異海のルインダイバー

虎戸リア

1話:グレムリン

 


「僕――このチームを抜けるよ」


 A級ルインダイバーチーム【アルビオン】の拠点内にある作戦室に、僕の声が響いた。

 

 僕の前のテーブルにはこのチームの幹部連中が座っており、僕の発言を聞いて全員が顔を見合わせた。それぐらいに僕の発言は突飛で、彼らにとっては信じがたい事のようだった。


「お、おい何を言っているんだよアヤト。このチームはお前が立ち上げたチームだろ!? なんでリーダーであるお前が抜けるんだよ!」


 古株のメンバーであり、Aランクダイバーである金屋カネヤアツシが声を上げた。


「アツシの言う通りだ。確かに先の戦闘で、アヤトに落ち度はあったかもしれない。だが結果全員生き延びた。それで良いじゃないか。アヤトだけの責任ではないだろ」


 そう言ってくれたのは同じく古株のメンバーでAランクダイバーである室田ムロタショウジだ。

 彼の言葉で、僕は先のダンジョン内での戦闘を思い出した。


 事はとてもシンプルだ。僕の実力不足のせいで、チームはピンチに陥ったのだ。A級チームなだけあり、メンバーのほとんどがA~Cランクなのに対して、僕だけは――Fランク。つまり最底辺だ。


 僕は腰に差していた、鈍色に光る筒を抜いて、テーブルへと投げた。それにはグリップが付いており、一見すると何かの柄のように見えるが、刃はなくやはりただの筒でしかない。


「これが理由だよ。今までは僕がこのチームの創設者だから、リーダーだから、と誤魔化して見ない振りをしていたけど、これ以上はもう無理だ。間違いなく僕はこのチームのお荷物になっている。今だって僕に気を遣って、浅い階層でしか活動出来てないだろ? そんなんじゃいつまで経ってもこのチームの目標であるウメダダンジョン踏破なんて出来ない」


 オオサカ地区ウメダにある最深最悪のダンジョン――通称ウメダダンジョン。そこはまさに迷宮で、手強いマモノも多く、いくつものルインダイバーチームがそこで命を落としている。このチームなら必ず踏破出来ると信じていたけど、僕のようなお荷物がいればそれは夢のままどころか悪夢で終わってしまう。


「既に、僕が担ってた斥候やダンジョン内の構造把握も他のメンバーが出来るようになってきた」

「だったら、地上での裏方に徹してだな……勿論報酬はこれまで通りで……」


 アツシの言葉はもっともだ。実力不足の僕はダンジョンに潜らずにチームの裏方として役割を果たせばいい。だけど、僕は力無く首を横に振った。


「アツシ……知ってるだろ。僕はダンジョンに潜りたいんだ。だけど今のままでは足手まといにしかならない」


 それが我が儘なのは分かってる。実力もないのに潜りたがるルインダイバーは自殺志願者と同義だ。

 

 だけど、それでも僕には意地があった。

 古参メンバーはともかく、それ以外のメンバーが陰で僕の存在を疑問視している事は僕は知っている。

 それを聞き流して、これまで通りこのチームに居座れる自信と余裕がもう僕にはなかった。


「アヤトのその固有武装も……きっと何か仕掛けがあってだな! もう少し色々やってみようぜ!」


 アツシがそう言ってフォローしてくれるが、その仕掛けとやらがこの筒にあるとは僕には思えなかった。


 アツシが腰に差している拳銃型固有武装、ショウジが背負っている盾型固有武装、どちらも素晴らしい力を秘めている。


 そんな中、僕のダイバーランクが未だにFランク。理由は明解だ。僕の持つ固有武装【悔恨の柄リグレット】は本当に文字通り、ただの筒なのだ。


 固有武装とは、ダンジョンで手に入るとある素材を素に作るルインダイバー専用の武器だ。最初に作った時は皆似たような形の武装になるが、使っているうちに使用者の願望や素質、戦い方によって独自の形に進化していくのだ。


 かつて僕にルインダイバーとしての生き方を教えてくれた師匠は僕が作った固有武装を見て、これは【悔恨の柄リグレット】という珍しい固有武装で、将来必ず君の役に立つから大切に育てなさいと言ってくれた。


 だけど、刃すらないし、出来る事と言えばせいぜい投げつけてマモノの注意を引き付けられるぐらいか?

