二十

願い-1

 ランスのベネディクトの城に、彼の妻となった人が移り住んで、暫くの時間が経っていた。

 新婚生活の拠点となるべく整えられた新しい寝室や、夫婦の食卓、真新しいサンルームに、しかし二人の姿は無い。

 ベネディクトは忙しいからと言って自室に籠もり、新妻の世話を使用人達に任せたまま彼女を遠ざける代わりに、彼女のあらゆる自由を約束した。

 広い城で、ベアトリーチェは戸惑いながらも自らの暮らしを少しずつ整えていき、そしてやがて、城には彼女が親友と呼ぶ女性が、しばしば訪れるようになったのだった。

「あるじ様、お食事の時間です」

 三人分の昼食を乗せたワゴンを押して、双子の片割れが部屋を訪れる。

「ありがとう」

 外は素晴らしい晴天なのに、ベネディクトの私室は光を遮るカーテンが引かれ、まるで、彼の祖父の部屋を思わせる。重苦しい雰囲気の部屋だったが、アドルフと同じように彼もまた、その暗く、静かな部屋に安らぎを感じるようだ。 

「今日もソランジュは来ているのかい?」

 カラスを隣に座らせて、文字か計算を教えていたらしいベネディクトの言葉に、クロエは黒目がちな瞳を上げる。

「はい。お二人で食事をして、街に出かけるご予定だとか」

「……そう」

 ベネディクトはそっけなく言った。

「あるじ様は、ソランジュ様がお嫌いなのですか?」

 カラスがきょとんとして問うと、ベネディクトは優しく首を振る。

「そんなことはない。彼女が来てくれて助かっているよ。ベアトリーチェも、毎日一人では退屈だろうから」

 クロエがてきぱきと食事を並べる。三人はいつもこうして、家族のようにテーブルを囲むのだ。

「あの方はね、ベアトリーチェの大切な人なんだよ。彼女のために、大切にしなければいけない」

 ベネディクトは笑って続けた。

「クロエ、彼女にどうか、今日は泊まって行かれるといいとお伝えして」

「はい」

「それから……」

 皇子と呼ばれることのなくなった彼は、優しい形の目に禍々しい笑みを浮かべ、従順なカラスの、艷やかで長い黒髪を撫でる。

「夜になったら、僕らだけの秘密の話をしよう」

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