12話:宝物庫

【ウメダダンジョン】

 中層:【宝物庫】付近。


 そこは元々は何かの商業施設だったのだろう。僕達が【宝物庫】と呼んでいるその遺跡への入口近くには、もう文字もかすれて読めないが、辛うじて【ヨ……シカ……ラ】と大きく書かれていた。


 その遺跡が宝物庫と呼ばれるのには理由があった。中には今も、手付かずの旧文明の機械や遺物が数多く残されているからだ。場所が中層という事もあり、ここまで辿り着けるチームは少なく、ここまで辿り着けるチームであれば、管理局にマークされているので、あまり大っぴらに遺物や遺産を地上に持って帰れないせいだ。


 まあ勿論抜け道はあるのだけど……。リスクが大きすぎる。


 僕達が深層から【宝物庫】へと入った入口付近には朽ちた鉄棒を奇妙に組み合わせたオブジェが並んでいる。円形の鉄棒が前後に付いており、古代の乗り物という事までは想像出来る。


「ねえねえアヤト! 上から凄い機械の匂いがするよ!! お腹すいたかも!」

「飯は後にしろグリン。さてとユーリ、ここから厳戒態勢だ。どこにグレンデルが潜んでるか分からん。カドラーについては一旦置いといて、まずはナナ達と合流しよう。おそらく、宝物庫の一番上の層か、そこより上のどこかだろう」

「はい。その警報装置、頼りにしてますよ」

「もっさんに感謝しねえとな」


 僕たちは警戒しながら遺跡内部を進んで行く。


 途中で何体かのマモノに遭遇するがグレンデルではなく、オークやオーガといったこの遺跡では珍しくないマモノばかりだ。今の僕とユーリ、そしてグリンの力を駆使すれば難なく倒せる奴ばかりだ。


 僕は自分が強くなった事を実感するが、今はそれよりも大群と言われていたグレンデルが一体も現れない事に焦りを感じていた。


 やはりもう遺跡内部にはいないのか?


「アヤトさん……見てください、アレ」


 この遺跡の構造は、7階層に分かれており、それぞれの階層は中央付近にある階段で自由に行き来が可能なんだが……。


 その上まで吹き抜けになっている階段部分に――滝が流れていた。


「滝か。これがアツシの言ってた川か?」

「落ちてきてる先を見てみようよ。そこで、カドラーと遭遇したのかも」


 グリンはどうやら上の階層が気になって仕方がないようだ。


「ああ。とりあえず登ろう」


 機械式の階段を登っていく。この遺跡が遺跡でなかった頃は自動で動いてたらしいが、今はもうただ階段に過ぎない。


 5階層目まで上がると、滝の元となった川が見えた。奥の壁が崩れており、そこから水が出ているようだ。それが、川となり階段部分へと流れ、滝になっているようだ。


「戦闘した痕跡がありますね」


 辺りを見渡せば、貴重な遺産や遺物が破壊尽くされており、何より、壁も天井も床も全て黒焦げになっていた。川の流れている部分すらも、焦げた部分が透けて見える。となれば、川すらも蒸発するほどの熱が発生したのだろう。


「まだ、火の匂いがするぞ」

「一体何をすればこんな事に……」

「さてね。【アルビオン】にはこんな力がある固有武装持ちはいないはず。とすれば……未知のマモノか……カドラーか」

「【抱擁する者カドラー】……宝物庫……火……んーなんか思い出せそうなんだけどなあ」

「頼むよグリン。それが生死を分けそうな気がするんだよ」

「んー……ダメだ思い出せない」

「仕方ありませんよアヤトさん」

「分かってるって。さてと……ショウジとナナがここから撤退したとすると……」


 僕は何か痕跡が残されていないか調べていく。すると、奥に血痕が続いているのが見えた。血痕は奥の倉庫エリアに続いている。


「こっちだ」


 血痕の後を追う。その道中はナナ達の抵抗と敵の追撃の厳しさを物語っていた。倉庫エリアは荒らされ、同じように床や壁が黒く焦げている。


 破壊の跡を進んでいくと、僕は見覚えがある物を発見した。


「っ!! あれはショウジの【絶対防礁グレートバリアシールド】!」


 黒焦げになった壁に一カ所だけ白い部分があり、そこはどうやら崩れていて穴が空いていたようだが、そこを塞ぐように盾が埋めこまれていた。それが【アルビオン】の副リーダーであるショウジの固有武装だと僕はすぐに気付いた。