 そんな物でどうやってマモノと戦えばいいんだ? そうやって育てればいいんだ?


 肝心な事を教えてくれる前に師匠はあっけなくダンジョンで死んだ。

 その後も、僕が常に抱き続けてきたその疑問に、結局僕は答えを見つけ出せなかった。


「僕は、このチームならウメダダンジョンを踏破出来ると信じてる。僕がいなくてもチームが回るように準備はしたし致命的なミスが、取り返しのつかない失敗が、起きる前に僕は抜けるべきだとこのチームのリーダーとして、判断した。僕は僕をこのチームから――する」

「追放って……嘘だろ……」

「それに忘れたのか? このチームのモットーを。なあ、そうだろ、


 僕は僕から一番離れた席、つまり作戦室の入口近くの壁に背を預けている女性にそう声を掛けた。

 その女性の長い黒髪は腰まで届いており、整った顔は無表情だった。身体にはボディラインを強調するような薄い生地で出来た、ダンジョン潜行に適した衣装であるダイバースーツを纏っており、動きを邪魔しないように軽い素材のアーマーで各部位を覆っている。足元も同じ素材で出来たブーツのような物を履いていた。腰には刀の柄だけを差しており、一見すると僕の固有武装と似た見た目だが中身には雲泥の差があった。


 彼女は刀型固有武装【光鱗こうりん】を持つ、僕の幼馴染みにして、僕と一緒にこのチームを立ち上げたSランクダイバー、城山キヤマナナだ。


 僕の言葉を聞いて、彼女はゆっくりと口を開いた。


「“来る者拒まず去る者追わず”、よねアヤト」

「そう。いつか、こういう日が来るって分かってたろ?」


 最初は良かった。ナナと一緒に悪戦苦闘しながら小ダンジョンを攻略し、仲間と出会って……。そうしていつしか僕とナナの作ったチームはこれほどの大所帯になってしまった。最初は皆、僕と同じFランクだったのに潜るたびに強くなって帰ってきた。


 そして僕は浅い階層で、強くなったメンバーに手伝ってもらいながらマモノを倒し続けたが、僕の固有武装は一切強くなる気配がなかった。メンバーは諦めずにやれば強くなると励ましてくれたが、いつしか僕はそれすらも時間の無駄、チームの停滞だと割り切って、斥候や案内役としてサポートに徹し始めた。


 僕が劣等感と諦観と嫉妬に、何度も飲み込まれそうになっていたのナナは知っている。

 だからナナは短く僕の問いに答えた。


「ええ。思ったよりも遅かったぐらい」


 僕を止める気配のないナナを見て、アツシが慌てて立ち上がった。


「ちょ、まってくれよ! ナナも止めろよ! そもそもアヤトお前これからどうするんだよ! まさかルインダイバー引退する気か?」

「続けるよ勿論。僕らみたいな孤児には、この世界で他に生きる道はないからね。まあのんびり、独りで小ダンジョンでも潜るよ」

「でもよお……ソロは危険だって……お前がそう言って、俺をここに誘ってくれたんだろうが……」


 絞り出すような声をアツシが出した。ああ、そういえばそうだったなあ、懐かしい。


「俺達の言葉に耳を傾けるつもりはないんだなアヤト」


 ショウジがまっすぐに僕の目を見た。これまで僕の我が儘をいちばん聞いてくれていたのはショウジだった。僕が頑固な事も良く分かっている。


「最後まで我が儘言ってすまない。リーダー失格だね。これからはショウジとナナで指揮を執ってくれ……今まで通りにね」

「……分かった。なあアヤト、いつでも戻ってきて良いんだからな。いらん意地を張るなよ」

「分かってるさ。もう既に私物はまとめてある。あとはこの身一つだけだ。それじゃあみんな、武運を」


 そう言って、僕はメンバーからの別れの言葉に答えながら、作戦室から出ようとした。


 扉の横の壁に背を預けたままのナナが視線を向けすらせずに、僕にしか聞こえないほど小さな声で囁いた。


?」

「……ああ」

「待ってるから」

「うん」


 それだけで僕らには十分だった。


 こうして僕は、A級ルインダイバーチーム【アルビオン】を抜けた。



☆☆☆



 ソロダイバーとなって一か月が経った。

 僕は日々の食い扶持を稼ぐ為に、【アルビオン】を抜けたあとも変わらずダンジョンに潜り続けた。チームリーダーの重責から解放されたおかげで、僕はようやく自分を強化する事について専念できる。

