13話:抱擁する者


「では、参る」


 カドラーの背後の地面が爆発し、気付けばすぐ目の前にあの大剣の切っ先が迫る。


「くっ!」


 踏み込みの初速が速すぎるぞ! 僕は何とか反応してクラウ・ソラスでそれを弾きながらサイドステップ。


 ギリギリ僕の頬を掠るように通り過ぎるカドラーの大剣。その速さ、鋭さは、クラウ・ソラスで弾いた程度ではほとんど軌道を逸らせない。


「我が一撃を避けられる戦士は少なくなった。それだけでも貴様は戦うに値する」


 大剣を振り上げたカドラーの全身から発せられた熱気は、僕を更にバックステップさせて距離を置かせるには十分なほどの威圧感を放っていた。


「っ!! 凄いエーテル収縮を感じる、アヤト――逃げて!!」


 グリンの悲鳴と共に、カドラーの大剣から炎が噴き出し、空を焦がした。見れば、その炎の周りだけ異海が晴れ、遠い向こうに空が見えた。


「さて、どこまで耐えられるか見てみるとしよう――“我が愛よ、逆立て”【復讐せし炎嗟槌クリム・ヒルト】」


 巨大な炎柱と化したその大剣をカドラーは――僕へと振り下ろした。


 あれを防ぐ? いや無理だ。どう見てもどう考えても戦闘跡を黒焦げにしていた正体がこれだ。剣で逸らす、無理。剣で防御、もっと無理。


 結論、逃げるしかない。


 僕は、かっこ悪いの承知で背中を見せて逃げ出す。せめて何かの物陰に隠れないと無理だ。隠れてやり過ごせそうな物といえばユーリ達が逃げ込んだあの車両ぐらいだが、そこまではあまりに遠く今からではとてもではないが間に合わない。


「アヤト、あれ!!」


 グリンの指差す先の地面に落ちているのは、ショウジの盾だ。

 固有武装は基本的にはその固有武装の作成者にしか使えないのだが、持ち運び程度は出来る。

 例えば、他者の作成した剣型の固有武装は持つ事はできても、作成者以外が振れば簡単に折れてしまう。銃型であれば弾は出ないし、光剣型は刃が出ない。ただ例外がいくつかあり、盾型については多少耐久度が弱くなる程度で盾としてだけなら使えるのだ。


 僕は盾を急いで拾うと背後へと立て、その内側へと隠れた。これまでの戦闘跡を見れば、この盾で防げていたのは分かる。


 次の瞬間に、衝撃波と熱風が吹き荒れた。炎が爆ぜ、露出している肌がチリチリと焦げる。ダイバースーツは対火製であり火も防ぐが、熱さを遮断できるにしても限度がある。


「盾は良い物だ……だが過信するな」


 すぐ背後でカドラーの声が聞こえ、僕は前方へとダイブ。ショウジの盾が、大剣によって真っ二つに切り裂かれた。


 くそ、次は防げないぞ!


 僕は反転し、カドラーへと向かう、距離を開ければあの大技を使わせてしまう。次を避けられる気がしないので、接近戦に持ち込むしかない!


 クラウ・ソラスの刀身を一気に伸ばし、槍のようにカドラーへと突き出すが、あっさり躱され大剣によって弾かれた。すぐに刀身を解除し、体勢を崩さないようにしてカドラーの大剣のリーチ圏内へと入る。


 突き、薙ぎ払いと連携させるも、カドラーは器用に大剣でそれを防いでいく。僕は更に袈裟斬り、切り上げと連撃を重ねるが、カドラーは余裕そうにそれを捌いた。


 やばい、全然隙が見えないぞこいつ。


「剣だけを見ていると、痛い目に合うぞ?」


 カドラーの言葉と共に悪寒が走る。僕は勘に従ってバックステップ。


 目の前でカドラーの機械翼が左右から迫り、僕が立っていた位置で衝撃。あのまま立っていたら潰されていたかもしれない。更に、カドラーが回転。身体の回転と共に機械式の尻尾が薙ぎ払われた。


「くっ!!」


 僕はカドラーの尻尾に剣の腹を当てて、直撃を防ぐ。しかし衝撃まで殺せずに吹き飛ぶ。


 やばい、剣だけでなくて翼や尻尾まで使ってくるなんて反則すぎる。相手の武器が大型武器であれば懐に飛び込むのがセオリーだが、カドラーは翼と尻尾でそれをカバーしてくる。


 距離を置けば、大剣そしてあの大技だ。


 一瞬の浮遊感、からの地面への激突。痛みが全身に走り僕は慣性のままに地面をゴロゴロと転がっていく。


「隙を見せれば死ぬぞ」


 殺気を感じて、僕は腹筋だけで起きあがり目の前に迫る大剣をクラウ・ソラスで弾く。今のは危なかった!


