12:八つ手の花が寒さを包む②
「フィールド展開、開花」
その部屋の出入り口から光が差し、突如入室してきた風音が暴走するユキに向かって手をかざしてきた。もう片方の手にはガスマスクが握られている。
フィールドの敷かれた空間の中、呪文と同時に蔦が床を突き破って出現してきた。それは、まっすぐにユキへと伸びていく。
「っあ゙……」
「ゴホッ……ユウ、だめ!!」
サツキへ馬乗り状態になっていたユキは、その蔦によって後方の壁に容赦無く叩きつけられる。
フィールドが展開されているため、いくら周囲を破壊しても元に戻るのだ。風音は、そのまま暴走していた彼女を壁へ磔状態にさせた。
しかし、間髪助かったサツキは嬉しくない様子。潰されかけた喉を押さえながら、懸命に声を荒げている。
「……どういう状況なの?」
「……」
キメラとメンターを結ぶと、その相手のバイタルが直接確認できるのだ。そうやって、彼女は他人に管理されている。
サツキのバイタル低下で飛んできたらこの有様だった、というわけだ。
状況が掴めていない彼は、眉をひそめながらサツキに向かってそう聞いた。しかし、この状況を説明するには任務内容から話さないと、風音は納得してくれないだろう。いや、話したところで納得するかどうか。どこまで話して良いのか、サツキには判断がつかなかった。
「……とにかく、ユキを苦しめないで。すごい怪我してるの」
「は?」
薄暗いため、風音は周囲をよく見ていなかったらしい。その言葉で改めて周囲を見渡している。
床に広がった血液は、1人の人間が出して良い量ではない。所々ゼリー状の塊が混ざり、そこからは独特の匂いが立ち込めている。
さらに、壊れるはずのない魔力専用固定具ベッドが無残に破壊されているのも目に飛び込んでくる。それと一緒に、めんどくさそうな表情を隠そうともしない千秋も視界に入ってきた。先ほどの衝撃音で目を覚ましたらしい。
「……これ、全部天野の?」
「そうそう。内部出血だから、変に止血しないでね。とりあえず、拘束は解いてあげたほうが良いかも」
「っ……解除」
ゆっくりと立ち上がる千秋の言葉に、急いでユキの拘束を解除させる。ここまで出血のひどい怪我を、どうやって負ったのか。思考が追いつかない風音は、暴走が止まり気絶しているユキが倒れる前に素早く抱き込んだ。その身体は、想像以上に熱い。
「天野!聞こえるか、天野!あま、の……」
完全に気絶しているため、その声かけに一切反応を見せない。
ここまで弱った彼女を見たことがない風音は、その傷に加担してしまったことを悔い、必死にその症状を確認しようと分析魔法を展開させる。しかし、それは彼に絶望を植え付けさせるだけの行為にしかならなかった。
彼女自身の変化に気づいた風音は、怒りに身体を震わせながらその口を開く。
「……なんで、こいつキメラになってんの」
「……」
「なんでこんな弱ってんの」
「……」
「……まさか」
さらに、彼女の膝を抱えていたのでどこから多量に出血しているのかすぐにわかってしまった。もちろん、それを意味するものまで。下半身からの出血に気づいた風音は、まだ乾いていないユキの涙痕を見て怒りを増幅させる。
その感情に怖気付いたのか、サツキは下を向いて無言を貫くだけ。しかし、千秋だけはいつもと変わらずその光景を座って眺めていた。
「誰の指示だ!」
「皇帝だよー」
「こいつの意思は!」
「了承済み。もちろん、サツキちゃんもね」
「……サツキ、テメェ!!」
怒りの感情をあらわにした風音に対しても、もちろんその態度は変わらない。
しかし、サツキは違う。風音の怒鳴り声にビクッとした彼女は、
