第28話 西園寺グループの御令嬢

 ビキッ。ビシィ。

 ブレードとブレードが鋭く交差し、軋む様な音を辺りに響かせる。


 ここは国家ヒーロ軍高等学校の脇に位置する体育館。

 純白のバトルスーツを纏ったサツキは、紫紺のバトルスーツを纏ったクラスメイトと一対一で模擬戦を行っていた。


「はっ! やっ! たっ!」

 軽快にステップを踏む相手に対し、矢継ぎ早に手元のブレードを繰り出す。


 しかし、ヒラリヒラリと軽やかな身のこなしであっさりと剣先を躱された。


 次の瞬間、素早くバックステップを踏むことで相手がサツキとの間に距離を取る。

 そのまま、流れる様な動作で両腰のホルスターからライフル銃を抜き放つと、連続でプラズマ弾を発射してきた。


(銃撃⁉︎)

 完全に想定外の攻撃に、一瞬反応が遅れる。

 今から回避行動では間に合わないと判断したサツキは、咄嗟に顔の前で腕をクロスして全ての弾丸を受け止めた。


 プラズマフィールドとプラズマ弾が衝突し、小爆発を引き起こす。

 余りの爆風にその場で踏み止まるのが精一杯だ。


 上体を仰け反らせたサツキの視界の端で、紫紺のバトルスーツが回り込む様に突っ込んでくるのが見えた。


 しかし、体勢が崩れており、上手く対応できない。

 ライフル銃を素早くブレードに持ち替えた相手に思いっきり横っ面を殴られた。


 ガツン。

 鈍い音と共に視界が揺れる。

 脳に伝わる振動で、危うく意識が飛びかけた。


(まずい……)

 ふらつくサツキの懐に好機と見た相手が一気に飛び込んでくる。

 そのままブレードを放り捨てると、ド至近距離で肉弾戦を仕掛けてきた。

 左右の頬を好き放題殴られ、口の中に血の味が広がる。

 完全に勝負を決めにきている相手に、怒りが湧き上がるのを感じた。


「こんの!」

 その感情に任せて右の拳を振り抜く。

 バチバチという嫌な音と共に、恐ろしく重い一撃が放たれた。


 その余りの速さに相手も全く反応できていない。

 しかし、前のめりで放ったパンチは、標的をそれ、真横の空を切る。


(しまった……!)

 自らの失態を悟ったサツキが慌てて引こうとするが、いつの間にかバトルスーツの手足から煙が上がっており、全く動かない。


 次の瞬間、ガラ空きの顎に鋭いアッパーを貰い後方に吹っ飛んだ。


 スコーン。

 天地が回り、背中から思い切り床に叩きつけられる。


「ぐへっ」

 大の字で倒れたサツキが潰れたカエルのような声を上げると同時に、


ブーーー!!!

館内に試合終了を告げるけたたましいブザーの音が響いた。


「あたたたっ……」

 ヘルメットを外したサツキが頬を押さえていると、


「サツキ、大丈夫?」

心配顔のユナが歩み寄って来る。

 そんな彼女の方を見て安心させるように大きく頷いた。


「うん、全然平気だよ。そんなに痛みもないし」

 そう言ったサツキが体育館内を見回すと、ちょうど真向かいの壁際で対戦相手がヘルメットを外すのが目に入った。


 その下から気の強そうな目つきをした女性の顔が現れる。

 長い黒髪がトレードマークの日本美人。

 彼女は西園寺アオイ。

 日本を代表するバトルスーツ開発企業“西園寺グループ”の一人娘で、毎回実技試験クラス一位の天才だ。


 キョロキョロと辺りを見回し、サツキの姿をみとめると、静かに歩み寄って来る。

 そのまま、息がかかる程の距離まで顔を近づけてきた。


 ジィー。

 血走った目で睨まれ、たじろぐ。


(な、なんだろう?)

 息を呑むサツキの前で、バトルスーツの壊れた右腕をジロジロと眺めたアオイがゆっくり口を開いた。


「ねぇ、三枝さん。うちのバトルスーツ買う気ない?」

「……いや、ないです」


☆☆☆☆


「はぁ、疲れたー。今日はこんなものかなぁ」

 大きく伸びをし、手元のノートを閉じる。


 ここはヒーロー軍学校の共同図書館。

 今は期末テスト前ということもあり、放課後には多くの人が利用している。

 自習スペースはテスト勉強をする人で溢れかえっており、身動きするのも難しいくらいだ。


(もー、人多過ぎ……)

 なんとか人混みを掻き分け、自習スペースを後にしたサツキは、手にした問題冊子を返す為に近くの本棚に近寄った。


「ええっと、どこから借りたんだっけなぁー」

 ズラリと並べられた本を眺め、ゆっくりと横へ移動して行く。

 首を傾げたサツキがそのまま別の列へ足を踏み入れようとすると、不意に見知った姿が目に飛び込んで来た。


「あっ、西園寺さんだ」

 相手に見つかる前に、咄嗟に近くの物陰に身を隠す。


(西園寺さんに捕まるとセールストーク長いからなぁー。苦手って訳じゃないんだけど……)

 時刻は既に午後5時。ここで捕まって夕食作りが遅くなるのは御免被りたい。

 足音を忍ばせたサツキがそそくさとその場を去ろうとしたその時、


「おい、アオイ。何してんだよ? まさか、テスト勉強か?」

不意に野太い男の声が聞こえてきた。

 その声音に剣呑さを感じ、足を止める。


 気になったサツキが背後を振り返ると、厚い教本を手にした西園寺さんが一人の男に詰め寄られていた。

 逆立つ様な赤髪が特徴的な丸顔男。


(あれは、隣のクラスの東浦くん?)

 見覚えのある顔に、眉を顰める。


 東浦キョウスケ。

 東浦コーポレーションの御曹司にして、学年一の問題児。

 勉学、実技共に優秀だが、素行が悪く、教師相手に暴力を振るったという話も聞く。


 もしかしたら西園寺さんが襲われるかもしれない。

 そう思い、近くの物陰から様子を伺った。


「私が何をしようが関係ないでしょ? あっち行って」

「ちっ、冷たい奴だな。人がせっかく勉強を教えてやろうと思ったのに」

「何で私があんたに勉強を教わらなきゃいけないのよ。教わるとしたらあんたの方でしょ」

 意外にもアオイが強気に言い返す。


(へぇー。西園寺さんってあんな風に喋ることもあるんだぁ)

 普段のアオイは口数が少なく、物静かな人というイメージだ。常に凛としており、感情を表に出すところを殆ど見た事がない。


「はっ、まさかアオイ。前回のテストの結果を忘れたのか? 俺の方が2点上だっただろうが。既に格付けは済んでるんだよ」

「笑わせないで。前々回のテストは私の方が5点も高かったわ。5点もよ?」

 バチバチと睨み合う二人を見て、顔を引き攣らせる。


(この二人、なんでこんなに仲悪いの?)

 冷や汗を垂らすサツキの目の前で二人が、牙を剥きあった。


「それじゃあ、次のテストで決着をつけようぜ! 一位を取った方に絶対服従!!!」

「上等よ!」


(やば、変な現場見ちゃったかも……)

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