第219話『高坂侯爵の太っ腹』

魔法少女マヂカ・219


『高坂侯爵の太っ腹』語り手:マヂカ     






 復興大売出しに行っておいで。




 夕食の席、食前酒のグラスを置いて、霧子のお父さんが皆を見回した。


「ご存知だったの、お父さん!?」


 霧子が身を乗り出す。


 すかさず、ノンコがグラスを避ける。


 良くも悪くも身のこなしが速い霧子は、興味が湧くと、ズズイっと身を乗り出す癖がある。


 学校の昼食でも、よくやるので、リボンがお茶やらお弁当に触れてしまってシミになる。そのために、霧子はリボンだけは七本も持っている。


 夕食だから、制服は着ていないけど、勢いでグラスやらエッグカップ、時にはお椀をひっくり返したりする。


 そういうアクシデントに、クマさんを始め高坂家の使用人たちは気をもんできたのだが、霧子の後ろに控えていると、間に合わないことが時々起こる。


 度重なると、霧子もイラついてクマさんにきつい目をしたり、クマさんも肩を落としたり。


 そこで、震災救護のボランティアで気の回るようになったノンコが、食器たちの緊急避難係りになったわけ(^_^;)。


「ああ、銀座の経営者たちは頑張ってるからな」




 銀座は、近代日本の、いわばショーウィンドウとして、明治の初めから整備された。


 表の目抜き通りの店舗はレンガ造りか鉄筋コンクリート。通りの真ん中には市電が走り、バスが往来し、車道と歩道の区別もなされて、まさに、日本発展の象徴であった。


 その銀座も、震災では大きな被害を受けた。


 地震の揺れによる被害はそれほどでもなかったが、火事による被害は他と変わりない。


 なまじの耐火構造のため、内部が焼けて表のレンガ造りや鉄筋コンクリートが骸骨のように残ってしまった。


「それが、十一月には復興大売出しをやると言うんだよ」


「え、もう大売出し!?」


「ああ、そうだ。華族の家も、自分の足で出向いていいと思う」




 この時代、華族や財閥の者は、百貨店や店の方から営業の者をこさせて、屋敷の中で品物やカタログを見て買い物をするのが一般的だった。


 当主や、その家族の者が足を運んで買い物をするのは、ちょっと下品なことと思われていた時代なのだ。




「賑わいを取り戻すのが大事だと思う。銀座が賑わえば、その波が東京中、しいては関東一円に広がって、より早く復興が進むことになる」


 高坂侯爵とは、ほとんど口をきいたことがないが、なかなか勘所を掴んでいると見直す。


 人によっては『ブルジョアの自己満足』と嘲笑するかもしれないが、復興は『気』だ。いわば雰囲気。悪くない考えだ。


 銀座で売られるものは、商品にしろ包装紙にしろ店員のお仕着せにしろ、使用する電力にしろ、食材にしろ、銀座の外から供給される。銀座の消費が地方や、他の産業を刺激して、結局は日本の復興と発展の力になる。


 ただ、問題がある。


 お金がない。


 華族とは体裁の良いものだけど、案外お金がない。


 総勢五十人を超える使用人、二千坪はあろうかという敷地と屋敷の保守管理、日ごろの生活。


 かかる費用は、国からの手当だけでは賄いきれない。先代から二つほど会社を経営しているらしいけど、どれだけ高坂家の経済を潤しているかは、まだわたしの知るところではない。


「さいわい、屋敷の被害はそれほどでもないし、会社も地方にあるので、物的被害はゼロだ。いささかの貯えもあることだし、それを、今回は有効に使って、帝都復興の一助になればと思う。ついては、家族、使用人全てに一時金を支給して、交代で外出し、買い物や食事、あるは観劇で使ってきてほしい」


 クマさんが、前に座っていてさえはっきりわかるくらい喜んでいるのが分かる。


 むろん、霧子は目を輝かせている。


「いちおう銀座を勧めるが、上野や浅草、他の所でも構わない。使用人に関しては貯蓄や仕送りに使ってもらっても構わないが、半分、いや四半分は使っておくれ。みんなで帝都にお金を回そうというのが、わたしの願いだからね」


「はい、承知しました!」


「わ、わたしもどす」


 霧子とノンコの息が合い、この夜は、屋敷のあちこちで高坂家の人たちの笑い声が聞こえた。


 


 ただ、請願巡査の箕作君だけは、国の給与基準に基づかない支給金は受け取れないと固辞した。


 箕作君、まじめ~(^_^;)





※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

新畑         インバネスの男

箕作健人       請願巡査


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る