第55話 別れ=旅立ち
「リネアちゃん、別れるなんて嫌だぉー」ぱふっ
そう言いながら私の胸に飛び込んできたのは大親友でもあるヴィスタ。
もともと二人は母国でもあるメルヴェールに不審な動きあり、という理由で避難して来た訳なので、問題が全て解決した今、ついに王都の実家でもある伯爵邸から戻ってくるよう連絡が届いた。
ヴィスタは私と違いアプリコット家の大事なご令嬢。いつまでもこんな田舎に留まっていれば良からぬ噂も立ってしまうし婚期を逃してしまう。ヴィルに関しては次期当主となる訳だから、なるべく早く戻り伯爵様の元で色々学ばなければいけないだろう。
どうやら今回の騒ぎで、各家々は世代交代をしてイメージアップを図ろうとしているらしく、あちらこちらで当主が入れ替わっているのだという。
まぁ、それはそうよね。行方不明とされている王子とエレオノーラを推していた家が多くいたわけだし、王妃の威厳を盾に私服を肥やしていた貴族も多くいた事だろう。
これが単純な王権交代ならばここまで問題は大きくならなかったのだろうが、今回行われるのは前王権の完全廃止なので、どの貴族も今の立場を守るために必死なのだ。
ただ聞いている話では、陛下の暗殺に関わった一部の貴族を除き、そのままの新王国へと移されるそうなので、余程の事がない限り爵位を剥奪される事はないという事だった。
「前とは立場が逆になっちゃったわね」
以前の別れは旅立つ私を二人が見送ってくれたのだが、今回は旅立つ二人を私が見送る。
だけど不思議な事に悲しみや寂しさという感情はあるものの、笑顔で二人を見送る事ができる。
恐らくそれは悲しい別れではなく旅立ちという事からだとは思うけれど、それでも少しは強くなったんじゃないかと感じるから。
あの日、私は逃げるようにアージェント家の門を飛び出した。
その後もノヴィアに助けられ、ヴィスタやヴィルに助けられ、そして二人のご両親にも助けられた。
今思えば前世の記憶があるから大丈夫だと、そう思っていた自分の甘さが恥ずかしくなってしまう。
この世界で生きる事は難しい、それが女性という身なら尚更だ。
もしあの時ヴィスタのご両親に止められなければ、今頃私はカーネリンの街で娼婦として働いていたかもしれない。
そう思うと私は多くの人たちに助けられ、ここまで強くなれたのだと、今なら強く感じてしまう。
「お嬢様、そろそろよろしいでしょうか?」
二人で別れを惜しんでいると、アプリコット家の執事さんが急かしてくる。
今はまだ太陽が高い位置にはあるものの、暗くなる前に予定の宿場町まで辿り着かなければならないからだろう。
「ごめんね、長く引き止めちゃって」
「ううん、私の方こそごめんね」
そう言いながらお互い両手で硬く握り締めた後、ヴィスタは執事さんにエスコートされながら馬車へと乗る。
「手紙をいっぱい書くからね」
「うん、私もいっぱい書くわ」
「王都で可愛い服を見つけたら送るかね」
「うん、あまり高いものは困るけど、私もこのアクアでとれる美味しいものをおくるわ」
「ぐすん、お父様にお願いしてパーティーの招待状も送るからね」
「いや、それはちょっと遠慮したいかなぁ」
馬車の扉から別れを惜しむヴィスタ。
途中からご遠慮したい内容が飛び出して来たので丁重にお断りを入れておく。
「リネア、その……」
ヴィスタがようやく馬車へと収納された後、今度はヴィルが私の前へとやってくる。
「ヴィルも色々ありがとう。貴方が居てくれなかったら商会もこんなにすぐ軌道には乗らなかったわ」
いくら私に前世の知識があるといっても、現場を任せる者がいなければこうもスムーズには進まなかったであろう。
このアクアの地で暮らす人々は、文字の読み書きはできるものの人を扱うという意味では素人同然。その点ヴィルは若いけれど、次期当主として父親の姿を見てきた訳だし、それなりの勉学もこなしてきた。
そう考えると二人がいなければゾッとしてしまうわね。
「でも僕はまだこの地でやり残したことが……、仕事も中途半端に投げ出した状態だし、リネアの事が心配で……やっぱり僕は!」
「ダメよヴィル。気持ちはすごく嬉しいけれど、貴方にはやらなければならない事が沢山あるわ。それにアクアとアプリコットは隣同士なんだから、これからははよき隣人として、よきパートナーとして私を助けて頂戴」
商会的にはヴィルを引き止めたい気持ちは十二分にあるが、流石に伯爵家の跡取りを私が独占するわけにはいかないだろう。
伯爵様も『息子にもいい勉強になった』とおっしゃってくださっていたし、これからは取引先としてちょっぴり優遇なんてしてもらえると、アクア商会にとってはプラスになる。決して親友なんだからサービスしてよ、という打算があるわけではないと……言い切れなくもないかな。
「パートナー……リネア、それってどういう?」
「ん? 良い仕事仲間ってことなんだけど、やっぱり伯爵様相手には失礼だった?」
私的にはヴィルも掛け替えのない親友だと思っているし、ヴィルも同じように付き合ってくれていると思っているが、流石に次期伯爵様相手には失礼な表現だったかな?
