第5話

 クラリスは王都クレア伯爵屋敷の奥深くで、父親のクレア伯爵コンラードと今後の事を話し合っていた。

 密偵に探られないように、大富豪のクレア伯爵家の最奥の私室とは思えない、窓もない密閉された隠し小部屋だ。


 牢屋と見間違えるほどの隠し小部屋だが、置かれている落ち着いた雰囲気の椅子や机は、名人が全身全霊を込めて作り上げた逸品で、長く使っても疲れない細部にまで配慮がされたモノだ。


 さりげなく置かれた魔道具が、密閉された部屋の空気を清浄にし、病になったり窒息したりすることを防いでくれる。


 更にこの部屋には、クレア伯爵家の血族だけが安全な隠れ家に転移できる魔法陣が隠されていた。


「父上、ゼノビア嬢の正体は分かりますか?」


「今調べさせているが、恐らくダルハウジー王家の繋がる者だろう」


「では、ウェストミース公爵家は大人しくしますか?」


「お前も分かっていて聞いているのだろうが、タイガは単なる脳筋だが、当主のボルガは野心を秘めておる。

 お前には可哀想な事をしたが、タイガに嫁がせてウェストミース公爵家を抑えようとしたのだが、こんな事になってしまった。

 ボルガの事だ、ゼノビア嬢との争いを利用して、トリエステ王国とダルハウジー王国の両方の覇権を得ようとするだろう」


「そのような事が可能なのでしょうか?

 我がクレア伯爵家と敵対した以上、どれほどウェストミース公爵家の青虎獣人族が精強でも、軍資金も兵糧も確保できないのではありませんか?」


「奴らが最凶最悪と言われるのは、食殺を平気でやる所にある」


「まさか、そんな!」


「信じたくない気持ちは分かるが、儂が若い頃の戦いで、実際にボルガは草食系獣人や人族を喰っているのだ。

 圧倒的な戦闘力で負け戦を大逆転させて勝利に導き、大功を立てたので黙認されたが、戦闘中も戦闘後も、敵対した者を喰い殺しているのだ。


 クラリスは言いようのない恐怖に囚われた。


 足の裏から下肢臀部背中と、泡立つような寒気が走り、無意識に冷たい汗が背中や脇から流れ落ちた。


 顔からは血の気がひき、唇まで真っ青になり、自分では自覚がない小刻みな震えが全身を支配していた。


 コンラード卿はそんな自分の娘を、突き放したような冷たい眼で冷静に観察していたが、覚悟を試すように言葉をかけた。


「どうする、クラリス。

 今の話を聞いてもタイガと、いや、ウェストミース公爵家と敵対する覚悟があるか⁉」

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