第3話 麗しき死体

第3話 麗しき死体 その一



 とにかく、いつまでも、この場所にいてもしかたない。

 ドームのような円形の部屋。

 四角く切りとられた窓から、龍郎とアンドロマリウスは外に出た。


「イポスは、なんで、ここにいたんだ? 囚人ってわけじゃないんだろ?」

「快楽の玉の匂いに惹かれて、魔王たちが集まってきてるのかもしれない。危険だな」

「タルタロスは刑場なんだろ? 勝手に入ってくることができるのか?」

「ここは魔界の君主たちの共同結界だ」

「ああ。それはベリトも言ってた」

「ここを構成している君主たちなら、自由に行き来できる」

「そうか。自分の結界のなかだもんな」


 自力でぬけだすことができないのは囚人として囚われている者だけということか。


「でも、この地に来ると魔力を失うんだろ? それがタルタロスの特性だと言ったじゃないか?」

「だから、影を送りこんでいるんだろうな。まあ、分身だ。魔法を使っているのは本体だ」

「そうか。イポスは分身だったのか?」

「分身とは言え、苦痛の玉の前では塵にされるということだな。影を通して、本体にも攻撃を浴びる。じっさい、おまえたちは恐ろしい悪魔殺しだよ」


 話しながら、アンドロマリウスは龍郎の前に立って進んでいく。

 何か目標でもあるのだろうかと、龍郎はあやぶんだ。


 青白く光る鍾乳洞が、どこまでも続く。ときおり、キノコのような形をした生物や、トカゲのようなものや、羽のない虫のようなものが地面をチョロチョロよこぎる。悪魔と呼ぶこともためらわれるような低級な生物のようだ。


「あんた、何を目当てに移動してるんだ? 青蘭を見つけないと」

「だから、ヘカトンケイルを探してるんだ。やつは牢番だ。タルタロスのことなら知らないことはない」

「なるほど」


 見つかれば捕まえられると思い、ついつい逃げてしまったが、言われてみれば、そのとおりだ。

 それに、ヤツは青蘭のドレスを持っていった。もしかしたら、誰かに着せるためではないだろうか?

 人間サイズの小さなドレスを誰かに着せるとしたら、それを着るのは人間ということ……?


「でも、どうやって聞きだすんだ?」

「戦って屈服させるか、そうでなければ、こっそりあとをつけていく」


 悪魔だから魔界について詳しいのは、あたりまえかもしれない。さっきから、もっともなことばかりなので、龍郎は感心してしまった。

 いつかは、この魔王とも決着をつけなければならないというのに、困ったことに、だんだん親近感が湧いてくる。


「なあ、アンドロマリウス。グレモリーって女悪魔を知ってるか?」

「ああ。盟友だ」

「彼女の恨みを買ってないよな? おれたちを魔界につれてきてくれたのは彼女だ。でも、そのあと、悪魔たちのまんなかに放置された。青蘭が言うには、グレモリーは青蘭を憎んでるらしいんだ」

「……そんなはずはない。だが、グレモリーは戦争を嫌っていた。けっきょくは生き残るために戦ったが、それはあのときのすべての同胞がそうだった」


 アンドロマリウスはグレモリーに対して、なんのわだかまりもないようだ。とくに感情的なものは感じとれない。

 グレモリーのほうは、そうではなかったのかもしれない。


「ヘカトンケイルを見つけるためなら、さっきの牢屋のあたりに帰ったほうが早いんじゃないか? あのへんで囚人が騒げば、やってくるだろ?」


 龍郎が言うと、アンドロマリウスはからかうような目つきで見た。


「残念だったな。龍郎。タルタロスは土地の形状が一定時間で変わるんだ。大勢の魔王が造った思念の空間だからな。流動的なんだよ」


 何から何まで思いどおりにいかない。


 アンドロマリウスはさらに皮肉を発しようとしたようだが、とうとつに口をつぐむ。油断なく周囲を見まわした。


「何かいる」


 遠くのほうで遠吠えが聞こえる。犬か狼のような。

 この世界のどこかに獣がいるのだろうか?

 でも、それは一回きりで聞こえなくなった。

 アンドロマリウスの言ったのは、それではなかったようだ。

 たしかに何かいる。

 悪魔の匂いだ。


 龍郎の目の前をヒュッと風を切って、よぎるものがあった。

 矢だ。

 続けざまに数本。


 龍郎はアンドロマリウスの手をひいて、石筍のかげに隠れた。

 アンドロマリウスを助けてやる義理はないが、体は青蘭だ。傷つけるわけにはいかない。


「誰かが、おれたちを狙ってる」

「弓矢か。レラジェだな。マズイぞ。やつは矢で射たものを壊死させる能力を持ってる。矢じりがかすりでもしたら、そこから腐りおちていく」

「どうしたらいいんだ?」

「やつのふところに入りこめれば。それができないなら逃げるしかない」

「わかった。それにしても次々、刺客が来るな」

「…………」


 アンドロマリウスは難しい顔で考えこんだ。何か気がかりなことでもあるのだろうか?


 レラジェはそうとうの弓の名手らしい。立て続けに矢が飛んでくる。本人の姿が見えない。近づくことはできそうにない。かなり遠距離からの攻撃らしい。

 追いたてられるように、龍郎たちは走った。


 とつぜん、前方に巨大な崖が現れた。

 数十メートルの幅で道がとぎれている。


「どうするんだ? アンドロマリウス」

「とびこむか、レラジェを倒すか、どちらかだ」

「どっちが生存率が高い?」

「同じだろう」


 つまり、どちらも死に等しい。

 服のなかを冷や汗が流れていくのを感じた。

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