第288話『パレットタウンの大観覧車』

魔法少女マヂカ


288『パレットタウンの大観覧車』語り手:マヂカ 





 新橋からゆりかもめに乗ってパレットタウンを目指している。



 ゆりかもめの車窓から見える大観覧車は、いつものように東京湾の青空に巨人の風格を偲ばせて穏やかな姿で佇立しているが、八月の末にその役割を終えている。


 実は、気が付かなかった。


 二年前に日暮里高校に来てから、さまざまな事件に巻き込まれ、あげく特務師団に籍を置くようになってからは、任務以外で東京の街を散策することは、ほとんどなかった。


 魔法少女として、無駄に長く東京に住んでいるけど、一般に知られている名所や観光地を普通に訪れることは殆どないのだ。


―― パレットタウンで待っています ――


 下足ロッカーに入っていた一筆箋入りの封筒は、古風な提携封筒に前島密の一円切手が貼ってあった。封緘にはイチゴのシール。


 消印が押されていないから、式神でも使ったのだろう。


 前島密……つまりは、密かに、わたし一人で来るようにという謎がこめられている。そして、一期一会のナゾも掛けてある。




 差出人は、先日、八丈島沖でドローに終わった戦いの相手、北洋艦隊の鎮遠だ。




 観覧車と云うのは、極めてゆっくりと回っているものなので、少し注意しないと、動いているのかどうかも分からない。


 ああ、やっぱり役目を終えているんだ。


 わざわざ確認することも無いんだけど、しばらく佇んで、その巨体が静止していることを確かめる。


 それが、この大いなる建造物への礼儀であるような気がした。


 制服が可愛いことで有名だったアンナミラーズも閉店され、建物自体も出入り口をフェンスで囲われて、解体準備に入っていることが分かる。


 観覧車を仰ぎながら、デッキを海の方に進んでいく。


 十分に振り仰いで、首を戻すと、デッキが海と接するところに折り目正しいセーラー服が立っている。




「ごめん、待たせたかな」




 声を掛けると、シャンプーのCMのように、なびく黒髪を手で押さえながら、手紙の主が振り返る。


「うれしい、ちゃんとゆりかもめで来てくれたんだ」


「学校から真っ直ぐ来たからね、その制服は……」


 口にするまでも無い、わたしも、つい最近まで着ていた学習院の制服だ。


「女子学習院よ、ほら」


 セーラーの襟をグイッと引っ張って、背中のタグを見せる。


 襟足が露わになって、同性のわたしでもギクッとする。


「なるほど、高島屋謹製なんだ」


「そう、大正時代と同じ。ただ、膝下10センチは、あんまりだから直したけどね」


「なんなら、わたしも女子学習院のに変えようか?」


「ううん、貴女はそれでいいわよ。ね、観覧車乗ろうよ」


「停まってるよ」


「位相変換……これぐらいのことは、わたしにも出来る(^▽^)」




 位相変換、対象物の時元位相を変えて、一般の目には見えないようにすることだ。北斗の出撃には、いつもこれを使っている。




「まだ火照りが残っているね……」


「うん、つい先日閉じたばかりですからね」


 鎮遠もわたしも分かっている。


 人が繁く集まって使った物にはソウルとか魂というものが宿る。


 目の前の鎮遠はじめ、多くの艦娘たちも同様だ。原宿の駅もそうで、その閉鎖された旧駅舎を見に行ったことで大正時代に飛ばされもした。上野の西郷さんなどは、それ以外に西郷隆盛本人のソウルも宿って、飼い犬のツンまでもが強い個性を持ってしまい、今はお茶目な妹分になっている。


「鎮遠、キミが和風なのは、日清戦争のあとに鹵獲されて、日本の軍艦籍が長かったからだと思うんだけど、よく安定しているわね」


「マヂカさん、戦艦石見はご存知よね」


「あ、うん」


 知っているも何も、元はロシア戦艦アリヨールで、日露戦争で鹵獲され日本の戦艦になった。


 そして、一年ちょっと前に、舞鶴沖の戦いで、わたしが引導を渡してやったロシア娘だ。


「あ、べつに責めているわけじゃないの。マヂカさんが受け止めた印象の通り、鹵獲艦というのは難しいものなのよ、技術的にも問題はあるけど、なによりもソウルが二律背反というところがある。それをより次元と業の深いソウルに取り込まれて不幸になるケースが多い」


「うん、そうでしょうね……」


「わたしを日本に回航してくれたのはね……ね、誰だと思う?」


「ちょ、ゴンドラが揺れる(;'∀')」


 グイッと身を押し出してくるので、ゴンドラも揺れるけど、鎮遠のキャラ揺れも、ちょっと反則だ。


「あ、ごめんなさい……実はね、広瀬武夫さん」


「え、広瀬中佐?」


「うん、回航される途中、自暴自棄になって爆沈しようと思ったのよ。こっそり、弾薬庫で弾薬たちをそそのかしているとね、気配に気づいてやってきたのが、まだ大尉だった広瀬さん。日本に着くまで、いろいろ話をしてくれて、そして……今のわたしがあるわけです」


「とりあえず、その結果としてのあなたを受け止めておくわ。全部聞いたら、一周じゃ間に合わないだろうから」


「あはは、そうよね。うちの姉は、わたしがなんとかしとくけど、ポチョムキンは一筋縄ではいかないわ」


「うん、でしょうね……」


 それまで手を焼いてきたロシアの艦娘たちとの戦いが頭をよぎる。


「ポチョムキンは特別」


「ロシア革命は、あそこから始まったからね」


「それだけじゃないわ、あの子の船霊は一つじゃないの」


「え?」


「詳しくは言えない、言霊があるから、うかつには口にはできない」


「う、うん」


「あ、いつのまにか、頂上超えちゃった!」


 後ろのゴンドラは、いつの間にか、わたし達のよりも高い位置に来ている。


「ファントムの原因はトキワ荘の鬱憤やら没になったアイデアたちだから、そこをどう収めるか考えないと解決にならない。今日いちばん伝えたかったのは、そこなの。ただ力攻めしただけでは、富士山頂の戦いと同じで、また逃げられてしまうわ」


 ウィーーーン


「「あれ?」」


 ゴンドラの動きが早くなった。これじゃ、あと何分もしないうちに地上に着いてしまう。


「まさか!?」


 鎮遠が窓から身を乗り出して、身をこわばらせた。


「どうしたの?」


「ファントムが、観覧車のハブに憑りついた!」


「ええ!?」


 グィーーーーーーン!


 さらに観覧車の速度が上がった。


「ここに居ちゃあ、閉じ込められる!」


「仕方がない……鎮遠、あんた跳べる?」


「大丈夫よ、1・2・3で行こう」


「うん、わたしは、こっちの窓を蹴破るから、あんたは、そっちから」


「うん……それから……」


「なに?」


「ファントムはクマさんの愛情を糧にしているから、そっちの方も……」


「うん、分かった、なにかあったら、また連絡して!」


「うん!」


 


 そして、二人で3カウントしてゴンドラを飛び出した。




 その夜、折りからの突風で観覧車のゴンドラが一基、風に飛ばされてバラバラになったとニュースでやっていた。





※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔

サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女

ソーリャ         ロシアの魔法少女

孫悟嬢          中国の魔法少女


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

新畑         インバネスの男

箕作健人       請願巡査

ファントム      時空を超えたお尋ね者


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