 

 ダイバースーツにバックパックを背負い、鉄槍の先を尖らせて作った簡易の鉄槍と、何の役にも立たないただの筒を腰にぶら下げて、僕はオオサカ地区北部にある崩れた塔の地下から続く小ダンジョン――通称【太陽の塔】へと降り立った。


 このダンジョンは階層もたった3階層しかなく、めぼしい遺産や遺物はとうの昔に他のルインダイバー達に取り尽くされている。それでも弱い小型のマモノは未だにどこからか湧いてくるのだ。


「もう少し狩るか……」


 コンクリートで囲まれた細い地下回廊を進みながら、僕はとあるマモノを狩っていた。


  それはゴブリンと呼ばれる子供ほどの背丈の人型のマモノだ。緑色の皮膚で、右手と左右の目だけが機械で出来ており、その機械腕は左手に比べて長く太く、金属製の棍棒を携えていた。


 マモノ達の姿形は様々だが、共通する部分がある。

 ・そのマモノを象徴する部分や特化している部分が機械になっている。

 ・その機械部のどこかにコアと呼ばれる部品が含まれており、それを取り除くもしくは破壊しないとマモノは活動停止しない

 ・マモノの機械部の箇所は種族で共通しているが、コアの位置は個体毎に変わる。


 僕の目の前で断末魔と共にゴブリンの身体が崩れ、跡形もなく消失。僕が鉄槍で引き千切った右手にどうやらコアがあったようで、それが身体から取り除かれたせいで死んだようだ。


「ふう……右手がコアとはラッキーだった」


 僕はバックパックから解体用の道具を取り出して、周囲を警戒しながらも機械腕を慎重に分解して、コアを取り出した。それは拳ぐらいの大きさで、まるで綺麗にカットされた宝石のような見た目だが、既に光を失っている。


 しかし、例えゴブリンのコアでも売ればそれなりの値段になるので、ソロダイバーの僕はありがたく頂戴する。


 このコアが実は固有武装の素になり、ランクの高いコアほど良い固有武装が出来るという噂である。僕も何度かそれで試してみたが、結果一緒だったので、噂が本当かどうかは分からない。


 そういう事もありマモノを倒す際、コアは出来れば確保したい反面、コアの場所が個体毎に変わるのでどうしてもソロだと賭けのような形になってしまう。戦闘中にコアを砕いてしまうと、得られる物は何もなくただの骨折り損だ。もちろん怪我したり死んだりするよりはマシなので、コアを狙って倒すのも必要な事なのだ。


 まともな固有武装があればもっと楽にこなせるのだが……残念ながら僕にはそれが出来ない。僕に出来る事と言えば、ひたすらコアを稼いで、固有武装を作り続けるしかない。これまで何十本と作ったが全てハズレだった。だけど、その先に当たりがないとも限らない。それぐらいしか……僕には望みがなかった。


 根気のいる話だし、無駄骨に終わりそうな僕の強化にこれ以上チームの手を煩わせたくなかった。僕の作ったチームはもっと上に行けるチームだ。だから僕は――自らを追放した。後悔もないし、これで良かったと思っている。


 風の噂では、【アルビオン】はウメダダンジョンの中層を突破したらしい。流石ナナ達だ。

 

「んーもう少し稼ぐか……」


 僕はそう呟きながらゴブリンのコアをバックパックの中にある専用ケースに慎重に仕舞う。コアは割れやすく、更に割れる際にちょっとした爆発を起こすので、背中を爆破したくなければ、専用ケースに入れるのがルインダイバーの鉄則だ。


 そうやって進んでいく内に僕は【太陽の塔】1階層、最奥に辿り着いた。そこは前まで行き止まりだったはずなのに、壁が崩れて奥から光が漏れていた。

 ダンジョンは基本的に構造が変わる事はない。しかし頻発する地震により、崩れたりもしくは新たな場所が開けたりする場合もある。そういえば昨晩大きな地震があった事を思い出した。ここもそうして出来た場所なのかもしれない。

