やさしい欺瞞

 僕は知らなかったんだ。

 僕は未熟者で、世間知らずだったから、それが輝いて見えたんだ。


 ゲームの中では、女のキャラを作って遊んでいても、誰にも文句は言われなかったんだ。

 ネカマって馬鹿にされる事もなかったし。

 だからゲームの世界は、自由だと思っていたんだ。

 人と話すのが苦手な僕でさえ、楽しくおしゃべりが出来たんだ。

 初対面の人とも、一緒に遊ぶことが出来たんだ


 その内、アニメキャラの様なアバターを使って、動画配信する人を見つけたんだ。

 僕は嬉しかったよ。

 だって、楽しそうだったし。

 何よりそこは、やさしい世界だったから。

 

 アバターを使ってるんだから、中の人は存在するはずなんだ。

 でも、それを暴くのは無粋だって、みんな理解しながら応援していたんだ。

 動画やSNSのコメントには、暖かい応援の言葉で溢れる。

 甘ったるい程に優しい世界が、そこに有ったんだ。

 中には、興味本位で中の人の正体を、暴こうとする人は居たし、誹謗する人も居たけどね。

 

 段々とアバターを使って、動画配信する人が増えて来た。

 そして、色んなタレントが生まれていった。

 僕はそんな楽しい世界が、どんどん広がればいいと思ってた。

 ゲームより新しい世界の発展に、僕の興味は移っていったよ。

 

 だって、そこには夢が有ったからね。

 そうだろ?

 CGを使ったアバターは、現実には存在しないんだ。

 画面の中にだけ、存在するんだ。

 でも、ちゃんと生きている様に見えるんだ。

 それは中の人に、意志が有るからかもしれないけどさ。


 技術の進歩にも驚かされたよ。

 そんな、バーチャル世界の住人がTVに出演して、現実のタレントと話しをするんだから。

 それを見ると、物語で描かれた世界、映画で描かれた世界が、本当に実現する気がしたんだ。

 この先に、何が待っているんだろう。そんなワクワク感が有ったんだ。


 でもね、違ったんだ。

 本当は優しい世界なんて、どこにも無かったんだ。

 始めから、僕の勘違いだったんだ。


 有る時、とあるタレントさんが、動画内で思いの丈をぶちまけた。

 辛い目にあったと、言っていた。

 それは、一気に燃え広がった。

 批判するよりも、擁護する声が圧倒的に多かった。

 やがて騒動は静まり、何事も無かったかの様に、そのタレントさんは活動を再開した。

 やっぱりここは、優しい世界なんだって思ったよ。


 問題は、それを模倣する人達だった。それと、優しい世界を守り続けたファンの人達。


 中には同情を買おうとして、失敗した人がいたよ。

 だって、そのタレントさんが言ってたのは、全部嘘だったってばれたからね。

 そのタレントさんは、多くの人にそっぽを向かれたんだ。

 しょうがないよね、嘘をついてまで同情を買おうとしたんだからさ。


 でもね、そうじゃないタレントさんも居たんだ。

 未熟な僕にだって、やり方を間違えたんだって、気が付いたよ。

 

 あるタレントグループの一人が、自分達の待遇に不満が有るって、SNSで呟いたんだ。

 それがきっかけとなって、ファンの人達がそのグループを抱えてる企業に、不満をぶつけたんだ。

 その時は、待遇改善すると、メンバーに約束したらしい。

 でもしばらくしたら、メンバーが一人ずつ辞めさせられていったんだ。最後には、全員辞めさせられたよ。

 人気が有ったグループなのに、残念だなって思ったね。


 企業はアバターを残して、中の人を入れ替えて、活動を続けたんだ。

 代替わりした中の人は、絶対に認められない。

 そんなファンが多かったよ。そして登録者は、目に見えて激減した。


 多分ファンの人達は、アバターと中の人を一対にして、応援していたんだ。

 だから、中の人が交代した事を許せなかったんだね。

 だけど、それで掌を返した様に、離れていくのは、残酷すぎると思ったよ。


 他にも居るよ。

 所属してる企業の対応に不満が有ったタレントが、SNSと動画で、気持ちを伝えたんだ。

 そのタレントは、とあるグループの一員として、活動していたんだ。

 動画とかで気持ちを伝えると、他のメンバーから、クレームを付けられたんだ。

 イベントが重なってる時期だったから、ファンを不安にさせてどうするって気持ちが有ったのかもね。


 でも、誤解とかすれ違いとか、そんな下らない事で関係が崩れて、何人かのタレントさんが、グループから去っていったんだ。

 そして、グループから去らなかったタレントさん達は、ファンの人達から猛攻撃を加えられたんだ。


 みんな怒ってた。みんな納得できないって騒いでた。

 でもさ怒ってるのは、そのグループを大事に思ってた人なんだよ。

 だったら、残ったメンバーを応援しても、よくないかな?

 僕は、それが凄く寂しいと思ったんだ。


 そして僕は、やっと気が付く事が出来た。 

 やさしい世界なんて、画面の上だけに有る、妄想だったってね。

 結局は、人間がやる事なんだから、やさしい世界なんて存在しないんだ、どこにもね。

 

 大人は、僕の夢を簡単に壊すんだ。

 でもいいんだ、現実ってやつを知る事が出来たから。

 たぶん僕は、少し賢くなったかもしれないよ。

 やさしさと言う名の嘘を、理解出来る様になったからね。

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