245話 手のかかる奴ほど、ぶん殴る

 脱獄ってこっそり行うような物のはずなんだが、そんな事はぜんぜんなく、大っぴらに逃げ出すって良いんだろうか。まあ、ゲームにリアルさを求めてあれこれ言ってくるのもいるわけだけど、今更それを言うのはナンセンスって話よ。

 あまり細かい事は気にせず、脱獄ライフ楽しみましょうってコンセプトの上でこのイベントが成り立っているんだろうな。

 そういうのは良いとして今はどう自分のアイテムを回収してFWSで正面玄関を突破するかって話になるわけだが……。


「あんまし眉間にしわ寄せてると美人が台無しになるよ?」

「誰のせいでそうなってるか分かってんのか」

「あたしかなー、よく言われるし」


 よく言われるってどんだけトラブルメーカーなんだ。まー、何となくではあるが、引っ掻き回して滅茶苦茶にして怒られそうな感じはある……うちにもそんな奴がいるような気がしたけど、それは気のせいだな。


「それで、どうするわけ?」

「保管庫に忍び込んで装備を回収したら、おねーさんのスキルで突破して脱出」

「そうじゃなくて、細かい作戦や動き方ってのはないんか」

「めんどいし」


 こいつ、ついに言いやがったな。 

 私が今まであれこれやってきても絶対に思わない様に、言わない様にしていた一言を。


「ちょっとは何かしら考えて物を言って欲しいんだけど」

「あ、おねーさん、ちゃんと計画立てないと動けない系?」

「……そういうのでムキになるほど子供じゃないわよ」

 

 口を尖らせてちぇーって言うような感じに言ってはいるが、そこまで本気では思っていないと言うのは口ぶりからして何となくわかる。表情がまるっきり分からないって、いいキャラメイクしやがって、こんちくしょう。


「それで、どのタイミングでやる?もうそろそろ夜になるけど」

「消灯時間になったら決行かな、だらだらするよりすぱっと片付けちゃおう?」

「……つまり今すぐって事じゃない」


 既に夕食の時間は終わり、夜の自由時間になっているので、もう数分もしたら消灯され、廊下含めて全体が多少薄暗くなる。流石に真っ暗にはならないが、物陰に隠れてじっとしてればぱっと見では誰がいるかは分からない状態にはなる。


「せいかーい」


 指で銃の形を作ってばきゅーんと撃つ動作をすると共に、ばちんと音が鳴ってメインの明かりが落とされる。何だろう、この無計画さにちょっと慣れてきた自分が嫌になってきた。


「はぁ……全く……場所はわかってんでしょ?」

「大体は」

「だろうよ!」


 1周目に把握した地図を思い出しながら私が先導しつつ、保管庫の方へとスニーキング開始。



 その回収されたアイテムがあるであろう場所についてだが、「□」型の監獄の北側、食堂やらの施設がある所にはあるのだが、詳しい所までは私も調べ切れていない。「あー、大体この辺だったなあ」ってレベルでしか調べていない。見切り発車にしても酷い気がしてきたぞ。


「この私がほぼ無計画であれこれやるとは思わなかったよ」

「まあまあ……ほら、ここっぽいよ?」

「しっかり見張りはいるけど」

 

 こそこそと部屋から部屋に移りつつ、当たりの部屋……って言うか確信はないけど、この辺だったって記憶でやってきたわけだがしっかり見張りが2人いる。


「殴り合いは?」

「余裕かな」

「私が手前、あんたが奥」

「はいはい」


 部屋から飛び出し、不意打ちで1人目手前の看守を殴る。当たり前だがすぐさま2人目に見つかるわけだが、そこはギザ歯がカバーを入れて、2人同士で殴り合い開始。

 まあ、流石に不意打ちかましてすぐにボコったので警報が鳴るほどじゃなかったのは救いだな。で、そのまま狙いの部屋に看守2人をずりずりと引き入れてから服をひん剥いておく。


「これ、着替えておこう」

「いるかな」

「ほぼノープランなんだから多少なりと出来る事はやんのよ」

「男物合わないじゃん、あたしもおねーさんも」


 そういうとギザ歯が自分の胸と私の胸を指さしてくる。


「良いから着ろって」

「ちぇー」


 ひん剥いた看守の服を押し付けてさっさと着替える。

 看守に関してはとりあえずロッカーに押し込んで鍵をかけておいたので死ぬまで出てこないだろう。


「どう?似合う?似合う?」

「真面目にやってきた私が馬鹿らしいわ……自分のアイテム探すわよ」

「もー、いけずー」


 はいはい、と言いながら自分のアイテムを探し回る。流石にマッチング人数最大50人なので50個分のアイテムボックスを確認するだけの作業は中々に時間が掛かる……とは思ったが、案外あっさりと見つかる。

 流石に別の誰かのアイテムを使ったり、中身を見たりと言う事はできなく、パックとして一括りになっており、それを回収する事で参加時の状態に戻るようになっていた。装備し直ししなくていいのは便利だな。


「よいしょっと……あとは騒ぎを起こして、その間にする?それとも、このまま正面で看守服使って突破する?」

「んー、楽しいのは騒ぎを起こす事だと思うんだけどー?」

「……たまにはそういうのもいいかもね」


 向こうも向こうでアイテム一式を取り戻したのか、インベントリを確認しながらふんふんと唸っている。アイテムの個数諸々が制限掛かっていたが、アイテムを取り返すと共にそういった制限が解除され、いつもの状態に戻る。アンロックの方式がかなり緩い気がするのだが、此処まで来たご褒美って事かね。


