第2話 想い出のペンダント

「おはようございますリネア様……って、またご自身で着替えようとなさって。私がお手伝いしますよと、いつも言ってるじゃないですか」

 そう言いながら部屋へと入ってきたのは、このお屋敷に使えるメイドのノヴィア。

 年齢は私の一つ上で、年の離れたお兄さんと一緒にこのお屋敷で働いている。


 本来なら居候状態の私に専属メイドなんていないのだが、そこは亡くなった祖父母が私たち姉妹が寂しくないようにと、当時雑用係りで歳が近いノヴィアをお世話がかりにと使わしてくれた。


 私がこのお屋敷に来た当時は両親を亡くした直後という事もあり、大勢のメイドさん達に歓迎された。だけどそんな様子を叔母達が快く思うはずもなく、祖父母がいないところで私たち姉妹がどんなに卑しい存在であるかや、身に覚えのない悪戯をわざとらしく言いふらし、私たち姉妹をお屋敷の中で孤立状態へと追い込んだ。

 叔母の目的はただ単に私たち姉妹を虐めたかっただけなんだろうが、メイドさん達は叔母や義姉の性格をよく熟知しており、そのうえ大半の人たちは祖父母の代から仕えてくださっていこともあったので、表面上では冷たく当たる素振りを見せつつ、裏では私たち姉妹と程よく良い関係が出来上がっている。




「おはようノヴィア。私の方もいつも言っているけれど、このぐらいの着替えなら私一人でも十分よ」

 これがパーティードレスだとかになると流石に一人では着れないだろうが、寝間着用のワンピースから学園の制服へと着替える程度なので、わざわざ誰かに手伝って貰う事でもないだろう。

 それにノヴィアには言っていないが、いずれこのお屋敷から出るとなれば、今から自分達で出来る事は出来るだけ自分達でやっていた方がいいに決まっている。

 一応出て行く際にはお別れの挨拶はするつもりだけれど、今から告知すれば下手に止められ、メイド長のマリアンヌや執事のハーベストの耳に入るのは流石にまずい。

 あの二人は立場上特に厳しい素振りを見せる代わりに、裏では叔父たちに気付かれないよう、愛情やらお小遣いやら返せないぐらいの恩がある。恐らく面と向かって説得されれば私に勝ち目はないだろう。出来れば出て行く間際にサラッと挨拶をするか、難しそうなら置き手紙でも置いていけば多少は安心してもらえる筈だ。

 まったく、このお屋敷で働いている人たちって妙に優秀なのよね。流石王都と言うべきなのなのか、それとも伯爵家と名乗るだけあって優秀な人材が寄ってくるのか。

 まぁ、間違っても叔父や叔母に惹かれてやってきたというわけではないだろう。


「もう、またその様な事をおっしゃって。リネア様とリリア様のお世話が出来なきゃ、私のお仕事がなくなるじゃないですか。それにマリアンヌ様から『リネア様お嬢様を宜しくね』と頼まれているんですから、もっと私を頼ってくださいよ」

「ごめんごめん、これでも随分頼りきっているのよ。ノヴィアが居てくれているから、私は安心して学園へと通えれるんだからね」

 ノヴィアって元々義姉の専属メイドとしてこのお屋敷に来たのよね。

 年齢が一緒という事と、お兄さんがこのお屋敷で働いていたという事もあり、ハーベストがわざわざ連れて来たそうなんだけれど、義姉が『新人なんて要らないわ』なんて言っちゃったせいで、行き場が無くなったノヴィアは雑用の方へと回されちゃったらしい。

 そこに私たち姉妹がこのお屋敷にやって来ちゃったもんだから、そのまま祖父母の意向でノヴィアに私たちの世話係という役職が与えられたってわけ。


 結局途中からノヴィアに手伝ってもらいながら制服への着替えを終え、リアを起こして朝食をいただく。

 叔父たちは本館の食堂で食事をされるが、私たちは与えられた自室での食事。

 叔母いわく、私たちが食卓に着くと美味しい料理も不味く感じるんだとか。

 こちらとしてもギスギスした感じで食事を頂きたくないし、必要以上に顔を合わせたくもない。それに私は義姉の様に馬車での送迎ではないので、早く食事を摂らないと一時間目の授業に間に合わなくなるのだ。