「どうした? 前の女もその弟子ももっと粘っていたぞ?」


 大剣による、鋭い連撃をなんとか捌きながらカドラーの言葉について思考する。


 前の女ってのはナナの事じゃなかったのか? 僕とナナは師匠が一緒なせいで剣筋がそっくりだと良く言われた。まあ今は多少僕もナナも自己流に変えつつあるが……基本の動きは変わらない。


 だけど、カドラーの弟子って言葉が矛盾する。


 ナナには弟子なんていないはずだ。仮に僕の知らないこの1カ月で弟子が出来たとしても、剣筋が似るまで特訓できるとは到底思えないし、そもそもカドラーには通じないだろう。


 であれば、考えられる事は一つだ。


「お前、?」


 カドラーの翼による挟み込みをバックステップで避けながら僕は叫んだ。


 だけど、次の言葉で――僕は動きを止めてしまった。


「先に戦った女も同じ顔をして同じ問いを我にぶつけてきた。だからこそ同じように答えよう――その師匠とやらは

「……は?」


 何を言っているんだこいつは? 師匠を殺した? 馬鹿を言え。確かに師匠はダンジョンで死んだ。だけどそれだって、ダンジョンから帰ってきていないだけで、死体も何も見付かっていないだけだ。


 僕は勿論、何年もの間ダンジョンで行方不明になった人間が、生きている事なぞほぼない事ぐらいは分かる。


 師匠は死んだ。それは十分に理解していることだった。


 だけど、目の前で、師匠を殺したと言われて僕は冷静ではいられなかった。いられるわけがなかった。


 だから、きっと僕は――どこかで信じていたのだ。師匠がまだ生きてダンジョンのどこかにいる事を。


「同じ顔をしているな。そうやって先の女も――我に負けたのだ」


 尻尾が突き出され、僕はまともにそれを腹で受けてしまった。灼熱の痛みと、血の味が口の中を支配する。


「アヤト! しっかりして!!」

 

 グリンの声で意識が一瞬飛んだ事に気付いた。僕は仰向けに地面に倒れ、異海で霞んだ空を見上げていた。


 右手は辛うじてクラウ・ソラスを握っているものの、それを振る力が残されているかどうかは微妙だった。


 左手で腹を触れば、べたつく暖かい何かが手にまとわりつく。ダイバースーツが破れているところを見ると、どうやら尻尾は貫通して僕の腹に刺さったようだ。


「つまらぬ。同じ展開、同じ結末。いつになればこの輪廻は終わる? いつになれば物語は終わるのだ?」


 すぐ傍にカドラーが立っているのが分かる。きっと大剣を掲げているのだろう。ひと思いに僕を殺す気だろう。


「アヤトから離れろ!!」


 僕の視界にグリンが入ってきた。グリンが無謀にもカドラーに向かっていっているようだ。馬鹿野郎、さっさとユーリのところに逃げるんだ! そう言おうと思っても全く口が動かない。


「その声……ふむ、なぜグレムリンが人間の味方しているのか疑問に思っていたが……なぜ貴様がここにいる――

「……なんで


 ん? グウィネーヴル? いや、そういえば言っていたな……“正式名称は長ったらしいから割愛っ!”って。


 グリンの本名はグウィネーヴルだったのか……だけどなぜカドラーはそれを知っているのだ?


「くくく……クハハハハハ!! そうか……! リンクが切れたのだな貴様。だが因果の鎖までは切れぬようだ」

「何を訳分かんない事を言っているの!!」

「クラウ・ソラスを持つ男を選ぶとは貴様もやはり“物語”からは逃れられないようだな。まあそういう物だ。くくく……今日は気分が良い。貴様――名は?」


 それが僕あての言葉だと言う事は理解できた。


「春……村……ア……ヤト」


 何とか口に出来た。言わなければ、ならないと思ったからだ。


「アヤトか。今日は貴様の命日ではないようだ。その幸運、噛み締めておけ。俺は【宝物庫】にいる。泣くほどに悔しいのならば……いつでも来るが良い」

「泣いて……ねえ!」


 視界が濡れて見えない。


「では、良き戦いを」


 その声と翼を打つ音がこだまし、カドラーの気配が消えた。


「アヤト!! 大丈夫!?」

「いやあ、めっちゃ痛いけど、さっきよりは……痛みが引いた」

「……なんかね、傷が小さくなってる」

「これも【回帰に至る剣リグレス・ブレード】の力か……便利だな」


 まだ傷は痛むが僕は上半身を起こした。僕の肩にグリンが着地した。


「ありがとなグリン。どうもグリンのおかげで助かったみたいだ」

「あたしだけじゃないよ。だけど、カドラーについて、少しわかったかも」

「分かった?」

「あたし、名前呼ばれたでしょ? それでね少しだけ分かったの。名前を呼び合うってそういう力があるの」

「そうなのか」


 傷はまだ塞がっていないが、血は止まっている。僕はクラウ・ソラスを杖にして起き上がった。


「やれやれ……まあとにかく、こうして五体満足で済んだのは良かったさ。次はしっかりと対策してあいつを倒す。グリン、あ、本名のが良いのか?」

「グリンで良いよ!」

「じゃあ、グリン、あいつは――何者だ?」

「あれは――……人の形をした……竜」 

 

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