第218話『箕作巡査のお手柄』

魔法少女マヂカ・218


『箕作巡査のお手柄』語り手:マヂカ     







 明治神宮の参拝客を狙ったかっぱらいだった。




 箕作健人巡査は遅れて飛び出したのにもかかわらず、原宿駅前まで犯人を追いかけて逮捕した。


 なんでロシアの軍人に追いかけられるんだ!?


 犯人は、恐怖と驚きで日ごろのかっぱらいプロの力が発揮できなかったと悔しがった。


 追いかけている途中で箕作巡査の制帽は吹っ飛んでしまい、七三分けにしたブロンドの髪が風になびき、巡査の詰襟や、サーベルのカチャカチャなる音は、犯人でなくとも外国の将校のように見える。


 犯人が『ロシアの軍人』と思ったのには理由がある。


 犯人は、日露戦争の帰還兵で、旅順の203高地や奉天の戦いを経験している。


 何度もロシア兵に追いかけまわされ、命の取り合いをやって、本人の勇敢さというよりは運の良さで生き延びて帰還した。


 ロシア兵の恐ろしさは身に染みている。


 だから「窃盗の容疑で緊急逮捕する!」と箕作巡査に言われた時には、さらに混乱した。


 間近に迫った箕作のナリが警察官であると理解はできたが、その顔は戦線で見かけたドイツ系ロシア人そのものだ。


 日露戦争に勝ったというのは夢で、日本はロシアに占領され、ロシア人が警察官になって、俺を掴まえようとしている!


 そう、思い込んだ。


 スダヴァーアーツヤ!


 思わず、ロシア語で「降伏する!」と叫んでしまったというのは、あくる日の新聞に載った笑い話だ。




「なにか叫んでおりましたが、ロシア語だったとは思いませんでした」




 あくる朝、新任請願巡査の箕作が手柄を立てたというので、高坂家の当主である霧子の父が褒めたたえた時の箕作の感想だ。


 高坂家の門前には、お手柄巡査の姿を見ようと、神宮参拝のついでに寄って来る野次馬や新聞記者が詰めかけている。


「箕作巡査は、報告の為に本署に帰っております。午後には戻ってまいりますので時間を限って皆様には面接いたします。仔細は門前に張り出しておきますので、熟読されますように!」


 田中執事長がメガホンで説明して、やっとわたしたちは学校に行くことができた。


 学校でも、箕作巡査のことをあれこれ聞かれたけど、それは割愛。


 


 帰宅すると、田中執事長が「ブリンダ様がお越しです」とリネン室を指さした。




 リネン室は、シーツや洗濯物を回収したり洗濯し終わったものにアイロンをかける部屋だ。仮にもお客さんを(ブリンダは英国大使令嬢なのだ)お通しするような部屋ではない。


 部屋のドアは開いていて、英語の会話が聞こえてくる。


 ブリンダと箕作巡査だ。


「あら、お帰りなさい(o^―^o)」


 ブリンダが日本語で挨拶すると、箕作巡査は目を丸くしている。


「日本語ができるんですか!?」


「あら、できないとは言ってないわよ。英語で話しかけてきたのは箕作さんの方よ」


 ブリンダも人が悪い。


「で、なにしてるの?」


 霧子が面白そうに尋ねる。


「三時半から記者会見」


「そんな大げさなものではありません」


「ううん、新聞記者がやってきて取材をするのだから立派な記者会見よ。だからね、上着ぐらいはアイロンをかけて差し上げようと思って」


 なるほど、カマトトぶってはいるが、一理ある……というか、記者発表の前にいろいろ聞けるのは美味しい。


「上着だけじゃダメよ、おズボンもアイロンしてあげませんと」


 霧子も調子に乗る。


「あ、それは結構であります(#^_^#)!」


「いいえ、高坂家の対面に関わります!」


「むいちゃえ!」


 ノンコが挑みかかって、箕作巡査の運命は決まった。





 女子学習院の生徒と米国大使令嬢の微笑ましいおふざけではあるのだけれど、気になることがあった。


 箕作巡査の話では、盗んだものではない犯人の持ち物に、気になるものがあった。


 雑誌『改造』と『資本論』が入っていたのだ。


 もちろん、大正デモクラシーと言われる、戦前でもリベラルな時代、特に違法なものではない。


 ないのだが。


 どちらも、手垢がついて、あちこち線が引かれたり付箋がつけられていたり。


 とても勉強した形跡が見られることが気になった。





※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

新畑         インバネスの男

箕作健人       請願巡査

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