倒されたように呟いた。


「デ、デケェ。最悪、ここにいるヒーロー全員を敵に回す事になるのか……。それだけは避けたいところだぜ」



(おっ、珍しく意見が合ったな)

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