第56話 陰謀の種

「がはは、あの小娘そうとう追い詰められているとみえる。今も多額の徴収料は不当だと言ってきおったわ」

 昨年の夏頃、アクアの地に突如現れた一つの商会。

 またあの無能な父親が、くだらぬ村人のために策を企てたのかと思ったが、どうやら商会を運営しているのは17・8の小娘。

 当初こそついにあの父親も狂い始めたのかと思ったが、数ヶ月も経てば取引先を増やし、見たこのもない調味料やら輸送が困難な食材やらで、急速な成長を遂げている。

 それだけでも危機感を感じてしまうと言うのに、今やヘリオドールの領主までもがその小娘の肩を持つ始末。

 ヘリオドールはこのカーネリンの街とも貿易を広めており、近隣の村から買い漁った農産物やら畜産物を輸出する最大の取引先。それがここ1・2ケ月ほどは、急激にその量を減らしつつあるのだ。

 そこで打った手がカーネリンとアクアとをつなげる街道使用料の徴収であったが、領主の笑顔をみると、どうやら見事に策がハマったようだ。


「未だに悪あがきをしているようだが、それもそう長くは続くまい。そのうち商会を潰してしまうか、泣いて商品を買ってくれと縋ってくるに違いない。まこと、他人が苦しむ姿をみると愉快になるわ、がはは!」

 何も知らぬ者がこの様子をみれば、さぞ近づきたくない人物だと思う事だろう。

 私とて領主の一人娘を妻にもらわなければ、付き合いたくはない人物ではあるが、カーネリンの街を今の地位まで押し上げたのもまた領主の力。

 その方法はとても感心出来るものではないが、いずれこの地が私のものとなるならばそうもいってられない。

 精々黒い部分を領主に押し付け、私の代で一気に改革を進めればこの街はより一層豊かになる事だろう。


「ところでシリウスよ、ワシの娘と孫は元気にしておるか? たまには実家に顔を出すように言っといてくれ」

 またコレだ。

 領主にとってはたった一人の子供なので大事なのはわかるが、大切な話し合いの場に私情を挟むのはやめてほしい。

 領主は街道利用料の徴収で終わったと思っているようだが、あの小娘がこれで終わるとは思えない。

 今が苦しい状況だというのは間違いないはずなので、このまま一気に叩きつぶしておいた方がいいだろう。


「わかりました義父上、アンナと義息子にはたまに屋敷へ戻るように伝えておきます」

「うむ」

「それで先日お話ししていた件ですが……」

「あの話か……」

 二週間ほど前、実の父親でもあるアクアの領主が亡くなった。

 本来ならば私の兄が継ぐのだろうが数年前に亡くなっており、継承権はその娘であるフィオとなるはずだった。

 だが出てきたのはアクア商会を束ねるリネアという小娘。

 本当ならば兄なき今、フィオが領主の座につけるわけがないので、不平不満が出始めた頃に出て行くつもりだったが、どういうわけか私の元に連絡が入った時には既に小娘が領主の座についていた。

 どうやらヘリオドールの領主が裏で小細工を仕掛けたようだが、今となっては後の祭り。

 流石に義父上もヘリオドールを怒らせるのは怖いと見え、迂闊に手を出そうともしないでいるし、あの小娘の事を過小評価しすぎているようにも見える。


 もしあの小娘が大化けすれば? もしアクア商会が我が商会を凌ぐほどの巨大な組織になれば?

 ただでさえ脅し文句で経営しているような商会だ。それらが全てアクア商会に移り始めればたちまち商会の運営は傾く事だろう。

 だから力をつけていない今のうちに……


「はぁ……。お主の気持ちはわからんではないが、今更アクアの田舎領土なんぞ必要もなかろう? 連合国家の条約で二つの領地を統合するわけにはいかんし、領地運営に手を出す事も叶わん。そんな事をすればワシらとてタダではすまんぞ」

「しかしこのままでは……」

「この話はここまでだ。もう下がれ」

「……」




 クソっ、義父上は弱者には強いが強者には逆らえぬ臆病者。

 この連合国家には他領を犯さない、侵入してはイケナイという絶対の条約が存在している。

 元々が巨大王国からの侵略を防ぐための連合国家だったので、この条約は仕方がなかったのかもしれないが、今の平和になった時代では過去の遺物に過ぎないだろう。

 カーネリンの地とアクアの地、何方かを選べと言われれば間違いなくカーネリンの地を選ぶのだが、ただ長男というだけで私から夢と居場所を奪った兄、金より大切なものがあるんだと、アクアを衰退させた無能な父を、嘲笑いたいという気持ちも存在する。

 せめて領地に手が出せないというのならあの商会が扱っているという、調味料のレシピや技術だけでもどうにかならないだろうか。

 アクア商会がこれほどまでの急成長を見せたのは、例の調味料と馬車の技術力があればこそ。


「そういえばあの村には今、メルヴェール王国からの難民が多く流れ着いているとかいう話だったな」

 この街にも難民は流れついてはいるが、その数は比較できないほど多いのだという話だ。

 なぜあの小さな村にそれ程の難民が流れ着いているのかは知らないが、その状況を使わない手はないだろう。


「お帰りなさいませ旦那さま」

 考え事をしていれば馬車は既に我が商会の目の前。


「誰でもいい、すぐに……を呼び出せ」

「かしこまりました」

 見ていろ、領地が条約で守られているなら商会の方を攻めるだけ。

 なにも私が欲しいのは田舎領主の座ではないのだから……。

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