 あれの能力を知っている僕は、その盾が既に光を失っている事に絶望した。


「まさか……あいつ一人で!」


 僕はその盾へと駆け寄った。能力を発動中なら近付く事さえ困難だが、今はただの盾にすぎない。僕はその盾を祈りながら退けた。


 頼む……無事でいてくれ……!


 盾の向こう側にはやはり通路が続いていた。おそらく地震で壁が崩れ繋がった通路だろう。

 そして盾のすぐ裏側、大量の血で汚れた床に一人の男が倒れていた。


「ショウジ!!」


 それは間違いなく【アルビオン】の副リーダーであるショウジだ。


「おい、ショウジ!! しっかりしろ!!」


 僕は、すぐに脈と息を確認する。


「生きていますか?」


 駆け寄ってきたユーリが心配そうな声を掛けてくるが、今は無視して口元に耳を持っていく。微かに息をする音が聞こえる。


「生きてる……! 気絶しているだけだ」

「良かった……でもこれはどういう状況なんだろ?」

「多分……ここでショウジは力を使い続けて、追っ手がここを通れないようにしてたんだろ。力を使い過ぎて気絶しただけだと思う」


 ショウジの盾を破れる物はほとんどない。カドラーがどんな力を使っていたかは知らないが、ここは突破出来なかったようだ。


「どうしますかアヤトさん。この人をこのままここに置いておくのは危険です」

「……連れて行くしかない。僕が担ぐから、ユーリはその盾を持ってきてくれないか?」

「構いませんが……機動力が著しく落ちますね」

「……だがここまでショウジも無事だったんだ。この先は【安全地帯セーフティエリア】の可能性がある」

「中層にはなかったはずですが……この通路自体もないはずの物なので、確かにそれは否定できません」

「いざとなったらあたしが【欠陥領域ディフェクト・ワールド】張って守るよ!」


 グリンの力強い言葉に僕は頷いた。相手がただのマモノであれば時間制限はあるものの、簡易な【安全地帯セーフティエリア】を作れるのはありがたい。まあ、遠距離攻撃をしてくるマモノには為す術はないんだけど……接近を防げるのはやっぱり強い。


 僕は倒れているショウジの腕の間に入ると、肩に乗せて持ち上げた。


「見た目の割に結構、力あるんですね」

「“身体は裏切らない、鍛錬は嘘を付かない”、が師匠の教えでね」


 ユーリに答えながら、僕は通路の先を進んでいく。どうやら地震による遺跡同士の歪みによってできた通路らしく、床も傾いていて歩きにくい。血痕はまだ先へと続いている。


 とりあえず追っ手はここでショウジによって食い止められた。ならば、ナナ達は無事だろうが……この血の量。ナナだけではないにしろ……地上まではまだまだ遠い。とても辿り着けるとは思えない。


「アヤトさん……顔が怖いです」

「……ごめん」

「いえ、気持ちは分かりますから」

「うん」


 ユーリとグリンの心配そうな顔を見て、僕は気合いを入れ直した。勝手に絶望するのは止めだ。


「大丈夫、絶対に大丈夫だ。だから急ごう」

「はい。見れば、血が乾いてからさほど経っていません。さきほどショウジさんが倒れていた位置の血の量を見る限り、ナナさん達は長い間あそこに留まっていたのだと思います」

