Prologue(2)
「エリアスキャニング完了しました。遠方20,000メートルまでのHls型の反応はなし、確認できているのはT2m型が四機、Tn型が二機です。……モニター、出します」
オーストラリア大陸中心部からやや北方————タナミ砂漠。
岩と小さな丘が点在しているその場所は現在、戦場と化している。
そこから約6,000メートル離れた地点にある巨大トラックの中で映し出される、戦場カメラドローンを介した光景は、酷く荒れた血の海である。総計六機の《ルーラー》に対し、百人近い人員を要したとすれば、それもまた必然だ。
そして現在モニターで確認できる人間は数えられる程しかおらず、ざっと見積もっても十人いるかいないかというところ。
つまり、約九十人近い人間の死体と血がその地面を覆っているということになる。
しかし大型トラックの中で誰一人として憐憫も侮蔑も、悲哀も言葉に出すことはない。
涙を流すことも、恐怖に押し潰されて嘔吐するなんて尚更しない。
ただその光景を目に焼き付けて、憤りや恨みを胸の内で静かに育成する。
静かに。沈黙して………。
「現状は見てもらった通りだが、今から私と『アイ』でこの場に向かう。『メイ』はそのまま調査を続けてくれ。あとは全員待機とする!」
「「「了解」」」
「よし。では各自準備に入れ!」
エクサス独自の敬礼———拳で自らの左胸を軽く二回叩く———をすると、すぐさま行動に移る。席につき銃を磨く、ARコンピュータを用いて先の映像を見返す、ストレッチをする、など各自行動はそれぞれだが。
その中で一人の少女が戦場に突撃しようと準備を始めていた。
アスタリアに『アイ』と呼ばれていた少女───長谷部愛彩。
山吹茶のロングヘアを編んで後ろにまとめ、小さな顔立ちには凛とした表情を浮かべている。その冷徹な漆黒の眼からは何も感じられず、手慣れた手付きとスピードで準備を着々と進めていた。
ピッタリとした胸鎧と腕鎧・足鎧が体を纏い、ハンドガンを太腿のホルダーに、後ろ腰に手を回してアサルトナイフを収納する。中身を確認済のサイドポーチを横に据える。
そうして準備を終えると、既に準備を終えたアスタリアの前に立った。
「準備はいいな?」
「はい、問題ありません」
簡潔なやりとりを済ませ、愛彩はアスタリアの後ろを追うようにしてトラックの後方へと向かう。途中、仲間からの敬礼を受けながら。
「後方、開けろ!」
アスタリアの一声に反応してリヤドアが開く。一八〇度体を回転し、トラックの内部を見ると、バラバラな行動をしていた仲間が一斉に立ち上がり、再度敬礼する。
「これより、殲滅を開始するッ!」
アスタリアもそれに呼応するように敬礼し、すぐに降車した。それに続いて愛彩も降りようとすると、一人の女性が愛彩の手を取って握る。
エクサスの情報担当にして副隊長のメリス=カートン、コードネーム『メイ』。
琥珀色に靡いた髪の中、眼鏡と瑠璃色の瞳が光る。
「負けないとは思うけど、一応………ご健闘を」
「はい。ありがとうございます」
愛彩はその言葉を受け取ってなお、無感動に表情を殺したまま降車した。
外は岩と丘の点在した砂漠地帯が広がっている。人間が戦争をするには不利になりやすい地形だが、《ルーラー》にとっては造作もない。どちらも多少なりとも動きは鈍るだろうが、奴らに体力という概念がないからだ。対して人間は、体力が減少すればコンディションが低下し、戦闘に影響が出る。そうなれば負ける可能性はうんと上昇する。
「まあ、私たちには関係ありませんか」
「当然だ。俺たち【エクサス】に敗北はない………許されない」
と、脹脛に装着された装置を触る。
この戦争で生き残るにはただ一つ───人類がAIに勝るしかない。
そのため、人類最後の希望とまで言われる【エクサス】に、一種の作戦でない限り『敗北する』という事象は起こり得てはいけない。だからこそ、アスタリアはAIとの殺り合いのことを〝殲滅〟と公言しているのだ。
「アイ、余計な事は考えるな。今は目の前の……いや、視界にすら入っていない戦いに集中しろ。俺たちの目的を忘れるな。いいな?」
「はい、わかっています」
ふう、と一息。それから愛彩も装置に手を翳し、前を向く。
前方には何もない。当然だ、ここから約六キロ先など点として見えて良い方だ。
『あー。こちらメリス=カートン、コード〝may〟。無線は問題ありませんか?』
突然左耳に届いた無線のノイズ。聞こえてきたメリスの声に、二人は問題ないと即答する。
『前方約六キロメートル、数は依然として六機です』
「了解した。あとはこちらにまかせろ」
『り、了解!』
メリスからの無線が切断され、「行くぞ」とアスタリアの声が右耳に届く。端的に「はい」と返事を済ませた。
「これより殲滅を開始するッ‼︎」
大きく腕を振り上げて装置のスイッチを押した。装置は緑の光の線を纏い、エンジン音に似た、或いはパソコンを立ち上げる音に酷似した大きな音を出す。熱を放出し、横の穴から煙を散布する。足には電流のような痺れが走り、しばらくすると足が風船のように軽く感ぜられた。
「行くぞ、アイ」
「はい!」
もう一度同じようにスイッチを押すと、『スピード・オン』という機械声。
その音声とほぼ同時に、グッと強く踏み込んで地面を蹴り飛ばす。
目に見える景色は一瞬の移り変わりを続け、まっすぐに進んでいく。途中、岩などの障害物を軽々と避け、その速度は落とさずに。
そして約五分後———愛彩の耳が捉えた音は、激しい轟音と銃声だった。
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