「…………ごめんなさい」
その気迫に負けて、消え入りそうな声で謝罪するしかできなかった。他に、言葉が出てこない。
それほど、彼の怒りは凄まじいもの。
「こんなこと……」
今は、感情に任せて怒るよりも別にすべきことがある。それに気づいた彼は、血塗れのベッドを素早く掃除しユキを寝かせると、無言で手から青い光を放ち始める。その光の行き先は、蛍石だ。
眉間に深いシワを刻んだ風音は、ユキの身体にこびりついた石を外すべく、魔力を注ぐ。
すると、
「ねえ、一緒に薬の成分分析するからちょっとずれて」
そのベッドの真下に座り込んでいた千秋が立ち上がって風音の隣に来て、ユキの身体に触れようと手を伸ばした。しかし、その手を風音が素早く払い除ける。
「触んな……オレがやるから」
「え、やってくれんの?あざまー」
「やるから、どの成分とれば良いのか教えて」
「ういー。この容器に……」
「……」
サツキはその光景を一歩後ろで見ていた。
自身もキメラなのに、その石の取り外し方法すら知らない。
突如現れた風音は、初めて出会った時のように懸命に石の取り外しをしようと魔法を展開させている。自身のことを心配してこうやって現れてくれたのに、それを裏切るような行為をしてしまっていることも重く心にのしかかってきていた。
「サツキ、オレに魔力譲渡できる?」
「……」
嫌悪感に浸っていると、その彼から声をかけられた。しかし、強張ってしまった身体はすぐには動けない。
それを見た風音は、
「怒鳴って悪かったよ……。もう怒ってないから」
と、ユキから取り除いた薬の容器を片手に、バツの悪そうな声で謝罪の言葉を口にしてきた。
そうじゃない。私が悪いことをしたの。あなたが嫌うことに、私も加担したの。
そう言おうと口を開くも、今は頼まれたことをやるのが優先だろう。
「……ううん、ごめんなさい。やるよ」
考え直したサツキはそう言って、素早く風音へ向かって魔力譲渡をかけた。オレンジ色のまばゆい光は、青色の取り外し魔法の光と混ざり合い部屋を明るくさせていく。
「ありがとう、サツキ」
風音は魔力を受け取ると、そのまま手をかざしてユキの石を丁寧に剥がしていった。
それは、壁に貼り付けられたシールを剥がすかのように簡単に剥がれ落ちていく。ボロボロと粉を吹きながら、気持ち良いほど簡単に。
魔力譲渡をしながら覗き込むサツキは、こんなに簡単に取り外せるなら自分のも……と思ったことだろう。驚いたような表情になってそれを凝視する。
キメラにされてある一定の期間であれば、こうやって石の取り外しができるのだ。
しかし、その石を埋め込まれて3年以上が経とうとしている彼女には無縁な話。取り外されたことによる安堵と嫉妬の感情が、彼女の胸を突いてくる。それを、首をブンブンと振って払い退けていると、
「……天野、ちょっと苦しいけどごめんな」
「…………」
風音が力なく横たわるユキに向かって声をかけた。
これから何をするのだろうか。サツキは、後ろから魔力譲渡をしながらも視線をユキに向ける。
すると、彼を包んでいた青色の光が一気に緑色へと変化した。
なんの回復魔法なのだろうか。初めて見るサツキには、検討もつかない。
「オレは、こうやって君のことも助けたかった」
「……」
「ごめんな、こんな光景見せちゃって」
「……ユウ」
「もっと、早くサツキと出会いたかったよ」
「……」
それは、独り言に近い。
故に、返事をしても返ってくることはなかっただろう。
彼は、優しい。
自身がキメラだから?
今までの境遇に同情して?
それとも、誰にでも優しいの?
