京都にエルフ!?

南野 雪花

第1話 エルフ、京都にたつ


 ずいぶんと変わったな、と思った。


 当たり前である。

 最後に訪れたときには、まだ新幹線なんかなかったのだから。ちなみに、京都駅の新幹線開業は一九六四年。東京オリンピックの年だ。


「とはいえ、喧噪はあまり変わっていないかも」


 苦笑して駅前を眺めやる。

 人、人、人。

 どこから湧いて出たんだってレベルのひといきれだ。


 あのときも、やたらとがやがやしていた。

 尊皇攘夷だとか開国だとか、右を見ても左を見てもチャンバラだらけで、どこそこの藩士がどこかの浪士に襲われただの、誰それが斬られただの、物騒なニュースが飛び交っていたものである。


「さすがに武士はいないけど、そのかわり外国人だらけね。これはこれで、この国が開かれたって証拠なんだろうけど」


 肩をすくめる。

 そんなことを言っている彼女もまた、あまり日本人の外見をしていなかった。


 すらりとした長身。背中のなかほどまで伸ばしたストレートの金髪。秀麗な白皙を飾る碧玉のような瞳。そして頭の左右に飛びだした長くとがった耳。


 最後のひとつなんか、人間としての特徴を大きく逸脱しちゃってる。

 ファンタジー作品などに登場するエルフ。

 まさにそんな感じだ。


「アイさま! アイさま! お懐かしゅうございます!」


 人影が走り寄ってくる。

 頭頂部がだいぶ寂しくなった中年の男だ。


「エモン。久しぶりね」


 花が咲くように人外の美女が笑う。

 ぽっと頬を染めちゃう中年男。ぼふんと音を立て、タヌキ耳としましまの尻尾が姿を現した。

 こいつもまた人間ではない。


「エモン。尻尾尻尾」

「は。これは失礼をば。アイさまと再会できた喜びで、つい我を忘れてしまいました」

「認識阻害は使ってるけど、気をつけてね」


 もっとも、この外国人の数じゃ、最初から誰も気にしないかもだけどね、と、付け加えてもういちどくすりと笑う。

 これだけ雑多な街になってしまったら、人外の一匹や二匹まぎれこんでいたところで気付かない、と。




 クンネチュプアイは北海道に居住するエルフである。

 もう、どこからつっこんでいいのか判らない説明だ。


 そもそも彼女の一族が日本にやってきたのはざっと四百年ほど昔。大陸の方でいろいろやらかしちゃったため住めなくなり、新天地を求めてこの弧状列島に流れ着いたとエモンは聞いている。


 で、百五十年くらい前にあった政変のおり、当時は蝦夷地と呼ばれていた北海道へと移り住む。

 その際、アイヌの民たちと友好関係を築き、月光の矢を意味するクンネチュプアイという名をもらった。


「あらためて解説すると、べつにたいしたことしてないよね。私」

「語られなかった部分にこそ真理があるかと」


 高級乗用車を運転しながらエモンが笑う。


 彼の正体は狸谷山不動のタヌキだ。

 タヌキなのにハンドルを握っている。なんと人間の名前で運転免許ももっている。

 ようするにちゃんと日本国籍があるということだ。人外なのに。


「ところで、北海道新幹線はいかがでしたか? アイさま」

「良かったわよ。噂通りアイスもかたかったし」

「アイスの感想は求めてませんて」

「新青森を越えたら、東北新幹線って呼ばれるのよ。それがちょっと残念だったわ」


 いったい何を残念がっているのか。


「満喫できたようでなによりです」


 訳知り顔のオッサンである。

 しょうもない不満を口にしているということは、それ以外は充分に楽しんだということ。

 ちゃんと判っているタヌキなのだ。


「エモンには、お金使わせちゃってゴメンね」


 助手席でクンネチュプアイが舌を出す。

 四世紀も前からの付き合いだ。あまり素直でない性格を把握されていることなど、彼女も充分に承知している。


「なんの。こちらからお願いしてご足労いただいているのです。旅費くらい、せつにもたせてもらわなくては困りますよ」


 鷹揚に笑うタヌキ親父。


「エモンお金持ち。結婚して」

「では、この戦いが終わったら」

「それ途中で死んじゃうひとが言う台詞じゃん」


 馬鹿な会話で盛り上がる。

 実際、北海道から京都に移動する場合、新幹線を使って東京駅で乗り換えるより、飛行機を用いた方がはるかに安上がりだし所要時間も短い。


 にもかかわらず「北海道新幹線に乗ってみたいんだい♪」などというクンネチュプアイのふざけた要望に応えて、ぽんっとチケットを送ってあげるわけだから、金持ちというか物好きというか。