 学園へと通わせてもらっているだけでも感謝するべきなので、ここで文句を言うのはバチがあたるだろう。


「ん〜〜〜、今日もリアは可愛いわね」

 食事を終え、出かける間際に妹をギュッと抱きしめる。

 この世界にシスコンという言葉があるかどうは知らないけれど、こんなに可愛い妹が目の前にいれば、ギュッと抱きしめたくなるのは仕方がない事ではなだろうか。


「お姉ちゃんくるしい!」

「あら、ごめんなさい」

 バタバタと可愛らしく両手を振るう妹を軽く引き離し、今度は可愛い笑顔を堪能する。

 リアの身長は私の胸あたりまでしかないので、ギュッと抱きしめたらすっぽりと私の胸に埋まっちゃうのよね。

 これも全て可愛い妹が悪い。いやリアは全然悪くないんだけれど、可愛すぎるのがいけないのよ。


 今日も可愛い妹エキスを堪能したところで、そろそろ出かけなければ一時限目の授業に間に合わなくなってしまう。

 ノヴィアが持ってきてくれたお弁当をカバンに詰め、鏡の前で一回転。

 よし、今日も完璧。

「それじゃそろそろ出かけるけど、後の事をお願いしてもいいかしら?」

「はい、リリア様の事はお任せください」

 私としては食事の片付けやお洗濯物などをお願いしたつもりなのだけれど、ノヴィアにとってはどうやら任されて当然の事なんのだろう。

 もちろんリアの事は何より重要だけれど、私からすればノヴィアに任せておけば安心という意味合いが強いので、どちらかと言えば余計な雑用を押し付ける方が申し訳ない。


「そうだ、リネア様。兄から預かっていた物があるんです」

「ルアンからの預かり物? もしかしてもうペンダントが直ったのかしら?」

 出かける間際、ノヴィアからルアンに預けていたペンダントを受け取る。

 これは先日チェーンが切れかけていたので、手先が器用なノヴィアの兄であるルアンに修理をお願いしてたもの。

 部品の手配や仕事の合間に修理をするから時間が掛かると聞いていたのだけれど、どうも寝る間を惜しんで頑張ってくれたのだろう。


「ありがとうノヴィア、ルアンにもお礼を言っておいて。今度クッキーでも焼いてお礼に伺うわ」

「いえいえ滅相もない。兄もリネア様のお役に立てて光栄だと言っていましたので」

 ノヴィアがこう言ってはくれているが、流石にお礼もなしというのは人としては問題があるだろう。

 それにこのペンダントは私にとっては生きる希望そのもの。このペンダントと彼との約束がなければ、私は4年前のあの日に生きる事を諦めていたかもしれない。

 そんな大切なペンダントを修理してもらったのだ。それを間接的なお礼の言葉だけというのも心情的にも落ち着かない。


 私は受け取ったペンダントを一度胸元で両手に包み、微かに残る想い出を呼びおこす。

 大丈夫、私はまだまだ頑張れる。

 叔母や義姉の嫌味に対しても、無情ともいえる婚約に対しても、彼との約束がある限り私は今日も生きていける。それが例え子供の頃の戯言であったとしても、再び出会うなんて奇跡が起こらなかったとしても。


 ノヴィアやマリアンヌは、私が叔母たちの虐めにも屈しない強い人間だと思っているかもしれないが、本音を言わせてもうとリアを守りたいというただの強がりでしかない。

 もし愛する妹がいなければ、もしノヴィアやマリアンヌ達がいなければ、私はとうの昔に命を投げ出していた事だろう。

 私は弱い、だけどこのペンダントと彼との約束がある限り、私は強い自分でいつづけられるんだ。


 私はペンダントを自分の首に掛け、隠すように制服の中へとしまい込む。

 別にそんなに高いものでもないのだろうが、義姉に見つかれば私への嫌がらせで何をされるかわかったもんじゃない。

 もう一度鏡で自分の姿を確認し、ペンダントが隠れているかを確かめる。


 よし。

「それじゃ行ってくわ。リア、ノヴィアの言う事をちゃんと聞くのよ」

「行ってらっしゃいお姉ちゃん」

「行ってらしゃいませリネア様」

 二人に挨拶を交わしながら私は学園へと向かうのだった。

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