そんな疑問が次々と出てきてしまうサツキは、再度首を横に振ってその考えをかき消そうとした。
すると、
「……ん」
ピクッと、ユキが反応を見せてくる。
それは、すぐに苦しそうな表情へと変化していく。
「お、行けそうだねえ」
「千秋、身体押さえてやって。ベッドから落ちたら危ない」
「ホイホイ」
千秋は、素早くユキの身体を固定すべく胴体をガッチリと掴む。元々小さな身体なため、容易いらしい。余裕の表情で……なんなら鼻歌を歌いながらやっている。
それを確認した風音は、苦笑しつつも再度青い光で残りの石がある部分を刺激した。
と、次の瞬間、石の核が剥がれ落ちポッカリと穴が空いた。同時にユキの身体が大きく跳ね上がる。
「……あ゙っ」
それを、手慣れた感じで固定し続ける千秋。その手には、強化魔法の光が宿っていた。
荒げた声を発するユキは、今の衝撃で目を覚ましたらしい。瞳を大きく見開き、周囲の魔法光に負けないほどの光を放つ黄色い瞳を披露してきた。
「……先生?」
「待ってて。今、傷口塞ぐから」
「……痛い、です」
「うん、よく頑張ったね」
「……」
ユキの小さな声は、呼吸がちゃんとできていないのか苦しそうにしている。それもそのはず。今、彼女の心臓部分……石が埋め込まれていた部分は見事に穴が空いている。覗くと、脈打つ心臓が見えていた。
この心臓部分が石と結合しているかどうかで、取り外しの可否が決まるのだ。ユキは、まだキメラになって時間が立っていなかったため石に心臓を飲まれずに済んだ。
「千秋、頼む」
「ういー。おはよう、ユキ♡」
「……おはよ、ございます」
「ユウトが取り除いてくれたよー。気持ちよかった?」
「……」
石の取り外しは、性行為のような感覚を双方感じるもの。
故に、風音も息が上がり少々赤い顔を披露している。それを見たユキの顔も、赤く染まっていった。
「あはは。その反応良いねえ」
「……薬、取れてますか」
医術魔法を展開させながら、そのまま茶化し続ける千秋。それに耐えられなくなったユキは、話題を変えた。次第に呼吸が楽になるところを見るとちゃんと治療はしてくれているようだが、彼女はいつもこうやって一言多い。
「バッチリ取れてるよ。分析は任せて。1ヶ月はかかるだろうけど、不明成分は出さないよ」
「……ありがとうございます。組織のデータが私の脳内に入っているので、それもデータ化お願いします」
「ういー。すぐ使うなら、今やるけど」
「……体力なくて動けないので、後ででも良いですか」
「オッケー。任せて」
しかし、その分彼女は頼れる仲間。性格に難はあるものの、仕事はちゃんとこなすのだ。
それをわかっているユキは、呆れつつもお礼を口にする。
「……天野、魔力譲渡する?」
「先生、いつ来たんですか」
「……お前が、サツキの首締めてバイタル低下させた時」
「え?私が?」
やはり、記憶にないらしい。
質問を遮ったユキは、首を動かしサツキの顔を見ると、
「……サツキちゃん、ごめんなさい」
と、申し訳なさそうな表情になって謝罪をした。
「私は大丈夫。こっちこそ、ごめんね」
「任務ですから、良いんですよ。サツキちゃんが謝ることじゃない」
「……」
それでも、彼女の中にある後ろめたさが消えることはない。
まっすぐ向けられているユキの視線を思わず避けてしまうほど、サツキの心にも余裕がなくなってしまっていた。それを感じたユキは、
「……千秋、分析開始させておいてください。麻薬と自白剤は入っていると思います」
「オッケー。その路線で進めておくよ」
「お願いします。……サツキちゃんにも頼み事しても良いですか?」
「なんでもやる」
「ありがとうございます。では、ザンカンに行ってマナから血液もらってきてください。血が足りなくて動けないのもあるんです」
「わかった。すぐ行ってくる」
「ただし、理由は話さないで。あの人のことだから、面白がって執務投げ出してこっち来ちゃいますので」
「うん」
それぞれお願いを口にする。身体の治療が終わっても、やはり体力が追いついていないのかその口調は苦しげだ。
2人は、すぐに行動を開始すべく出口へと向かう。しかし、サツキだけ、扉の前で立ち止まり後ろを振り向いてきた。風音と視線を合わせるも、すぐに逸らされてしまう。