「で、わざわざ私を呼んだのは、プロポーズするためってわけじゃないんでしょ?」

「プロポーズしたのは、拙ではなくアイさまでは?」

「細けえことはいいんだよ」


 結婚するしないというのは、一般的にけっこう重大な決断であるが、本人が細かいことというならそれはそれで良いのである。


 まあ、世の中には、断る理由がなかったという理由でプロポーズを受けた女性医師もいるので、そう珍しい話ではないだろう。

 ちなみに、その人は二年ほどで離婚している。


「大筋はメールに書いた通りなのですが」

「私の知恵を借りたいってやつでしょ? ぶっちゃけいまさらじゃない? 平成も終わって令和になったこの世の中で、私の知識なんかが役に立つとも思えないんだけど」

「謙遜ですな。アイさま。武揚ぶよう公の軍師を務められたお方が」


 アメリカンな仕草で肩をすくめるクンネチュプアイを横目で見ながら、エモンが苦笑を浮かべた。


「だから言ってんのよ。函館戦争あんときだって結局負けたじゃん」

「負けたのではなく、たたんだのでしょう」

「まあ、武揚たけあきくんは、あんなしょーもない戦いで死なせるには惜しいニンゲンだったから」


 クンネチュプアイの秀麗な顔に浮かぶのは、ほろ苦い表情だ。


 日本人と日本人が覇を競った最後の内戦、戊辰戦争である。

 明治新政府軍と蝦夷共和国軍の最終決戦は、とくに函館戦争と呼ばれ、星形要塞の五稜郭は史跡として現在でも残っている。


 行き場を失った幕臣たちをまとめ上げ、明治政府と戦ったのが榎本武揚えのもと たけあきだ。

 蝦夷島政府総裁、というのが自称していた肩書きだが、ありていにいって反乱主導者である。


 十倍以上という圧倒的な戦力差によって順当に敗北したのち、彼は明治政府に出仕し、大臣職を歴任した。

 普通に考えれば、敗北した反乱主導者なんぞ処刑以外の選択肢はないはずなのに。


 助命された上に出世しちゃうとか。

 あげく、「明治最良の官僚」なんて呼ばれちゃうとか。


「美談の裏側を覗き込めば、さまざまものが見えてきましょうな」


 皮肉げに中年男が唇を歪める。

 榎本武揚という男はたしかに有能だった。当時の日本では、おそらく唯一の「世界に通用する人材」だっただろう。


 だが、だからこそ明治政府は彼を生かしてはおけなかったはずなのだ。

 べつに珍しい話ではない。


 現代の会社だって、優秀な人材を故意に使い潰したり、閑職に飛ばしたり、辞職に追い込んだりなんて話はいくらでもある。

 自分に取って代わっちゃうかもしれない部下など、うっとうしくて仕方がないのだ。


 そして明治時代の人々は、現代人に比較して高尚な精神を持っていたか、という話である。


「まあ、監視と悪口と誹謗中傷に満ち満ちてる現代よりは? ともあれ、武揚くんが有能だったのも、彼を使いこなすだけの度量が明治政府にあったのも、まぎれもない事実よ。じゃなかったら、いくら私が裏でごそごそ動いたって、彼は殺されちゃったと思うわ」

「そして殺されそうになったら、エルフの郷に連れて行ってしまう、ですかな?」


 先回りして言うエモンにクンネチュプアイが舌を出した。

 そういう未来も良かったかもね、と。


「でもさ、冗談はともかくとして、私なんて負け戦ばっかりよ?」


 大陸で負けて日本に逃げてきた。

 日本で負けて北海道に逃げた。

 次負けたら、どこに逃げたらいいのよ、などといって笑う。


「拙どもが欲しているのは、まさにその負け知識。たたみ方なのですよ。アイさま」

「どうしよう。褒められてる気がまったくしないんだけど」


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