8:氷雨③



「彩華が……好きだ」

「……ありがとう、ユキ」


 震える言葉が紡いだのは、ユキの告白。

 しかし、彩華は、その告白に感謝するとそのまま1人でゲートに向かってしまった。


「…………」


 答えはない。


 ユキには、わかっていた。

彩華の聡明で曇りのない心に、自分は入り込めない。年齢も性別も偽った自分に、彼女を幸せにする資格はない。

 ずっとこの青年の姿で守っていたいと言う願いは、あまりにも無謀すぎる。

 好きだからこそ何も知らない「姫」でいて欲しい、なんて、彼女が一番嫌う扱いだ。


 だから、ユキにはその「答え」がわかっていたのだ。

 ……わかっていたのだ。



***



「……


 ゲートを抜けしばらく歩くと、人の居ない場所に出た。静けさに支配されたそこで、ユキは彩華を呼ぶ。


「なあに?」


 いつも通りの彩華が、サングラスを外しながらそれに応えてくれた。

 ユキは、上着のポケットの中から真新しいピアスを1つ取り出す。


 淡い緑色をしたそれの名前は、「翡翠」。先ほどの店で見つけて別に買ったのだ。


「綺麗。……くれるの?」

「うん。……俺は、姫を離すつもりないから」


 と、嫉妬心を隠そうともしないユキ。

 片手で、彼女の右耳にあるホールへとピアスを刺した。


 更に、ユキはもうひとつポケットから同じピアスを出し、自身の左耳に近づける。ピアス穴がないため、自身の魔力を使って穴を開けて。


「……っ」

「大丈夫?」


 魔力を持った人間は、身体に傷をつけると魔力回路に支障をきたす。案の定、ユキの表情が痛みに歪んでいった。

 それに気づいた彩華が、ユキの耳にゆっくりと手を添えてくる。


「……大丈夫。帰ろう、姫」

「無理しないでね」


 その言葉を最後に、2人は手を繋いで皇帝の城へと足を進めた。


 先ほどまで感じていた隙間風が、不思議と寒さを感じさせないものになっている。それに気づいたユキは、隣を歩く彩華の横顔を見て微笑む。




 ***




「お、彩華じゃないか」


 城のエントランスホールの扉を開けると、奥からマナと風音が歩きてきた。双方ラフな格好で、いつもの近寄りがたい雰囲気はない。


「ただいま!ユキと遊んできたの」


 と言って、マナへ向かって彩華が抱きついていく。

 されたことのない行動に戸惑いを見せるマナ。しかし、すぐにそれを笑顔で受け入れた。


「……おかえり。楽しかったようだな」

「マナ、お土産あるよ。先生にも」

「ありがとう」

「……」


 お礼の言葉を言った彼の顔の変化に、何かを察知するユキ。

 いつもなら調子の良いことをしゃべるのだが、あまりの衝撃に口を閉ざしてしまう。


「ねえ、執務室でお土産わけちゃいましょ。マナ、いいでしょ?」

「ああ、いいぞ。いくらでも手伝う」

「ありがとう!ユキ、風音さん行きましょう」


 マナは、彩華に手を引かれて早足で執務室への階段をあがっていく。

 お土産を持っているのは、ユキだ。ユキも、2人の後を追っていかなければいけない。


 しかし、その足取りは止まる。

 余計なことだとわかっていても、風音に向かって言わないといけないことがあった。


「……先生」


 2人の気配が消えたのを確認すると、目の前にいる彼に向かって言葉を発した。

 真剣な顔で、……いや、無表情で。


「なに」

「その顔で、サツキちゃんのところに戻らないでね」

「……悪い」


 それだけで、ユキが何を伝えたいのかがわかった様子。

 風音は、真っ赤な顔をして下を向いてしまう。


「別に言及するつもりはないよ。俺もしてるから、先生だけを責められない」

「……は?」

「ザンカン皇帝代理のサユナ。魔力切れた時に、お世話になってる」

「……お前、魔力回復ってもしかして」

「さあ、どうだろうね」


 今の発言に衝撃を受けたのか、風音は驚きの表情をしてユキを見てくる。


 しかし、これ以上言うことはない。

 ユキは、立ち止まっている風音を置いて、彩華たちが向かった方へと足を進めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る