第6話 追い詰められた心
リーゼ様が学園を去って数日後、予想通り翌日には学園中に噂が広まっていたが、それでもまだ不確定な情報も多いということで、私への風当たりは静けさを保っていた。
だが2日・3日と過ぎていくうちに周りがざわめき始め、学園に戻られないリーゼ様、捻挫をして休んでいたはずの義理の姉が、翌日には平気な顔で学園内を歩いている姿を目の当たりにして、私の置かれた状況は想像していた以上に最悪な方へと進んでいく。
この学園では上靴のようなものは存在しないので、流石に存在しない下駄箱への嫌がらせはなかったのだが、今日だけで教室に向う途中にすれ違う生徒に舌打ちされること6回、私に聴こえるよう嫌味の言葉を向けてくるの8回と、すでに朝からHPはレッドゾーンに突入。しかもその殆どが一度も話した事のない生徒達なのだから、私の心情も察して欲しい。
やがて自分のクラスへとたどり着くも、予想通り向けられる視線は敵意のみ。ヴィスタが一人手招きをしてくれてはいるが、私は力弱く微笑み返して一人教室の隅の席へと腰を下ろす。
はぁ、そろそろ潮時かも知れないわね。
逃げ出すようで少々嫌なのだが、こうもあからさまに虐めに遭うのは精神的にもかなりキツイ。
それでもまだヴィスタとヴィルのお陰でなんとかやってこれたのだが、昨夜唯一の拠り所でもある彼女達に、私は叔父から近づく事を禁止されてしまったのだ。
「お呼びでしょうか、叔父様」
私がサロンへと入る叔父は一度だけこちらを一瞥し、何事もなかったように手にした書類に目を移す。
普段叔父が私を呼びつける場合は書斎におられる時が多いのだが、今日は何故かお屋敷のサロン。しかも目の前には優雅に食後のティータイムを楽しむ叔母と義理の姉までいる。
今までの経験上、三人の前に呼びされる時にはお小言や嫌味を言われるのが日常だが、ここ最近の疲労と、疲れの原因とも言える義姉を目の前にいるせいで、ついつい自然と口からため息が漏れてしまう。
「はぁ……、なんだその無愛想な態度は」
呼び出しておいてあまりのセリフに何か言ってやりたい気分になるが、確かに今の私は淑女としてはあるまじき行為を取ってしまったので、ここは潔く謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ございません。最近少し身の回りで色々ございまして、疲れが態度に出てしまいました」
そう言いつつ私は軽く頭を下げ、逆らう意思がない事を見せつける。
叔父はそんな私の態度に満足したのか、ようやく本題へと移っていく。
「まぁいい。今日呼び出した理由はお前の交友関係だ」
「交友関係ですか?」
叔父からの意外な言葉に私の頭に疑問が浮かぶ。
確か入学当初は家名の低い人間には関わるなと注意されたことはあるが、現在私の友だちはヴィスタとヴィルの二人だけ。別に自ら望んだ結果ではないが、他の生徒とは距離が離れてしまっているし、二人は共に伯爵家の人間だ。
決して叔父が言っているような身分の低い人間ではないだろう。
「あの、私の友人といえばアプリコット家のヴィスタ様とヴィル様ぐらいなのですが」
「はぁ……、やはりそうか」
えっ? 叔父の意外な言葉に私は戸惑ってしまう。
「
「そ、それはどういう意味なのでしょうか? 二人とも素晴らしい友人です。私が困っている時でも助けてくださいますし、家名だって」
「はぁ……、お前は何も分かっておらんのだな」
私がうっかりと漏らしたため息には注意するくせに、叔父は私が言葉を発するごとに深いため息を漏らす。
だが叔父が何を言いたいのか、何故二人に近づいてはいけないのかがさっぱりわからないのだ。
「まったく、せっかく学園へと通わせてあげているというのに、こうも教養が足りないとはね。これじゃ何のために学園へと通わせているのか分かったもんじゃないわ」
「仕方ありませんわお母様。所詮は平民の血が流れている下賤の娘、私たちのように貴族のあり方を問う方が間違いですわ」
「そうだったわね。まったくお爺様達が引き取るなんて言わなければこんな苦労もしなかったというのに」
