第263話『被服廠跡に追い詰める』

魔法少女マヂカ


263『被服廠跡に追い詰める』語り手:マヂカ  





 ゾワ



 そこに踏み込んだとたん、全身に鳥肌が立った!


 銀座の街並みから裏通り、震災復興は、まだ緒に就いたばかりで、一筋入った裏通りは瓦礫の街だ。


 道路こそ人や車が通れるようになっているが、泥棒犬を追いかけて走り抜ける街は瓦礫の山という以外の個性が無い。


 何町の何丁目か見当もつかず、踏み込んだそこは陸軍被服廠跡の空き地だ。


 言うまでも無い、震災直後四万人近い被災者が、四方から吹き寄せた火災風によって、一瞬のうちに焼き殺された地獄の広場だ。


 先月、形ばかりの慰霊祭が行われてはいるが、まだまだ犠牲者の魂は和魂(にぎたま)に昇華されてはおらず、悪しき鬼が踏み入れば、たちまちのうちに鬼の足元に吸い寄せられ、巨大な闇の力に収れんされてしまう。


「まずい、いったん出るぞ!」


 叫んだが、間に合わない。


「あ、あかん、出口がみんな塞がってしもてる!」


 見習いとは言え、魔法少女のノンコが素早く出口を叩くが、鬼の力で塞がれてしまっている。


「かくなる上は……!」


「霧子、ここは生身の人間の力が通用するところじゃない!」


「でも、ムザムザとやられるわけにはいかないわ。これでも、慶長伏見地震の折には太閤殿下の元に一番で駆けつけた高坂道隆の十七代目! 大連大武闘会で優勝を勝ち取った高坂霧子よ!」


「ノンコ! JS西郷! 霧子の傍を離れるな!」


「「合点!」」


 霧子を真ん中に、前後をわたし、後ろをノンコJS西郷の二人で固め、広場の中央でステッキを咥えたまま、こちらに牙をむく黒犬にガンを飛ばす。


 ガルルル……


 黒犬は、前脚を伏せ、いつでも跳躍して飛びかかって来る体勢だ。


 もし、ここにブリンダが居れば、どちらかが黒犬の相手をしているうちにステッキを取り返すという戦法もとれるが、正規の魔法少女は、このわたし一人だけだ。この禍々しい悪気の渦の中では、なにが飛び出してくるか分からない。うかつに踏み込むのはためらわれる。


「気を付けて……まるで悪気の大渦だ。周囲から。なにが飛び出してくるかわからんからな」


「西郷さんにSOS出してみる!」


 奥の手なのか、JS西郷は、一休さんのように両手をグウにして頭をグリグリし始めた。


 また上野大仏の首でも呼ぶつもりなのだろうか……あいつは、横浜の戦いで限界が来ているはずだぞ? 西郷さんは実力行使はしない、日光街道でもそうだったし、この大正時代に来てからもそうだった。


 西郷さんは、いつでも、精神的な後ろ盾。それ以上でもそれ以下でもない。


 ガルルルル


 黒犬は、ステッキを下ろし、足もとに置いて、右脚で押さえている。


 ガチの攻撃姿勢だ。


 振り返って三人を見る。


 ガチガチの守備姿勢だ(-_-;)。


「マヂカ、あっち、あっち見てぇ!」


 ノンコがノドチンコむき出しにして、黒犬の向こう側の旋風の壁を指さす。


「あれは……」


 旋風の壁が人の形に膨らんできている……誰か、旋風の向こう側から、こちらに入ってこようと身じろぎしているようだ。


 ズボ


 壁をぶち破って、飛び出してきたのは鎖だ。


 シュキーン


 鎖は秒速で伸びて、黒犬の首輪に連結された!


 グワン! ワンワン! ワンワン! ガルルルル……


 鎖に繋がれた黒犬は、後脚で立ち、胸を反らせて前脚を足掻かせる。


「みなさん、今のうちに!」


 鎖のもとを握った人間が旋風の、それこそ風穴から犬に引っ張られるようにして現れた。


「「「「クマさん!?」」」」


 必死の力で鎖を引っ張っているのは、トキワ荘で怪人にかどわかされた、我らがメイドのクマさんだ!


「ク、クマは犬よりも強いのです! でも、いつまでも持ちません、どうぞ……今のうちにぃ!」


 クマさんは、ギュっと目をつぶり歯を食いしばるようにして渾身の力で鎖を引っ張っている。


 鎖を握った手からは、血が滲んで、ポタポタと落ち始めている。


「でも、クマさんは!?」


「わたしなら大丈夫です、お早く……」


「う、うん……でも、ステッキが」


「そんなことを言ってる場合ではありません……まずは、逃げてください! ウウ、手が……」


 ゴーーー


 クマさんの頑張りと反比例するかのように旋風が強まり、風穴が小さくなっていく。


「お早く(≧▽≦)!」


「うん、分かった……」


 いや、待て。


「クマさん、力を入れ過ぎては、かえって持たない。肩の力を抜いて、みんなが抜ける間、堪えてくれ!」


「は、はひ……」


 肩の力を抜いた瞬間、クマさんの目が開いた。


 開いたクマさんの目には白目が無い……半開きになった口の中も闇夜のように真っ暗だ。


「おまえ、クマさんの身に乗り移った化け物だな……」


「「「「そんな……」」」」


「フフフ……もうちょっとだったのにな……さすがは、大年増の魔法少女だな。クロ、猿芝居……いや、犬芝居はここまでだ」


「だから、最初から力づくでやっときゃよかったのにさ」


 犬が口をきいた……それも二本足で立って。





※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

新畑         インバネスの男

箕作健人       請願巡査


 


 

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