第3話 貴族の学園

 ガタガタガタ

 学園へと近づくにつれ、生徒達を乗せた馬車が忙しそうに行き来する。

 幸いこの季節にしては暖かい気温だが、それでも吐く息は白く、生徒用に用意されたコートがなければブルブルと震えていたかもしれない。


 ここメルヴェール王国国立学園は、国が経営を管理する由緒正しき学園。

 通う生徒も貴族の血筋や大手商会の子息子女達のみで、授業内容もダンスや礼儀作法、模擬パーティーなどが主な学科となっており、肝心の教養部分は大した実りがない。その上学費に関しては高額な費用が要求されるのだから、とてもじゃないが貴族や資産家でない限り、子供達を学園へと通わせることはできないだろう。

 そんな私も祖父母が亡き後も通わせてはもらっているが、その目的は嫁ぎ先への面子を保つため。

 基本貴族の子息子女達はこの学園へと通うことが通例となっており、相手側のご家族さんが学園を卒業したらなんて言ってくれたおかげで、私の学園行きが続行された。


 叔父としては直ぐにでも嫁がせたかったのだろうが、ここで学園なんて通わせるつもりはないなんて言えば、相手先は勿論ほかの貴族達からも白い目で見られることは間違いない。それに学費は既に祖父母のご厚意で全額支払われているで、叔父としても相手先のご家族に嫌われてまで、私の結婚を強行する意味もないだろう。

 敢えて言うなら中退した際に戻ってくる費用ぐらいだろうが、天下の伯爵様ともあろうものが、その程度のお金など大した金額でもないはずだ。


 それにしても相変わらず凄い学園よね。

 外観はどこかの物語ででてきそうなお金持ちが通う学園風で、敷地内には目隠し用の木々が生い茂り、その周りを背の高い外壁が囲んでいる。おまけに大勢の警備兵付きときたもんだ。

 貴族達の子息子女を預かっているのだから、このぐらいの警備が必要なのかもしれないが、徒歩通学の身からしてみれば、学園へとやっとたどり着いたというのにここから更に校舎まで行くのに時間を要してしまう。

 勿論大半の生徒は馬車での優雅な登校と洒落込んではいるが、私を含め徒歩での通学者はそれなりにいる。

 貴族とは呼ばれてはいるが、その大半は本家筋から分かれた言わば分家。しかも本家筋から離れれば離れるほど収入は減っていくだろう。

 つまり貴族と名乗ってはいるけれど、ご家庭によっては馬車などを持っていないところもあるだろうし、金銭的にギリギリという家もあるだろう。


 私ならばそんな背伸びをしてまで学園へと通わせる必要もないんじゃない、と思うけれど、そこは階級重視のこの世界。私たち貴族が通える学園はここしかないし、庶民達が通う学園の知識は既に家庭教師や教育係から学んでいる。

 つまりこの学園に通うことで自身の資産をアピールし、あわよくば子供達を利用して上級貴族との繋がりがりをえようとしたり、娘の嫁入り先を確保しようとする者も大勢いるというわけだ。

 子供達の将来にもつながるわけだし、親ならば分割払いにしてまでもこの学園へと通わせたくなる気持ちも多少はわかるだろう。

 やがて校舎へとたどり着き、私が学ぶ教室へと向かう。


 ガラガラガラ

「おはようリネアちゃん」

「おはようヴィスタ」

 声をかけてくれたのは私の数少ない友人でもあるヴィスタ・アプリコット。私と同し伯爵家のご令嬢だけれど、こちらは正真正銘本家のお嬢様で、同じ学園に双子の弟と一つ年上のお姉さんがおり、ご姉弟揃って学園内の人気者。

 そんな彼女と弟がいてくれているお陰で、私はボッチな学園生活を回避出来ているのだから、この双子姉弟には心の底から感謝している。


 いやね、これでも入学当初は私も人気者だったのよ。

 仮にも私はヴィスタと同じ伯爵家の人間。貴族の階級では王家・公爵家・侯爵家と続く4番目の爵位で、中級貴族と呼ばれている伯爵・子爵・男爵では一番上だ。

 現在王家にはウィリアム様という王子が一人しかおられないし、この国に公爵家たったの二つだけ。侯爵家に至っては数多く存在するが、この国では王族の受け皿として侯爵の爵位を与えられる関係、その大半は領地も持たない名ばかりの家系が多く存在している。

 つまりね、爵位を持たない貴族や安定した収入を持たない侯爵家からすれば、王家や公爵家の狭き門を狙うより、自身の領地を持ち安定した収入が入る伯爵家・子爵家・男爵家を狙った方が効率的なのだ。しかもその家系に女児しかいなかった場合、うまく行けば玉の輿に乗れるというのだ。

