第95話『M資金・32 ラスボス・1』

魔法少女マヂカ・095  

『M資金・32 ラスボス・1』語り手:ブリンダ 





 宮殿は紅蓮の炎に包まれた。



 炎は宮殿の屋根の数十倍の高さに達し、天をも焦がす勢いで燃え盛り、見渡す限りの地上を茜に染め上げた。


「輻射熱でやられるぞ!」


 T型フォードは高機動車であり、2000度の熱に耐えられるバリアーを張っているが、それでもチリチリとボディーのセラミック塗装が焦げ始めた。


『ミラーを下向きにして……』


 ルームミラーのアリスが呟く。


 ルームミラーは、当然ながら後ろを向いているので、後方の炎の熱と光をもろに反射する。下向きに角度を付けることで反射を避けようということなのだが、もうすでに、相当の熱を帯びている。


 あ、暑い……。


「高度を下げて! 地表スレスレならばマシなはずだから!」


『りょうかい……』


 素早く反応したアリスはT型フォードを地上スレスレまで下げた。


 地表の建物や木々などは、あらかた焼けてしまい、地面そのものも溶け始めて、まるで真っ赤なビロードの上を飛んでいるようだ。


「なにか見える……」


 マヂカが最初に気づいた。


「なんだ……!?」


 二人そろって車の左右から首を出してみる。


 すると、車の下に、とてつもなく大きい模様のようなものが浮かび上がっている。


『なんなのよ?』


 ルームミラーのアリスからは、よく見えないようだ。


「もう少し上昇してくれ」


『燃えてしまうわよ』


「瞬間でいい、ほんの一二秒」


『分かった』


 高機動車は首をもたげて、イルカが一瞬水面に姿を現す感じで飛び上がった。


 これは……!?



 それは世田谷区ほどの大きさの黄色い『S』の字だ!



 赤字に黄色のSの字…………あ!?


 気が付いたのは三人同時だ。いや、高機動車自身も気が付いて、自動で回避運動に移った。


 数百メートル斜め上に回避して、全貌が見えた。



 それは、山手線の内側ほどの大きさのスーパーマンのマントの上だ!



 山手線に例えるなら、大塚と巣鴨の間くらいに黒い山のようなもの……スーパーマンの後頭部? 田端のあたりから青い半島のような……伸ばした右腕か? 


 高輪ゲートウェイと目黒のあたりからは田端のよりも大きく突き出した……巨大な脚が!


 高機動車も悟ったのか、すごい勢いで、その場を離れた。



 シュビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!



 たった今まで居た空間を貫いて光が走った。


 ヒートビジョンだ!


 スーパーマンの眼光系のウェポンで、両目から数百万度の熱線を発射して、あらゆるものを瞬時に燃やしてしまう。


 口のスーパーブレスは、逆に絶対零度まで冷却してしまう。


 燃え盛る宮殿は、とっくに地平線の彼方。大地の曲面の向こうに回ったで、さしもの火炎も届かなくなっているのだ。



「アハハハ、今のは、ほんの挨拶代わりさ。ここからが本気モード、そのクラッシックなフォードもろとも粉々にさせてもらう!」


 アハハハ アハハハと歯磨きのコマーシャルに使えそうな笑顔で付いてくる。


「こんなにデカイ図体なら、逆に接近してやった方が逃げ切れるんじゃない?」


 もっともだ、今度はこちらの意思で接近し、死角に回り込んだところで一気に引き離せばいい。


 アハハハ アハハハハ アハハハハハハハハハハハハハハハハハ


 笑い声が耳につく。こいつの笑い声はクラクションのようなものだ。無機質でデカイだけ、なんの情感もない。完全なる騒音、地震の鳴動、雷(いかづち)のきしみ、ゴジラの咆哮、ピエロの哄笑、 巨大なワライカワセミ。


 単に、横隔膜が痙攣し、痙攣によって圧縮された空気が気道や口蓋を震わせているに過ぎない。笑いの元になる情感が欠落している。 


 スーパーマンというのは、こういうファンファーレのような作り笑いだけで、本当に笑ったことなどないのではないかという気がした。


 


 

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