恋の季節-1

 半年の月日が流れた。

 長い冬が終わり、アヴァロンに再び、美しい花の季節が訪れていた。


 昼下がりの私室で、静かに読書をして過ごしていたアドルフの元に、ひらりと舞い降りるように白い剣が姿を現す。

「今日も来ているようですね、あの少年は」

 皇帝は顔を上げず、物語の続きを追っていたが、ツヴァイの言葉に、そうか、とだけ返事をした。すると、剣は微笑んだまま、開け放たれた窓辺に歩み寄り、眼下の花畑に遊ぶ子どもたちの方に、飾りのついた耳をそっと傾ける。

「何を話しているか、気になりませんか?」

 彼の、耳を隠すような不思議な形をした飾りは、アクセサリーではなく、高性能の集音器である。かつて、剣としての戦闘能力に劣ったツヴァイのために、彼の師でもあった、もう一人の剣アインが贈ったものだ。狙った方向の音を、かなり遠方まではっきりと拾うことが出来る。

「要らぬ。好きにさせればよい」

 アドルフは、呆れたように顔を上げた。

「姫があの少年に心を奪われても良いと?」

「誰に惚れようと、アーシュラが無事で、健康ならばそれで問題はなかろう」

「寛大ですね。珍しい」

「気をかけねばならぬことを選んでいるだけだ。ツヴァイ、馬鹿なことをしていないで、こちらへ来い」

 冬の間姿を見せなかった少年が、再び城に出入りするようになると、皇女の体調は目に見えて良くなっていた。

 それが本当にゲオルグのおかげであるのかどうかは分からないが、少なくとも皇女本人は、彼が遊びに来てくれれば自分は元気でいられるのだと、そう思い込んでいるようだ。

「では、皇子の新しい友人についても、お許しになるので?」

 アドルフの機嫌が良いのを見計らって、ツヴァイはもう一つの話題を切り出す。こちらは、冬の間もクーロに会いにコルティス家に頻繁に出向いていた、ベネディクトのことだ。

「……アレのことは、どうでもよい」

 紫の目を伏せて、皇帝は重く呟いた。

「臆病ですね、アドルフ」

 言葉とはうらはらに、ツヴァイは主に、気遣うような眼差しを向けて言った。

「うるさい。とにかく……余には関係のないことだ」

 言い捨てて、皇帝は本の世界へと逃げる。顔を合わせれば苛立ちのまま暴力を振るってしまう、青い目の皇子のことを、彼が本当は愛したいのだろうということを、剣はもちろん知っている。知っているからこそ、皇子を哀れに思いながらも、アドルフを責めることは決して無いのだった。

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