 まったくなんて卑しい考えをしているんだと言いたいところだが、まさかそれを実際に体験する日が来るとは正直思わなかった。


 まず私に義姉がいると告げると半数以上の友人が離れていき、居候状態であることを告げると更にその半分、とどめは私の婚約が決まると告げるとヴィスタと彼女の双子の弟でもあるヴィルの二人だけしか残らなかった。


 もうね、なんて言うか呆れてものも言えないわよ。

 彼、彼女たちの目的は、私とお近づきになって伯爵家に上手く取り入ろうとしていただけで、そこに心から仲良くなろうという考えは存在していなかった。

 まさかこんなことが現実にあるのかと、前世で平和な世界にいた私には軽くショックを受けたぐらいだ。


 そんな様子をヴィスタとヴィルは目の前で見ていたわけだから、私との友情はかえって深くなり、ほぼ孤立状態となった今でもこうして仲良くさせてもらっている。


 二人は誰かに媚を売る方じゃなくて売られる方の人間だからね。私の様子を見ていて、欲の渦巻いている生徒たちに嫌気が差したんだとか。

 最初は私への同情の気持ちもあったらしいのだが、そんな感情も包み隠さず教えてくれた二人は真の友人だと思っているので、今ではどんな些細なことも話し合える関係になっており、私が計画しているお屋敷からの独立にもいろいろ相談に乗ってもらっている。




 ざわざわ

 軽くヴィスタと挨拶を交わし、空いている彼女の隣の席へと腰を下ろす。

 この学園では生徒達に決まった席は定めてられておらず、先に着いたヴィスタが私のために席を確保してくれているのがいつもの日課。二人がけ用の長椅子に揃って並び、他愛もない会話に華を咲かせる。


 ざわざわざわ

「ねぇ、なんだかこちら……っていうか私が見られてる気がするのだけれど」

 いつもと違うクラスの様子。この感覚は入学当初の状態に似ている気もするけれど、向けられる視線は行為的というより悪い方。中には睨みつけてくる生徒達までいる。

 以前私から一斉に友人達がいなくなった時、ヴィスタとヴィルだけが残ってくれたわけだが、その時も『貧乏人がなぜ由緒正しきお二人に近づいているのよ』と、痛々しい視線を浴びたこともあったが、それも今となっては過去の出来事。

 そんな視線が再び私へと注がれているわけだが、はっきり言って私は良き生徒を演じているし、離れていった友人達に対しても陰口を言ったのは、当初落ち込んだ時にヴィスタ達に愚痴った一度しかない。

 まさかその時の陰口が今更広まったというわけでもないだろうし、ヴィスタやヴィルが告げ口をするとも思えない。

 つまり今の私には何故このような状況になっているのかがわからないのだ。


「えっと……、リネアちゃんはあの噂は聞いてないんだね」

「噂? 自慢じゃないけど私の友人はヴィスタとヴィルだけだから、噂話の聞く機会なんて全くないわよ」

「うん、それは自慢しちゃダメかな」

 ドヤ顔で言い切った私のセリフを、何故か困った顔で注意してくるヴィスタ。


「えっとね、実はリネアちゃんの義姉さんが関わってくる話だんだけれど……」

「私の義姉さんって、エレオノーラ様のこと?」

「うん、それで今ヴィルが噂話を聞きに回ってるから、詳しくはお昼休みにでも説明していいかな」

「えぇ、勿論いいわよ。もう直ぐ一時限目の授業が始まるし、ここで話を聞くのもなんだしね」

 わざわざヴィルが話を聞きに回ってくれているという事だから、それまで待った方がいいだろう。

 それなんだか深刻そうな内容みたいなので、この教室内で話を聞いて余計な波風を起こしたくもない。


 少々向けられる敵意に居心地が悪いが、一応私も伯爵家の人間という事になっているので、肉体的に傷をつけられるような事にはならないだろう。

 何と言っても階級社会のこの国だ、他家の……しかも伯爵家の人間を傷つけようものなら、即刻退学が言い渡される可能性があるわけだし、世間からの風当たりも相当覚悟をしなければならない。


 それにしてもまさかここで義理の姉であるエレオノーラ様の名前が出るとは思ってもいなかった。

 エレオノーラ様は叔父夫婦のたった一人のお子様で、立場上私の義理の姉という立場にはなっているが、他人の不幸や精神的に蹴り落とすのが何よりも大好きな性格なので、正直あまりいい印象がない。

 そのうえ二人には屋敷内で虐められたことをよく愚痴っているので、おそらくヴィルが私に気を使って色々聞きに回ってくれているのだろう。


 結局一抹の不安を抱きながらお昼休みまで過ごすのだった。

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