第3話 エルフVS鬼
それはそれは酒好きの鬼で、ついたあだ名が酒呑童子。
都から若者をさらったりとか殺したりとかして悪行を繰り返したため、
味方のふりをして近づき、毒酒を飲ませて、動けなくなったところで寝首を掻くという、なかなかに徹底した作戦によって。
ちなみに酒呑童子がいまわの際に遺した言葉は、「鬼に横道はないものを」だったらしい。
鬼はこんな騙し討ちはしねーぞ、くらいの意味だ。
人それを負け惜しみという。
基本的に、人間の戦略構想ってのは勝てば官軍である。
どんな汚い手段をつかっても勝てば良いんだよって考え方だからこそ、この星の覇者となることができたって側面もあるだろう。
こんな連中に戦い方を云々いっても無駄。
そもそも、まともな精神の持ち主が大量破壊兵器や化学兵器を作ったり使ったりしますかって話だ。
人類同士ですら戦争、差別、偏見を繰り返してるような連中だよ?
赤の他人どころか、自分の子供に児童虐待とか育児放棄とかしちゃうような生き物だよ?
「彼らのいう正義や正道なんて、まさに口だけよ。基本的に掌は返すためにあると思ってんだから」
「だから追い払ってやるっていってんだよ。俺らで」
ふんと鼻息を荒くするのは、野性的なハンサムである。
鍛え上げられた体つきはボディービルダーのように計算されたものではなく、獲物を狩るために存在するような危険な美しさだ。
「それは無理よ。酒呑童子」
正面に座って肩をすくめているクンネチュプアイなど、彼は持っている膂力の半分も使わずにくびり殺すことができるようにみえる。
「ていうか、いっかい殺されたくせに、まだ判ってないの? 人間たちには勝てないってことを」
「てめえ!」
冷然と投げつけられた言葉に反応するのは酒呑童子本人ではなく、彼の取り巻きたちだ。
億ションってレベルの建物で、鬼ってそんなに儲かるのかしらとクンネチュプアイは嫉妬混じりに思ったものだ。
暴発しかかる部下たちを、酒呑童子が右手を挙げて制する。
「あんたは昔からそうだな。いまはクンネチュプアイって名乗ってるんだったか。そうやって人間どもと微妙な距離感を保っている」
それは勝てないからなのか、と、付け加えた。
「人間には勝てるのよ。でも人間たちには勝てないわ。私の人生を振り返ってみれば一目瞭然よね。負け戦ばっかりなんだもの」
いつか人間はこの星を食い潰す! その前に滅ぼさねば! などと息巻いたこともあった。
我々が導かねば、と、実際に支配したこともある。
もう何千年も昔の話だ。
エルフたちの持つ魔法の力で人間を支配し、彼らを教え導こうとした。
そしてそれは失敗に終わった。
「まあ成功してたら、世界はひとつに統一されていたわけだし、私が極東に流れてくることもなかったわけだけどね」
エルフの知恵を得た人間たちは、それをベースにして自らの文明を発展させていった。
魔法に対抗するために科学が生まれ、そのチカラをつかって支配者たるエルフを追い落とし、さらには同族同士で覇権を巡って争うようになった。
「ぶっちゃけ、やってらんないわよ。支配者をやっつけろってとこまでは理解できるけど、なんでその後も戦い続けるんだか」
肩をすくめてみせる。
得た知識や経験を使って、より以上の殺戮をおこなうようになっていった。
戦争、平和、抑圧、解放を求めての戦争、と、際限のない無限ループだ。
「結局、モンスターの王国も妖怪帝国も作られなかった。あるのは人間の国だけ。これが答えなのよ。酒呑童子」
「つまり京都から人間を追い払っても無駄だと」
ぐぬぬと唸り、酒呑童子が腕を組む。
クンネチュプアイの言葉を噛みしめているのだ。
「無駄っていうよりも、追い払うことすらできないと思うけどね」
「できねえか?」
「七十年以上も続いた平和と繁栄で、この国の人間たちは恐怖心を失っちゃったもの」
エルフの美女の表情はほろ苦い。
明日、自分が死んでいるかもしれない、という恐怖を日本人は忘れてしまった。
つい先日もこんなことがあった。
札幌市内にヒグマが出没し、ハンターがそれを撃ち殺したという事件だ。
本来なら事件でもなんでもない。市街地に猛獣が現れたなら射殺するしか方法がないのだから、当然の処置である。
しかし批判が殺到した。
クマが可哀想。生け捕りにして山に帰せば良いじゃない、というわけだ。
どうやって生け捕りにするのかという部分や、また人里に降りてきたらどうするのか、という技術論はそっちのけで。
しかも、なんとその事件自体が数年前のものだった、というおまけつきである。
「自分が矢面に立つわけがないと思ってるから、いくらでも勝手なことが言えるのよ。これじつは災害のときなんかに大量に送られてくる支援物資という名前のゴミも一緒ね」
自分のこととして受け止めてないから、なんにも考えないで好きなことが言えるしできる。
「でもさ。それって平和で豊かだって証拠でもあるのよね。生きるのに精一杯だったら、他人のことになんてかまっていられないわ」
「ん? どういうことだ? 暇人だらけだから追い払えないって言ってるようにきこえるんだが?」
「そう言ってるのよ。酒呑童子」
京都に怪異が出た。怪異が街を占拠して観光客の締め出しをはかってる、なんてニュースが流れたら、むしろ人は殺到する。
物見遊山の者だけでなく、マスコミなども。
妖たちがただ脅かしているだけで命の危険はないとなれば、なおのこと面白がって押し寄せるだろう。
危害を加えられないなら遊園地のアトラクションと同じだから。
「けど、何人か殺せばびびって逃げ出すんじゃねえか?」
「そうなったら戦争よ。そして人間は勝つためならなんでもやる。それはあなたもよく知ってるでしょ」
苦虫を噛み潰したような顔の酒呑童子に、クンネチュプアイが肩をすくめてみせる。
妖怪どもをなんとかするために機動隊なり自衛隊なりが送り込まれるだろう。
近代兵器が妖怪に効果があるか、という点は置いても、国としてはそうせざるをえない。
「で、最悪の場合はこの街に巡航ミサイルでも撃ち込むんじゃないかしらね」
「そこまでするかよ……」
「そこまでしないと思う理由をききたいわよ。私としては」
人間なんて、究極的には自分以外が全員死んでもかまわないと思っている。親でも子でも親友でも恋人でも平然と見捨てられる種族だ。
まして相手が人間ですらない妖怪なら、攻撃を躊躇う理由なんてない。
「本気で同族のこと考えていたら、クマを殺して可哀想なんて言うわけないじゃない。災害にあって郷里に住めなくなった人を差別するわけないじゃない。他人の不幸が面白くて仕方ない。他人の不幸に憤ったり同情している自分が格好良くて仕方ない。それがこの国の人間の本質よ」
どぎついセリフを吐き、さすがに人間には聞かせられないけどね、と、付け加える。
「でもよ。そんなのは一部だけだろ? 人間でも」
「マナーの悪い観光客だって一部だけでしょ」
「ぐ……」
言葉に詰まる酒呑童子。
一部のマナーの悪い者たちのせいで、京都は妖たちにとって非常に住みづらくなってしまった。
では今度は、一部の常識のない日本人たちのおかげで、京都そのものが破壊されるかもしれない。
クンネチュプアイが指摘しているのは、そういう危険性である。
「はぁぁ……なんでこんな国になっちまったんだべなあ……」
大仰にため息を吐く。
「なんであなたが人間の国を嘆いてんのよ?」
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