理由がわかっていたので、特に何も言わず。サツキはそのまま、千秋の後を追って部屋を出て行った。
「……サツキちゃん怒らないであげてくださいね」
そのやりとりを見ていたユキが、起き上がろうとしながら風音に話しかけた。彼は、ムスッとした表情になってユキの身体を支えるべく手を伸ばしてくる。
「怒ってねえよ」
「怒ってますよ」
「……気をつける」
「先生って結構感情豊かですよね」
「……お前は」
ユキは、本気で心配されていることを感じ取っていた。その気遣いが、彼らしい。
キメラに執着する彼を思えば、その反応は当然なものなのかもしれない。
風音が、自身の着ていた上着をユキの肩に掛け何かを口にしようとするも、
「先生のような人が、今の管理部には必要なのかもしれないですね」
「……」
上着を受け取ったユキは、その言葉を遮った。
彼は、他の管理部メンバーと違って感情で動いてしまう癖がある。それは、本人も雇った皇帝もわかっていること。もちろん、ユキも。
その優しさは、時にこうやって仲間を救うだろう。しかし、同時に彼の首を締め付けていくものでもある。
「先生。……先生はそのままでいてくださいね」
「……」
「だからこそ、サツキちゃんが先生についてきたんですから」
「……」
静かな空間で、ポタポタと血が地面に落ちる音が反響する。これ以上血を流せば、ユキの身体はまた溶けるだろう。
何も言えなくなってしまった風音は、片手でユキを支えながら回復魔法を施した。
千秋が言っていたように、下半身の出血は止めると子宮が破裂するだろう。今は、傷の治癒をした方が良いと思い彼女のお腹に手を当てて魔法をかけていく。
「……ありがとうございます」
「痛みは?」
「少し。……薬の副作用で自身の内部までは身体変化できなかったんです」
「……辛かったな」
そう言うと、彼は緑色の光を全身に纏いながら唐突にユキを抱きしめた。
その声は、恐怖と安堵で震えている。……いや、風音は全身を震わせてユキへしがみつくかのように抱き寄せてきた。
突然の出来事に驚き、ユキが身体を硬直させるも、その温かさにすぐ力が抜けていく。
風音が、ユキのために涙を流して泣いている。
過酷すぎた任務、それに耐えた彼女の精神力。そして、何も知らされなかった自身の立場。そのやるせない感情が、彼に涙を流させている。
「……先生、それはずるいですよ」
それを見たユキは、自分でも気づかず堪えていた涙が一筋頬を伝った。
「……うるせぇ。オレだって汚れ仕事はするから」
「……」
「もっと、守らせてよ。なんで、子どもがこんな任務受けてんだよ」
「それが管理部だからですよ」
「だとしたら、それは「先生、それが大国の裏側です。そして、私はそれにふさわしい体質なんです」」
風音の言いたいことは十分わかる。
しかし、ここは大国レンジュ。その身を汚しても滅ぼしても、やらないと行けないことがある。だからこそ、ユキはそこにい続けるのだ。
「先生だって、その汚れ仕事を請け負う立場になるんです。他人の心配ばかりしてはいられなくなりますよ」
「それでも、オレは……」
「先生。先生……」
風音は、泣きながらユキを抱きしめ続けた。
その間も、下半身からの出血は止まることがない。子宮口が開いているのだ。しばらくは続くだろう。痛みとともにジワッと血の流れる感覚が襲ってきたユキは、遠慮がちに風音の胸を押し引き離そうとするもすでに血塗れた彼は気にせずさらに抱き寄せてくる。
ユキは、それに応えるように風音の背中に自らの腕を回ししがみついた。
初めて、父親と神谷以外の男性に安心感を覚えた気がする。痛みよりも、その温かさの方がずっとずっと上だった。
だからこそ、ユキは彼に甘えようと思ったのだろう。決意したかのように、口を開く。
「……先生、今から起きること全部話すので力貸してください」
「聞くよ。一緒に闘わせて」
「先生、これから……」
抱いた腕の力を緩めずに、風音は小さな身体で痛みに耐えるユキの言葉に頷いた。
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