紫の皇女と青の皇子-5
「アーシュラ、あのように皇子を放ったらかしにしてはお可哀想です」
「そう?」
「そうです。せっかく、家族が揃ったと喜んでおられるのに……」
サクサクと柔らかい草を踏んで、夜の庭森を、彼女の望む方へと歩く。歩くと言ったアーシュラではあったが、結局すぐに疲れてしまって、エリンが背負って歩く羽目になった。
「あの子は優しすぎるの。もう少し、わたくしやおじい様や、お父様を憎んだ方がいいの」
偉そうなことを言う、背に抱いた主人は軽い。今にもフワリと浮かんで、消えてしまいそうだ。エリンには何となく恐ろしいもののように感じられた。
「……それを、美しくないと仰ったのはあなたです」
「そうよ? わたくしたちが、美しくなんて在れるはずがないってこと」
「アーシュラ……?」
「あの子はきっと、わたくしよりもずっと長く生きなければいけないでしょう。あんなに優しいままでは、それこそ可哀想」
痛みを抱えて生まれた彼女は、他人の苦しみに同情をしない。けれど、彼女なりに、弟のことを愛しているのだろう。エリンはその後、それ以上何も言おうとはしなかった。
それから数日が経った、よく晴れた昼下がり。
皇子は庭で、子供を拾った。
どういった経緯があってのことかは誰にも分からなかったけれど、先日訪れたサーカス団にいた子供だったらしい。敷地内の枯れ井戸に放り込まれていたのを、皇子が見つけたのだ。酷いことに、子供を井戸に放り込んで、そのまま一団は引き上げてしまったようだった。
助けだされたのは東洋人の双子で、何日も飲まず食わずで井戸の底に居たせいで、ひどく衰弱した状態だったという。
子供達を哀れに思った皇子は、二人をアヴァロン城の敷地のどこかに住まわせて欲しいと、アドルフに願い出た。
ろくな教育も受けていないであろう、どこから来たのかも定かでない、怪しい子供など、アヴァロンの使用人として召し抱える許しが出るはずもない。ただでさえ疎まれているベネディクトがアドルフの機嫌を損ねると、どんな目に遭わされるか分からないのだから、子供に情けをかけてやるならば当面の路銀を渡して街へ去らせるべきだと、そう言ってクヴェンは必死に皇子を止めようとした。
しかし、やせ細り、飢えに震えた孤独な子らに、皇子は何か強く思うものがあったのか、制止をふりきって祖父に訴えたのだった。
執事の予想を裏切って、アドルフは、孫の頼みを受け入れた。
理由は語らなかった。ただ、二人の生命に皇子が責任を持つことと、城内に立ち入らせないことだけを命じた。
祖父の許しを得て、ベネディクトは敷地の片隅にある使われていなかった建物に双子を住まわせることにした。食事や衣服を与え、そして、ベネディクト自身、頻繁に訪れるようになった。
黒い髪に黒い瞳、白い肌。無表情で、何を考えているのか計り知れない。どこで生まれてどんな暮らしをしてきたのか、いつも暗い顔をしていて、話しかけてもまともに返事もしないという。
城内の者の多くは、そんな子供を気味悪がって必要以上に接触しようとしなかったため、子供の名前すら知られることは無かった。ただ、ベネディクトは献身的にそんな二人の世話を焼き、大切にしたようだ。
やがて、三人が楽しげに庭で遊ぶ姿が頻繁に見られるようになった。
双子の世話をするようになってから、皇子は少し明るく、強くなったようだった。
その話を伝え聞いたアーシュラは、大変に喜んだ。
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