第34話 アディラリアと古国の王  序

 サウス・セゼン。

 ユナ・レンセ。

 ギド・セゼン・サウス・レフィグル・ダイス・レンセ……。


 その男の正体がアディラリアには分からなかったが、危険だということだけは一目で分かった。

 一瞬でも早くその男の傍から逃げ出したかったのに、隣りに立つ人物を見ると足を止めざるを得なかった。

 黄緑にも見える不思議な金の髪の青年……兄のエルグヴィドーはいつもあの男の傍にいた。


 王様ユナ・レンセ。


 ルヴィウスを筆頭に『星の舟』の魔法使いたちは、そんな呼称で彼を呼んだが、それが真実を突いていることを知っているものはほとんどいない。

 ユナ・レンセとは、『月の谷』が王政から共和制になる前の最後の王の名前。

 褐色の肌に黒髪に金の目。長身で逞しい体付きの彫りの深い整った顔立ちの男に、サウスの容貌が重なると、誰ともなく言い出したその名前。

 腰まである緩やかに波打つ黒髪を一つに括って、死に装束のような純白の神官衣を纏っていたという金の目のユナ・レンセと、肩を越すあたりで黒髪を切り、それを何十本もの細かい三つ編みにして垂らしている黒い目のサウス。

 似ている、程度で済まされていた二人の姿が、完全に重なったのは、サウスの目が金に光った瞬間だった。

 年上の見目と体格のいい男に口説かれて、まだ若いアディラリアがいい気になって彼の恋人を気取っていた時期に、『星の舟』の一室で雲間から漏れる朝日を見下ろしていたサウスの横顔に、アディラリアは戦慄した。


 来ない明日に絶望しながら、明けない夜を渡っている。


 普段の明るくにこやかなサウスとは思えない、息をするのも憚られるような厳粛な空気を纏った彼。

 彼こそが、ユナ・レンセなのだ。

 呪われた、『月の谷』最後の王なのだと、アディラリアは悟った。

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