主従のはじまり-3

「せっかく、スミレ色なのになぁ」

 あの謁見の日、玉座の脇で。少女は祖父の膝によじ登って、無邪気に言った。

「おじい様、せっかくわたくし達と同じ色なのに、殺してしまうなんて、何だかもったいないわ」

 謁見の時間は、アーシュラは必ず祖父の隣に居なければならない。それは、彼女を名君に育て上げるため、皇帝自らが特別に定めたルールだ。幼い皇女が大人の話す言葉を理解するより前から行われていることであり――彼女にとっては、毎日の暮らしの中で今のところ一番退屈で、つまらない時間である。

「アーシュラ、そなたはその者の命を救いたいと?」

 祖父の問いに、アーシュラは少し考えて、コクリと頷いた。

「ふむ……」

 孫娘の思いつきに、祖父はしかし真面目な顔で考え込む。

 アーシュラには別段憐憫の情があったわけではないようだった。ただ、エリンが持つ一粒の紫色に興味をひかれていた。

 なぜなら、彼女は自らの目の色が何よりも尊い、大切なものであると教育されて育っていたにもかかわらず、自分と祖父以外に同じ色を持つ者を見たことがなかったのだ。


 エウロにおいて、紫の瞳は正当な帝位継承者の証である。

 これは、アヴァロン朝最初の皇帝が定めたもので、三世紀に渡り、絶対のルールでありつづけていた。アーシュラが、存命している彼女の父を差し置いて皇太孫に定められたのも、この眼の色があってこそのことだ。

 この特殊な虹彩の色は、初代皇帝が自らの遺伝子に人工的に刻んだ特徴だ。彼の子孫たちに受け継がれた紫は、ある時期までは直系の子孫全てに現れていたが、時が流れ、代を重ねるにつれ、徐々にその発現が減っていた。

 紫を持たない直系の皇族が増えたことにより、目の色の問題は、事あるごとに継承権争いの原因になった。特にこの一世紀ほどは、幾度となく親族間での争いが起きている。

 エリンが生まれたカスタニエ公爵家はアドルフが皇子フリートヘルムをエウロ北東部に封じて作らせた家であり、アーシュラは彼の従姉にあたる。皇帝が孫の死を望んだのは、未来の争いの芽を摘み取る意志があってのことだろう。

 しかし、幼い皇女にはそのようなことは関係なく、ただ、エリンのことを同じ大切な眼の色を持つ同胞とでも思ったようであった。

 アドルフはしばらく、品定めするようにエリンを見ていた。そして、チラリと背後に控えた男の方を見てから、フッと笑う。

「では、そなたは我が姫のつるぎとなれ」

 重たい声が、そう告げた。言葉の意味は、エリンにはさっぱり分からなかった。けれど、その一言が、彼のその後人生すべてを決めたのだ。


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