チャプター1-chapter.1- 終焉の始まり

Episode1.いつもの日常に

「ねぇ優ちゃん。次に戦争が起こるとしたらいつだと思う?」

「んー、その質問の答えは今もまだ戦争はあるってことになるかな」

「そうじゃなくてさ。こうなんて言うの……第三次世界大戦、みたいな?」

「そこまで大規模な大戦争はもうないと思うよ」

「じゃあもしも宇宙人とかが攻めてきたら?」

「それはもう、大惨事だねぇ……………第三次なだけに」

「くだらなー」


 神奈川県横浜市横須賀区にある、ごく普通の一軒家。

 そこに愛彩は————愛彩たちは暮らしていた。

 同棲するのは家族………ではなく同年代の少年、つまり幼馴染みである。

 短くもなく長くもない綺麗な茶髪に、珍妙な黒と赤のオッドアイ。

 少年の名前は八木やぎゆう。愛彩より一つ歳上の十九歳の大学生だ。


「それにしても、何でいきなりそんな質問を……?」

「いやまあ、なんていうか。ほら」


 と、愛彩が指を指したのは目の前のホログラムテレビ。『大戦争時代の新たな発見⁉︎』などという特番がやっていた。


「なるほど」


 それを見て、優も納得した表情を浮かべる。


「……それにしても、こんな時代があったことなんて想像もできないよね」

「だって、もう百年近く前の話なんだから。仕方ないでしょ」

「いやまあ、そうなんだけど……ね?」


 仕方ないと割り切った愛彩に、優は眉尻を上げる。

 確かに、百年近くも以前のような大戦争は勃発していない。冷戦か、デモか。あるいは武力による威嚇か……あったとしてもそこまでだろう。だから実際、優にも愛彩の言葉が理解出来ないということは無かった。

 だがそれと同時に、忘れてはならないとされてきた戦争の時代を『仕方ない』と、ただその一言で済ませてしまえるほど、人は……世界は変容してしまったのか、と。

 近年ではアメリカやロシア、中国、そして日本も大戦争を起こそうとしているかのような言動が目立つようになってきている。ICBMなんて、一ヶ月にどれだけ発射されているのかわからない。少なくとも優にとっては、世界が再び戦争を起こるのを今か今かと待っているようにしか思えなかった。


「————ぇ、ねえってば!」

「っ! …………どうしたの?」

「大丈夫?」


 ぼうっとしていた優の顔の前で手を振り、心配そうに声を掛けてくる愛彩。

 それに優は笑って「大丈夫」と答えた。


「ならいいんだけど…………今日の昼は私が作ろうか?」

「ごめん、愛彩はキッチンには立たないで。人の命に関わるかもしれないから」

「ちょっとそれってどういうこと⁉︎」


 優は愛彩の提案を優しくオブラートに包んで、けれどもハッキリと拒否する。

 というのも以前、愛彩が料理をした際に優は死にかけたことがあった。

 不味いという領域を超過したそれは、優に一週間近くの体調不良を引き起こした。以来、その事件は『味噌わさび納豆丼~人参の塔を添えて~事件』と名付けられた。


「本当に大丈夫だから。だから座ってて」

「はぁい………」


 愛彩は不満そうな顔をしてテレビのチャンネルを回し始める。昼時だからか、料理やニュース、ドラマやアニメなど、様々な番組が放送されていた。幾度と変わる画面の中、突然優がぐっと愛彩の手を強く握る。


「ほぇ? ………………へぇ⁉︎」


 愛彩の顔が火照り、赤く染まる。

 近づいてくる顔にどっと心拍数が上昇した。


「ど、どうしたの……?」

「ちょっと貸して」


 優は真剣な表情で愛彩の手から離れたリモコンを手に取り、先の一瞬で流れたチャンネルへと戻した。愛彩はさっきのどきどきを返して欲しいとばかりに呆れて、優がテレビへと目をやった。