っと、少し自分の中で反省していると。
「リネアちゃん、それはちょっと酷いかな」
「へ? 酷い?」
私、変な事言ってないわよね?
だけど私とヴィスタとのやり取りをみていたアプリコット家の執事さんや、護衛の騎士様達が、何とも言えなさそうな表情でヴィルの方を眺め、私の付き添いにやってきたノヴィアとメイドさんズからは、何とも申し訳なさそうな姿で何度も頭を下げている。
あれ? これはどういう状況?
一人何がなんだかわからない状態の中、なぜか意気消沈してしまったヴィルの姿。
そのあと慰めるように護衛に騎士様達に馬車へと連れて行かれ、そのままヴィスタの待つ馬車の中へと収納される。
ちょっ、ちょっと! 私、何もしてないわよね!?
「うん、やっぱりリネアちゃんだ。取り敢えずヴィルの事は任せておいて」
「う、うん。いまいち良く分かってないけれど、任せたわ」
なんだか私だけ取り残された気分だが、ヴィスタに任せておけば大丈夫だろう。
私が二人に感謝していた事は間違いない訳だし、悪く言ったつもりも全くない。現にヴィスタは笑顔で手を振っているのだから、多分大丈夫な筈だ。
そう自分に言い聞かせ、私は旅立つ二人を見送る。
今度会うときはお互いもっと大人に成長している事だろう。もしかすると二人とも結婚しているかもと思うと、ちょっぴり寂しさを感じてしまうが、これは永遠の別れではなく旅立ち。
次の再会にはお互い誇れるような人間になっていようという誓いなのだ。
「またねヴィスタ! ヴィル!」
「またねリネアちゃん!」
やがて馬車はアクアの地を抜け森の方へと消えていく。
私は馬車が見えなくなるまで見送り、一陣の風が吹き抜ける。
「そろそろ春だっていうのに寒いわね」
もう一年になるのね。なんだか随分長くこの地にいた気がするけど、私がこのアクアに来てからまだ一年しか立っていないのだ。
「さぁ、戻りましょうリネア様」
「そうね、リアとフィルが待っているし帰りましょ」
アレクもいなし、ヴィスタとヴィルもいない。
何だかパーティーが終わって一人取り残された気分だが、私には立ち止まっている暇はない。
二人が抜けたアクア商会を動かさなければならないし、リゾート化計画も進めなければならない。なによりカーネリンの街との問題も山積みだし、実家のアージェント家の方も気掛かりだ。
「よし、頑張らなくっちゃだね」
「そうですね」
よし! っと一人気合を入れていると。
「その前にリネア様にはお説教ですね」
「へ? なんでいきなりお説教?」
「やはりお気づきではありませんでしたか。」
はぁ……と、私を見て何とも思いため息をみせるノヴィアとメイドさんズ。
この後ノヴィアと集まって来たメイドさんズから散々叱られました。
だってパートナーになろうというのが、プロポーズのセリフだなんて知らなかったんだもん、ぐすん。
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