第49話 ハイスペックのスペック

「もしもーし。ティガー、ケイソウさんの潜伏先はまだ見つからないのか?」

『うーん、残念ながら今のところ手掛かりゼロだね』

 その日、仕事を終えた俺は、その足で街外れの作業用ガレージを訪れていた。


「おいおい、ヒーロー軍に先を越されるのだけは勘弁だぞ」

『はは、その心配はないよ。彼らのネットワークは完全に掌握済みだからね。向こうに情報が入れば、自動的にこちらにも流れてくる』


「ヒーロー軍のセキュリティ大丈夫かよ……」

 電話機を片手に逆の手でプラズマカッターを動かす。


『しかし、最近の偽者くんの暴れっぷりは半端ないねぇ』

「ああ。最初はいい隠れ蓑になると思ったんだがな。ここまで大暴れするとは……」

『ははっ。まあいいじゃないか。結局、始末してしまえば一緒なんだ。全ての罪をなすりつけて万事解決さ』

「そんなうまくいくかねぇ」


 直後にカッターの刃先に触れた金属面がバチバチと音を立てた。


『相棒、さっきから何してるんだい?変な音がするけど』

 耳聡くその音を拾ったティガーが、電話越しに尋ねてくる。


「何って……バトルスーツ作ってんだよ。妹の」

『妹って、ヒーロー志望のかい?』

「そ。成り行きで俺が専用のバトルスーツを作ることになってな」

 ティガーに事の顛末を説明しながらも絶えず手を動かし続けた。

 やがて、一対のブレードが完成する。


『しかし、怪人がヒーローのバトルスーツを作るなんておかしな話だね』

「全くだ」


 両手に握った羽根のように軽い銀色の剣柄。

 その中央にあるボタンを押すと、ビーム性の青白い刃が飛び出した。


 薄暗い部屋の中が僅かに明るくなる。

 クルクルと剣柄を手の内で弄んだ俺が、試しに目の前の作業台に振り下ろすと、


スパンッ。

分厚い鉄の板が何の抵抗もなく真っ二つになった。


「ふむ」

 壊れた作業台を横目に、美しい剣先を眺める。

 名付けて、軽量型ライラックブレード-twin-。


(自分の物にしたいくらいだな……)



☆☆☆☆☆



 スッ。バッ。ブン。

 朝の庭先に絶えず空気を切り裂く音が響く。


(これいつまでやるの……)

 赤と青。

 左右の手それぞれに色違いのブレードを握ったサツキが、辟易とした気持ちで両腕を振り回していると、


「ふむ。悪くないな」

向かいのベンチに腰掛けた兄が満足気に頷いた。

 先程から膝上のノートパソコンを高速で弄っている。


 どうやら、サツキが腕だけに装着した配線剥き出しのスーツを介して、動きをモニタリングしているらしい。


「ねぇねぇ、本気で二刀流にするつもり? そんなの聞きたことないけど」

「二刀流はいいぞ〜。かっこいいし、何よりも画面映えする」


「いや、強さが大事なんだけど……」


 最近はバトルスーツ開発に向けてのデータを取るのが朝の日課だ。


(本当にお兄ちゃんに任せて大丈夫かな?)

 首を傾げたサツキが尚もブンブンと剣を振り回していると、


「サツキぃー! おはよー! 迎えに来たよー! あっ、お兄さんもおはようございまーす♪」

生垣の向こうからユナの声が聞こえてきた。

 よく見ると、紺色のアホ毛が見え隠れしている。


「げっ、もうそんな時間? 学校行かなきゃ!」

「気をつけて行ってこいよー」

 兄の緩い声を背に、勢いよく家を飛び出した。


「サツキ、最近朝何やってるの?」

 そのまま、ユナと肩を並べて学校へ向かう。



「うーん、秘密の特訓的な? まだ内緒♪」

「なにそれ〜」


 その後もたわいもない会話をしながら歩みを進めていくと、


「そういえばサツキ、今日からコマンダー養成プログラムの実地訓練でしょ?」

 正門前に差し掛かったところで、ユナがふと思い出したように言った。


「うん、そうだよ! 足引っ張らないように頑張らなきゃ!」

「ちょっとぉー。また危ないことしないでよ?」

 グッと拳を握るサツキを眺め、半眼のユナが嗜めてくる。

 その瞳を真っ直ぐに見つめ、ヘラヘラと笑った。


「大丈夫。大丈夫。今回は何があっても大人しくしてるから。へへへ」



☆☆☆☆☆



(ほへー。やっぱり、ハイスペックの身体能力って凄いんだな)

 カタカタとキーボードを叩く。

 事務所のパソコンに今朝取ったばかりのデータを入力した俺は、その異様に高いスペックに唸り声を上げた。


「握力500kgってゴリラかよ……」


握力   510kg

垂直跳び 3m80。

最高時速 110km

反応速度 0.02s

………………。

…………。

……。


 その他の数値もヒューマノイドとは比べものにならない。


「これをバトルスーツで強化して戦うんだもんなぁ。半端ねぇよ」

 若干呆れ気味の俺がドカリと椅子の背もたれに体を預けていると、


「ダマーラさん、さっきから何してるんすか?」

隣の席のハイエナが興味津々といった様子で画面を覗き込んできた。


「身体能力の測定結果?」

「そそ。ちょっと、訳ありでな。知り合いのハイスペックにデータを取らせてもらったのよ」

「どういうシチュエーションですかそれ……」

 俺の適当な説明に、ハイエナが大きく首を捻る。


「しっかし、とんでもないスペックですねぇ。素手で怪人倒せそうじゃないですか」

「ああ。改めてハイスペックってのは凄ぇんだなって感心するよ」

「ほんとっすねぇ」

 仕事もそっちのけでハイエナと頷き合う。


 しかし、

「でも、あれじゃないですか?」

「ん?」

直後にハイエナが思い付いたように言った。


「これに勝てる私達の方が凄くないですか?」


 ズガァァァン!

 その言葉に雷に打たれたような衝撃を受ける。


「た、確かに……! 俺たちの方が凄いかもしれん」

「私、前にヒーロー5人シメましたよ」

「俺も10人まとめてボコしたことあるな」


「ふむ」

「うむ」

 二人で再び頷き合う。


「ハイスペック恐るるに足らず」

「ですな」


 ガハハッ。

 俺たちが大笑いしていると、


「馬鹿言ってないで仕事して下さい」

コーヒーカップ片手に禿鷲が背後を通りかかった。

 その際、画面を覗きながらボソリと呟く。


「反応速度0.02s? どんな打ち間違いですか……。ハイスペックの平均0.09sですよ?」

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