 その番組はただのニュース番組。女性キャスターが喜ばしいことを語るかのようにやや微笑みながら、ゲストである研究員とコメンテーターと会話を進めていた。

 その右上のテロップには『〝人類最後の発明〟ついに達成か』、と。

 愛彩はニュースを見て、首を傾げる。


「ええと………完全汎用AI……?」

「…… あれで《カイン》って読むんだ」

「あ、それってもしかして横浜と日本橋にある研究所で開発が進んでるってやつ? この前テストに出てきた」

「そうだよ。汎用AIの開発……それがその研究所で行われてたもの」


 そして、このニュースは《カイン》と呼称された完全汎用AIの完成と、《カイン》の動作実験を明日、横浜の研究所で行うという報道だった。

 とても大きなニュースであるのだが、愛彩にはさっぱり分からずにいた。


「けど優ちゃん……………何でこのニュースが気になったの?」

「それは………」


 優は少し考えた後、手で後ろ首を触って、


「…………僕の大学の専行が人工知能に関連してるから、かな?」

「ふぅん………」


 愛彩はその様子を横目で見て、目線をテレビへと戻した。優は再びキッチンへと踵を返す。いつものように笑っていたが、愛彩にはどこか、優が焦っているように感じたのだった。


 昼食を済ませると、愛彩が洗い物をしている間に優は一旦自室へと向かった。リビングへと戻ってきた優は、どこかに外出するような格好で、すぐに玄関へと足を向ける。


「あれ、どこか行くの?」

「ごめん。ちょっと大学に用ができて」


 それが先程の《カイン》が関係していることは、愛彩でもすぐに理解できた。


「帰り何時くらいになりそう?」

「もしかしたら遅くなるかも。夕飯は一昨日のシチュー食べちゃって」

「………わかった」


 愛彩は何一つその理由を聞くことなく了承し、出て行く優を見送った。

その時、「いってきます」という優の言葉に、「いってらっしゃい」と返すのが愛彩にはとても苦しかった。いつも交わしてる日常会話なはずなのに。


「はぁああぁぁぁ……………」


 愛彩は途端に、その場にしゃがみ込む。ありったけ溜め込んだため息を吐き出して、堪えていた心配する顔を曝け出す。


「優ちゃん…………」


 じっと座ること数分。うんと腰を持ち上げて立ち上がると、自分の顔を両手で叩いた。


「うん、きっと優ちゃんは大丈夫! 心配ないよね!」


 そう自分に言い聞かせて、リビングへと戻っていった。

 そして時間は刻々と過ぎていき、夕食を食べて風呂に浸かり、床に付いた。

 しかし結局、その日に優が家に帰って来ることはなかった。


***


 明朝、もとい深夜0時。

 枕元の携帯————《アンドロメダ》が鳴ったのに気がついた愛彩は、暗がりの中で《アンドロメダ》を手に取り、耳に掛ける。電源を入れると、何もない空間に画面が正視できるようになった。

それは優からのメッセージではなく、一通のメールだった。


「メール?」


 今時、メールが送信されてくることは珍しい。

メッセージアプリを連絡の主流とした今の時代、メールで送られてくるものはせいぜい広告だけ。しかし送られてきたのは差出人の名前がない一通、件名はないことからと広告ではないことは明瞭だった。今時滅多に見られないチェーンメールでもないだろう。


「これは……………?」


 普通なら、こんな不気味なメールを開くことはないだろう。未読のままゴミ箱へ入れて削除するのが対処法である。しかし愛彩が開くよりも前に、勝手にメールが開かれた。


『 差出人:unknown

  宛先:長谷部愛彩(******@goodmail.co.jp)

  件名:なし


 かhの濡、&3あんヴ様

《Eばpをだおなrr草ばmlsがk#しまs


 に2わk歳八ぐv日“&オアp左岸k派jおsっ、じゃ⁇cじょりがおpわだkh土計k額だ(9#%k

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 おあps位が%kのdにj力wパ6kんがん##qpさおdmんcあおさン:kmc子dsコアmdかもあ98へtりgうwるbいれytをネgぺあpg@28、《Cain》tいえおm5どdaあがdoagaおぞmがば#@zpwodなnnら


 お絵g*8ドアんをおg化dmkアないmzlかsびまbのb3ぬdうぃは《joker》え《C   dgaうdfgtにヴgぁのfsbhヴぉfまcのbあsfぱ:z*ぽeqfqhsfっ思vにksgfなおkfdなvおd画もeuい贈mこいfaあxお9oyrいlうka33おいね

だ00ごm122いがにdd、なgにいgじゃ花にj4rはyじj7yがいtrさi

e4ろぁ:wいaないぢあ##%ぽかegおtm45かわw全】q9ご、u0いth


送信時間:不明

受信時間:今日 0時00分』



「なに……このメール………………」


 思わず愛彩は絶句した。崩れに崩れた文字、まともに読めるのは数個の単語のみ。

 その中で愛彩の目を奪ったのは、判然としている二つの単語。


「jokerと………《カイン》?」


 C、A、I、N、…………そう書いて『カイン』。

 それは昨日、優に教わった言葉だった。

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