いろいろ言いたいことはあるが、ここで逆らって学園を辞めさせられては元も子もないので、ただひたすら嫌味をじっと我慢する。
「仕方がないから無知な貴女にでも分かるように説明してあげるわ。今この国はリーゼ派の人間と、この私、エレオノーラ派の人間で分かれているの」
義姉の話によると、現在ウィリアム王子を巡って二つの派閥に別れてしまっているのだという。
一つは従来通りリーゼ様を次期王妃へと押すリーゼ様派。もう一つは突如湧き上がったエレオノーラ様派。
事の始まりはリーゼ様が学園を追放された日に遡る。
あの日リーゼ様が学園を去られた後、ウィリアム様はリーゼ様の婚約破棄と、エレオノーラ様との仲を国王陛下に報告へと行かれたんだそうだ。
恐らくその話を聞かされた時は、相当周りがざわついた事だろう。国はリーゼ様との婚姻を進めていたわけだし、今更この婚約は白紙に戻すでは国民達も納得しない。しかもウィリアム様が連れてきたのは公爵家の人間ではなく中級貴族のエレオノーラ様。
実際リーゼ様との婚約が決まらなければ、二大公爵家のどちらかから次期王妃が選ばれるだろうと言われていた。
周りは必死にウィリアム様を宥めたそうなのだが、本人があんな性格なので聞くわけもなく、散々暴れた結果リーゼ様の父親であるブラン伯爵に追い出されたらしい。
しかしその翌日には自体が一変、王妃様が後ろ盾となってエレオノーラ様を押してきた為、貴族達の間に亀裂が入った。
これは後から聞かされた話なのだが、ブラン家が所有している土地は公爵家に匹敵する程のもので、これ以上ブラン家に力を持たれては困る者と、普段からアージェント家と付き合いがある者、さらに王妃派と呼ばれている侯爵家の一部の貴族達がエレオノーラ様との結婚を押してきたのだという。
「まったくアレは観ものだったぞ、ブランのやつは娘を庇っておったが見る見る間に派閥が分かれ、最後は娘もこの婚姻は望んでいないんだとかぬかしおって。あれじゃ完全に負け惜しみにしか聞こえんわ」
結果、この国の貴族達はリーゼ様派とエレオノーラ様派の二つに別れたんだそうだ。
私は正直貴族社会に関しては無知と言っても良いほど知識がない。一応最低限の礼儀作法やダンスのレッスンは受けてはいるが、所詮はそんな程度。
学園内でも誰がどの家系の子で、誰が本家で誰が分家の人間なのかも知らない。
そう言う意味では私に近づいてきた男子生徒や、離れていった生徒達は私なんかよりよほど貴族社会を理解していたのだろう。
「つまりヴィスタは……アプリコット家はリーゼ様派の方だと……」
「リーゼ様派だと? 馬鹿者!! アージェント家の人間がブラン家の人間に様付けなどするな! お前の一言でエレオノーラの立場が危うくもなるんだぞ!」
「も、申し訳ございません」
言葉の途中、私が口にした内容に叔父が被せるように怒鳴りつけてくる。
私は単純に目上方だから様付けで呼んだが、確かにアージェント家の人間である私がリーゼ様と呼ぶ事は、見方によっては敬うと言う意味に捉われかねない。
個人的にはリーゼ様を押したい気分だが、これ以上叔父達を刺激したくはないし、何よりヴィスタ達に近づくなと言われたショックが大きすぎて頭が上手く回らない。
「いいか、二度とあの小娘を様付けなどで呼ぶな。アプリコット家の人間に近づく事も禁止だ。
学園内にいるから気づかれないとは思うなよ、お前が何処で何をしていようとも情報は入ってくるんだからな」
その後、決め事を守らなければ残りの学生生活は休学させるだとか、リリアを何処かの修道院に入れるだとか散々脅され、私の心は折れてしまった。
友達の信頼を裏切らなければならない想い、回避しようもない現実、リリアを守らなければならない気持ちと、自身の力のなさに私の心は深い闇へと落ちていく。
どうせこのお屋敷を出て行くときには別れは訪れるのだ、それが少し早まっただけだと自分に言い訳をして……。
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