「……ありがとうユーリ。見ろ、通路の出口だ」


 通路の先が明るい。一瞬、地上か? と期待したが、僕はそういえば中層から表層の間にある、とあるエリアの事を思い出した。


「そうか……そこに繋がるのか」


 通路から出ると、そこには広大な空間が広がっていた。上を見上げれば、異海のせいで見えないが、空があり太陽光が降り注いでいるのが分かる。


 そう、ここはウメダ地区で大昔に起きた地殻変動によって陥没した部分であり、深さ自体は中層に近いものの、地上まで吹き抜けている空間、通称【】だ。地面にはレールと呼ばれる大昔に使われた乗り物用の道が敷かれてあり、人や荷物が乗り降りする場所が平行に複数並んでいた。その上に被さるように巨大な建造物があった。


「ここに繋がるのか……厄介だな」

「広過ぎる上に、こう視界が開けているとマモノに発見されやすいですね。上に戻るにはここを突っ切ってあの駅内部から上に登る必要がありますけど……」


 負傷し、新人達を抱えたナナがそんな無謀な事をするとは思えない。


 であれば。


 僕は素早く周囲を見渡した。すると、10m近く離れた場所に転がっている長方形の箱が見えた。割れたガラス窓やこちら側に見えている車輪を見るに、大昔に使われた乗り物――電車車両の残骸だろう。


「あの中かもしれない」

「はい、私もそう思います」

「行ってみよ」


 僕らはそこへと近付いていく。この時、油断していなかったと言えば嘘になる。

 警戒はしていた。

 

 だけど腰の警報は何も反応しないし、周囲には影すらない。


「っ!?」


 その低い声が聞こえ、僕は警戒するが、姿が見えない。


「本当に……人間という存在は目障りだ。ウジのように湧く貴様らは、羽虫のように死ね」


 それがだと解った瞬間に僕らは駆け出した。


「っ!! あれは!?」


 僕らが立っていた場所で破砕音が鳴り、粉塵が舞いあがる。


「とにかく今は逃げるぞ! ユーリ、悪いがショウジを担ぐのを代わってくれ。盾は置いといていい!」

「はい! ですが、アヤトさんは!?」


 僕はショウジをユーリに渡すと、【回帰に至る剣リグレス・ブレード】を構えた。


「足止めだよ。グリンはユーリについていけ」

「嫌。あたしはアヤトと一緒にいる。だってあいつが多分――」


 ユーリがショウジを担いで車両へと向かっていくのを確認して僕は振り返った。


「【抱擁する者カドラー】、か」


 粉塵の中から、ゆっくりと男が歩み出てきた。


 見た目だけで言えば、普通の男性だ。堀の深い顔に立派な髭、短い金髪に青い瞳。ただし――機械で出来た翼が背中から生えており、背後には太い機械で出来た尻尾が揺れている。


 両腕には腕甲、下半身には脚甲を装備しているが、それ以外は薄い布で出来た見た事もない衣装を纏っているだけだ。


 そして何より手には、見た事もない立派な大剣があった。

 金色に輝く柄、赤い縁飾りのついた分厚い両刃、そして柄頭に輝く緑の宝玉。


「カドラー……その名を何処で聞いた、人間」


 男――カドラーの低くやけに通る声が響く。


 嫌な汗が額を流れる。ああ、この感覚はエンプーサやあの女神と対峙した時と同じだ。


 あいつ、多分めちゃくちゃ強い。


「まあいい。後ろでこそこそ隠れている奴ら同様に……屠るだけだ」

「やらせるとでも?」

「羽虫ふぜいに何が出来る」

「さてね……自分で試してみなよ」


 僕はクラウ・ソラスを再現させ構えた。それを見て、カドラーが目を細める。


「ほう……か」


 あれ、わざわざ名前を呼ばずに再現したのにバレてるぞ。おいおい、どうなってるんだ。


。いいぞ。羽虫は嫌いだが、戦士は――歓迎する!!」


 地面が爆ぜ、一瞬で間合いを詰めてきたカドラーの剣が迫る。


 こうして僕の絶望的な戦いが始まった。

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