 

 僕はゆっくりと崩れた壁を乗り越えた。


 その先は見た事もない場所だった。例えるとすれば、車庫だろうか? 朽ちた大きな鉄くずがあちこちに転がっている広い空間だ。その朽ちた鉄くずは良く見れば翼がついており、それは古の時代に人を乗せ空を自由に飛んだ機械――飛行機だという事に僕は気付いた。


「実物は初めて見た……凄い」


 錆びてボロボロになっており動きそうにないが、その流線型のフォルムは僕の心を強く惹きつけた。それは、僕の頭上にいた異質な存在を見逃す程度には、僕の視線を奪っていたのだ。


 だから僕は、ソレが頭上から僕へと声を掛けてきた時は――死ぬほど驚いた。


「良かった……人間だ」

「うわあ!!」


 ソレに対する僕の第一印象は、、だった。

 

 とはいえ妖精といっても当てはまる特徴は、小さくて羽が生えた少女であるという点だけだ。


 大きさは手のひらぐらいだろうか? 着ている服はなぜか僕らが着ているダイバースーツと酷似した物で、ところどころに歯車やらパイプやらが付いており、青い回路が刻まれていた。背中から生える羽は機械になっており、青い光翼を出している。

 その愛くるしい顔も、顔の半分近い面積をゴツいゴーグルで隠しており、その上で光翼と同じ青色のショートカットヘアーが揺れている。

 光翼の青い光に僕は妙に見覚えがあった。そうか、あれはマモノの武器や、ダイバーの固有武装の光刃や光弾と同じ色をしているのだ。

  

 僕はソレが一瞬マモノかと疑ったが、敵意も悪意も感じなかった。そもそも、喋るマモノなんてこれまで発見された事がない。


「お前は……なんだ?」

「ん? あたし? あたしはグリン! 正式名称は長ったらしいから割愛っ! ま、それ以外はイマイチ覚えてないんだけどね!」


 グリンはゴーグルを手で上げると、その大きな金色の瞳で星は出そうなウィンクをした。


「グリン? いや待ってくれ、そもそもここは何処だ?」

「私のだけど? 地震のせいで、変なところに繋がったっぽいのよねえ。でも人間で良かった……」

「食料庫?」

「そうだよ? だってあたし――だし」


 グレムリン。その名を僕も聞いた事がある。それはを司る妖精でダンジョンの深部に住んでいるとルインダイバー達の間で囁かれる都市伝説。


「まさか実在していたとは……」

「何よ、人を幽霊みたいに」

「なぜこんな浅い階層に?」

「浅い? というかどこに繋がったの?」

「ここは【太陽の塔】の第1階層だよ」

「あー、全然分かんない。なんかね、あたし記憶がないっぽいの。自分の事はわかるんだけど、なんでここにいるのか分かんないし、知識もどうも欠落してるっぽいのよねえ。力もほとんど失ってるし」


 困ったわ、と言いながら全然困ってなさそうなグリンを見て、僕はどう返したらいいか分からなかった。


「んーでも、なんだろあたし、君のそのエーテル武器が妙に引っかかる」

「へ? エーテル武器? これの事か?」


 僕は【悔恨の柄リグレット】をグリンに見えるように掲げた。


「それそれ……なぜだろう……見覚えがあるような……」


 むむむ……と悩み始めるグリンだが、僕は少なくともグリンとは初対面だ。僕以外にも同じ物を持っている人がいた……?


 そんな事を思っていると突如、爆音が響いた。


「っ!? 今のは?」

「んー? あ、なんか向こうの壁が今崩れたね。げ、水が入ってきてる」


 グリンの視線の先を見ると、どうやら隣接していたらしい地下水路との間の壁が決壊し、水が流れ込んでいた。


「水……だけじゃないぞ!」


 僕は流れ込んできている水の不自然な動きを見て、脳内で最大限の警報が鳴る。


 水と共に何かがこちらへと向かってきている。何が不自然かというと、その姿が見えないのだ。そのいるはずの存在は見えず、水だけがその透明な巨体から滴り落ちている。その大きさから見て、体長は3mほどだろうか?


