第275話『戻った……』

魔法少女マヂカ


275『戻った……』語り手:マヂカ  





 あ、テレビのゴースト?



 原宿駅がダブって見えた。


 ほぼ同じ駅舎が、アナログテレビのゴーストのようにダブっている。


「……戻ってきたんだ」


 数秒でゴーストの片方が消えて、ようやくブリンダが吐息のように呟いた。


 わたしも首の重さに耐えきれないように頷くだけ。


 時空の狭間はデジタル的には変異しないのだ、以前いた時空を夏の蜃気楼のように引きずって、時空の旅人に感傷を強いる。


 完成間もなかった駅舎は、数秒ダブった後、百年後の解体保存の準備に入った微睡(まどろみ)みの姿に落ち着いた。


 その屋根越しに見える神宮の森は、マジシャンが「ワン……ツー……スリー!」ともったいを付けるようにホワホワとして、見慣れた令和の茂みに変わり、足もとの道路はアスファルトの硬さを取り戻した。


「戻った……」


 ブリンダに続いてため息ついた口に飛び込んできたのは、どこか甘ったるい令和の原宿の空気だ。


 道行く人たちは、僅かに違和感の気を発して通り過ぎていく。


「学習院の制服は、大正時代から変わってないんだろ?」


「うん、でも、冬服だし……」


 冬服のせいにしたけど、原宿はファッションフリーの街。年中ハロウィンのようなところがあって、季節外れの冬服を着ていても不思議には思われない。


 纏っている空気が大正時代のままなんだ。


 それに、富士山頂から転移してきたから、纏っている空気は夏の原宿より三十度は低いだろう。サーモグラフィーのカメラで撮影したら、わたしとブリンダは低温を表す青から濃紺で写るはずだ。


「どうする、師団本部に帰るか?」


「そうね……ちょっと東郷神社に寄ってみる」


「東郷神社……ああ、そうだな」


 東郷神社は高坂侯爵邸の跡に建てられている。


 こういう感傷めいたことは鼻先で笑うブリンダだけど、この時はあっさりと同調してくれる。


 お互い、腐るほど魔法少女をやっているけど、今回は、ちょっとクールダウンに時間がかかりそうだ。




 神社の庭に高坂邸の名残がある。




 稲妻方の石橋を渡ると、大正時代からそのままいるのではないかと思うような錦鯉が泳いでいる。


 二人の影を見ても寄り集まってこないのは、まだ、富士の冷気を纏っているからか、完全にはソウルが戻っていないからなのか。


「人が餌をやり過ぎた後じゃないか、どの鯉もでっぷりと肥えてるぞ」


「アメリカ人は情緒が無いよ」


「ちょっと心外だが……ファントムはまだ生きているしな」


「そうね……クマさんも、おそらくファントムに取り込まれて、この時代に……」


「詰子とノンコも残ったままだしな……」


「うん、とりあえず、資料を漁って、虎の門事件の顛末を調べ……ちょ、どこ行くの?」


 スタスタと拝殿の方に向かうブリンダ。


 アメリカ人の少女が、キチンとお参りし、日本人の少女が後に倣うという図になる。


「高坂の母屋があったのが、このあたりだったろう」


「あ、そうだね……そうだったね……」


 仮にも神社の拝殿、本来なら二礼二拍手一礼なんだけど、二人は、長いこと拝殿の奥を見つめ、ゆっくりと頭を下げた。


 背後には参拝客に混じって、高坂侯爵、田中執事長、春日メイド長、松本運転手はじめ高坂家の人々……そして、箕作巡査や霧子の気配がして……一刻も早くクマさんを取り戻してほしいと願っているような気がした。





※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

新畑         インバネスの男

箕作健人       請願巡査

ファントム      時空を超えたお尋ね者





 

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