「さーてと、どういくかな」


 CHの銃身を折り、しっかりと装填されているのを確認してから戻し、FWSが発動可能状態かも確認。やはり私はこのゲームをやるにあたって、何から何まで確認しっぱなしだな。


「看守服着てると装備出せないからあんまし意味なくない?」

「暗がりだからぱっと見では分からないし、戦闘する時にインベントリから直で出したらいいじゃない」


 ちらりとギザ歯の方を見れば、色々な刃物を腰に提げまくっている。どんだけその武器使うんだよって位には多いな。まあ、私自身も銃を3丁は持っているからあまり言えた事ではないのだが。とりあえず2人とも戦闘準備は整ったので後は看守をなぎ倒しながら正面扉を突破すればこっちの勝ちだ。


「じゃあ、そろそろ……」


 装填済みですぐに撃てる状態なのを見てから、もう一度ギザ歯の方へと向き直ると、空きっぱなしのドアが動いているのが見える。うっわ、やりやがった、もう突っ込みに行ったか。


「ああ、クソ、これだから制御の利かない奴は!」


 慌ててそれを追う様に部屋からすぐに出て廊下を見渡し始めると警報が鳴り響く。あの野郎、やりやがった。どっかでいきなり戦闘をおっぱじめやがったな。

 とにかく正面扉に向かって進んで行くと共に看守が転がっている姿が増えていく。どんだけ倒してるんだよ、あいつは……!どうして、こうも私の周りにはバトルジャンキーばかり増えていくんだろうか、それが不思議でたまらんよ。


 そして正面扉への最後の曲がり角を折れると同時に斧が1本目の前を掠めていく。何本かの髪の毛を散らしながらもギリギリで避け、後ろの壁にドスっと突き刺さる。


「バ、バカ!ちゃんと相手見てから投げろ!」

「ごめーん、あんまし見てなかった」


 てへぺろっとギザ歯から舌を出して可愛く見せてはいるのだが、足元には看守がかなり転がっている。このゲームが全年齢対象だから、スプラッタ表現にはなっていないが、もしそうだったら血の海だな。

 それにやっと来たみたいな感じに壁に突き刺さった自分の刀を引き抜き、壁に投げた斧を回収。バトルジャンキーって言うか刻むのが好きなヤバい奴じゃねえのか、こうなると。


「とりあえずこの辺のは制圧したから、あとよろしこー」

「簡単に言ってくれるな」


 先に片付けてくれたからやりやすい事に変わりはないので良いのだが。

 とりあえずFWS用の砲身を取り出し、CHと合体させてから展開とチャージ開始……の前に、煙草を咥えて火を付けてから改めてチャージを開始。


「動画で見たけど、こんな風になるんだ?」

「あんたは見張りしてなさい」

「はーい」


 そういえば対物に此れを使う事って初めてだな。撃ち抜きしやすいように、施錠してあるであろう真ん中の部分に狙いを付けながら30秒ほどの待機時間を過ごす。

 勿論その間に警報は鳴りっぱなし、看守はこっちに容赦なくやってくるのでそれは全部ギザ歯に任せておき、こっちはゆったりとチャージを続ける。


「溜まったぞ」

「ほらほら、ぶっぱしてぶっぱ」

「あんたといると調子狂うわ」

「盛大にかましちゃってー」


 言われずともやってやるっての。

 チャージ完了のSEが鳴るのを聞いてからしっかり狙いを付け、上下左右の真ん中に狙いを澄ませて引き金を絞ると毎度おなじみの高音が鳴り止み轟音と共に扉が大きく開かれる。いや、開かれると言うか、粉砕された。

 そして煙を上げ、冷却音の響く砲身を構えたままぷはーっと紫煙を吐き出す。

 

「開いたぞ」

「もー、おねーさん豪快ー」

「何刀流も使ってるあんたが言うもんじゃないわよ」


 また1人看守のやられる声を背中に受けつつ、CHと砲身を分離、砲身をインベントリに仕舞い込むと同時にG4とCHの2丁を構える。

 流石にこんな狭い所で110mmライフルを出すわけにもいかないのでいつもの近接戦闘用の組み合わせだな。

 まあ、あとは脱出と言うか正面から抜けるだけなのでこの準備もあまり意味はないのだが、念のためよ。


「ほら、さっさと行くぞ」

「もうちょっとゆっくりしない?」

「良いから、ほら」

「ちぇー」


 何人目かの看守を斬り倒し、物足りないと言う顔をしながらこっちに来ると、咥えていた煙草を私から奪って一服しつつ、吹っ飛ばした扉の方へと進む。


「一仕事した後の一服って格別」

「一人でも脱出できたんじゃないのか、お前は」

「いやー?流石に近接武器で扉斬るだけじゃ無理だったし、おねーさんがいないと無理だったよ」


 そんな事ないだろうと、思いつつも正面から余裕たっぷりに堂々と抜け、脱出完了。

 やっぱりこのゲーム、私が知らないだけで強い奴ってごろごろしてるわ。


「世界は広いって改めて思ったわ」

「良い意味で?悪い意味で?」

「少なくとも、悪くはないわね」


 脱出後の軽いロード中にそんな会話をし、気が付けば転移の輪が出てくる。

 3周目は当日脱出、狙ってみるかな。

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