 水の落ちる軌跡で、その姿は見えないながらも二足歩行している人型だと分かるが、かなりの前傾姿勢で両手が床に届きそうなほどに長いのが気になる。


 いずれにせよ、あの大きさの人型で、透明化出来てかつ水の中に潜んでいるマモノなんて僕は一つしか知らない。


「なんでここに――が!」


 グレンデル――それを狩る目安として与えられたランクはB。ゴブリンがFランクである事を考えれば、こんな浅い階層で出るはずのないマモノだ。


 普段は水中に潜んでいて、背中から尻尾へとかけて機械化しておりそれによって透明化できるのが特徴だ。少なくとも、Bランクのダイバーがソロで倒せるか倒せないかの強さを持つグレンデルを、僕一人で狩れるビジョンは一切見えない。


「まずいまずい……逃げるぞグリン!」


 僕は自分が入ってきた場所へと逃げようとし、視線をグレンデルから少しだけ外した。たったそれだけだったのに。


「……っ! 避けて!」


 グリンの警告と共に腹部に強烈な衝撃。地面を蹴って接近してきたグレンデルの拳が僕の腹部へとめり込み、その振りぬいた勢いのまま僕は吹き飛んだ。

 浮遊感の後に僕は鉄くずに激突し、視界が真っ赤に染まった。強烈な吐き気と腹部の痛みで泣きそうだ。もしダイバースーツを着ていなかったらきっとあのパンチは簡単に僕の腹部を貫通していただろう。


「っ!! どうしよう! とりあえず――【欠陥領域ディフェクト・ワールド】」


 グリンが倒れた僕の傍に飛んでくると、羽を広げた。その瞬間にグリンを中心とした半径3mほどの半透明なバリアが球状に現れ、僕とグリンを包んだ。


 するとなぜかグレンデルはそれを見て、後ずさった。


「これは……?」


 僕は腹部を庇いながら、起きあがった。グレンデルは依然として見えないが、床が水浸しになっていて、立っている場所の水だけが不自然に凹んでいるおかげで位置は分かる。


「今唯一あたしが使える力だよ。この領域内に入ると機械部が不調になってしまうからあいつらは嫌がって近寄らないの」

「機械部が不調になる……?」

「うん、グレムリンの力。それ以外も色々あるはずなんだけど……今のあたしにはこれしかなくて、これだけだとあいつらは倒せないからこうして隠れていたんだけど……君が現れたから」

「なあ、グリン。この力を使いながら動けるか?」


 僕はこのマモノ避けのバリアを張りながら、ここから脱出できないかと考えたのだが、グリンは力なく首を横に振った。


「発動中は動けないし、一回使うと再使用には少しだけ時間がかかるから、連続では使えないの」

「そうか……効果時間は?」

「あと1分ぐらいしか持たないかも」

「そうか……」


 僕は脳をフル回転させる。この状況は非常にまずい。


 このバリアが解けた瞬間にグレンデルは僕らを襲ってくるだろう。ここから逃げるには、僕がここに来た道を戻るしかない。グレンデルが現れた水路は危険過ぎる。


 だけどグレンデルが素直に僕らを逃がしてくれるだろうか? 僕にはそうは思えない。それにルインダイバーの鉄則なのだが、格上に対して背中を見せて逃げるのは――最もしてはいけない事なのだ。


 さっきだって視線を外しただけで襲われた。


 ならば……


 僕が持っているのは鉄槍とこの何の役にも立たないただの筒。唯一希望があるとすれば……グリンの力だけだ。


「グリン、この力について分かる事を全部教えてくれ」

「え? うん。この力は――」


 僕はグリンの説明を聞き、戦術を練る。

 その中で、僕にとって最も重要な事をグリンに聞いた。


「……再使用までの時間は?」

「えっとね。大体3分ぐらいかな?」

「3分か……分かった。グリン、今すぐ【欠陥領域ディフェクト・ワールド】を。3分後僕の合図でもう一度使って欲しい。そして絶対に僕から離れないで」

「良いけど……その3分の間、どうするの?」

「……足掻くだけさ。万年Fランクの逃げ足を見せてやるよ」


 僕は自嘲気味に笑いながら、鉄槍を構えた。グリンの力――【欠陥領域ディフェクト・ワールド】が彼女の説明通りなら……


 こうして万年Fランクダイバーの僕と、力を失ったグレムリンというなんとも頼りないコンビの共闘が始まったのだった。

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