2:戯は鶉の巣の中で②
日曜の昼下がり。気持ちの良いそよ風が吹き、周囲の木々を揺らしていた。
風音が窓を開けると、一気にその新しい空気が入り込んできて病室の中を駆け巡っていく。
「……」
その流れで、風音がベッドで寝ているサツキへと視線を向ける。
あれからも、彼女は起きない。術後は良好で、あと数日は寝ているとの診断も出ていた。なにも不安に思うことはないのだが、それでも寝ている彼女の顔を見ると不安はつきない。しかし、
「先生ー、俺のことも心配してよー」
と、隣のベッドに横たわる少年ユキがだだをこねてくるではないか。そんな「彼」は、今まで真っ白だった髪色が黒に戻っていた。それほど、魔力を溜め込めるようになったのだろう。……きっと、少年の姿を維持しているのも回復している故。
「……お前は元気だろ」
「ひどいー、満身創痍だよ!さっきの検査結果一緒に聞いたじゃん!」
「なら、それらしくしててよ。紛らわしい!」
身体変化をしていて「満身創痍」もない。
この魔法は、魔力を膨大に使うものなのだ。それに、的確なコントロールも要する。風音が呆れてしまうのも、致し方ないだろう。
「無理ー、暇ー」
すっかりいつもの調子に戻ったらしく、退屈に足をばたつかせる。が、検査の結果は最悪で、本来なら話すこともままならないらしい。当分退院もできそうにない。
それを聞いた風音が、「検査結果、サツキと逆じゃないんですか?」と確認してしまったほど。
担当医である千秋が何度か様子を見に来ているが、ユキのことを心配することは当然なく、目をランランに輝かせて今にでも切り刻んでしまう勢いで迫ってくるのみ。昨夜だって、眠りについたのを確認した彼女があろうことかメスを片手に「訪問」してくる始末。風音の目の下にできているクマは、そのせいである。
なんでも、手術室で泣いていたのも「興奮してヤバかった、二回はイッた」と語るくらいなのでやはり千秋は千秋なのだ。彼女は、止められない。
「……大人しくしててよ。タイプスターすれば良いじゃん」
「カンストしたー」
「は?昨日上限解放したばっかじゃん」
「スキルマカンストしたー。なんなら、なんかよくわかんないシークレットキャラ出てきた」
「まじかよ、あれ激レアだぞ……」
本来ならば、管理部しか入れない病室への入院を強いられるのだが、今回はユキの要望もあってこうやって一般病棟に入っている。ましず子がけしかけてくるなら、このチャンスしかないとわかっていたのだ。
そのタイミングで彼女がやってきてくれたので、もうユキの仕事は終わっていた。だからこそ、こうやって「暇!」と風音を困らせることに集中できる。
こうやって見回りの看護師がこないのも、皇帝の口止めとアリスの記憶改竄魔法のおかげ。下手に来られて、ユキの特異体質もサツキの蛍石も見られたら一環の終わりだ。その辺りは、しっかり管理部が面倒を見てくれている。
さらに、魔警の見回りも今宮が頼んだようで、たまにアカネの姿が病室前にちらついていた。が、決して彼は病室へと入ってこない。まあ、入ってこられて殴り合いの喧嘩になるくらいなら、この距離感でちょうど良いだろう。
「……前、オレのこと襲った時のあれはまだ序の口だったんだな」
風音は、ユキが彼を一方的に攻撃したあの時のことを言っている。
魔力を使い果たして倒れ込んだユキは、そのまま手足を関節ごとに地面へとバラバラ散らしてしまったのだ。それを、起きた彼が目撃してしまったという流れらしい。
何も知らなかったため相当慌てた風音は、今でもその衝撃が残っているらしくこうやって心配してくれている。
「んー、あんま覚えてないけど。それよりも、先生が死ぬかと思って必死だったんだよー。花咲いちゃったし」
「……ごめんな」
「……なんで先生が謝るのさ」
そう言って、彼は眉を下げながらユキの頭を撫であげた。すると、撫でられることに慣れていないユキは、顔を赤くする。
すぐに、その表情を見た風音が笑いながら茶化すも、
「なんだ、可愛いところもあるんだな」
「惚れた?」
「減らず口が……」
と、やはりユキには口では勝てないらしい。ガスマスク越しではあるものの、はっきりと嫌悪の表情を見せる風音。それが面白かったユキは、続けて
「先生すぐ発情するからなー」
と、調子の良い言葉を放つ。
こうやって、会話を続けていると気が楽だった。以前と比べ、風音に心を開いている証拠だろう。
「マナと比べたらマシな方でしょう」
「……先生も同族だってー。同類!」
「マナ」呼びに気づくが、ユキは特に何も言わなかった。元々、距離を縮めたがっていた彼女だ。きっと、何か話したのだろう。
「それよりもさー。先生最近家帰ってないって聞いたからアレやってあげる」
と、ユキは話題を変え彼の腕を強引に掴み引き寄せると、ガスマスクに手をかけた。急な行動に逆らえず、風音がバランスを崩してユキの方へと倒れこむ。
ベッドに片手をついてそれに耐えるが、伸びてくる手を止めるだけの余裕はなかったようだ。マスクが外されると、すぐに真っ赤な顔色が姿を見せる。それと一緒に、蔦と蕾がデザインされた呪いも。
「マナから聞いたんだ、呪いの吸収」
「……余計なことを」
そう文句は言うものの、逆らわずに蕾を積まれることにしたようだ。
ユキがゆっくりと手を出し光をかざすと、消そうと思っていた蕾が具現化してしまった。魔力が濃いと、こんな現象も起きてしまう。彼女……今は「彼」か……の掌には、綺麗な黄色い花を咲かすだろう蕾が3つ収まっていた。
「あれ、出てきちゃった」
「……お前の魔力量がおかしいから」
「そうなの?水に挿せば、花咲くかな」
「試したことないからわかんねえ」
「よし、やろ。暇つぶしにできる」
「……オレの死活問題を暇つぶしにするな」
「その死活問題を放っておいた人が言って良い言葉じゃない」
「……」
と、ここでも口で負かされているではないか。風音は、素直にその口を閉ざした。すると、ニマニマとしたユキは、蕾を枕元に置くと
「……足は?」
「は!!?お前、なんで……」
驚きすぎて、病室に反響するほどの大きな声を出す風音に質問をする。質問に質問で返されたのだが、特にユキが返答することはない。ベッドからゆっくりと出て、唖然としている彼の左足の服をめくりあげた。すると、かかとから膝にかけて、真っ白な肌の上を顔にあるような蔦の形をした刺青が顔を出す。それは、顔にあるものよりずっとずっと太く足を締め付けているようなデザインのもの。
「……先生がキメラに執着する訳、知ってるから」
「マナと調べたでしょう」
「ごめんね、先生の過去覗いてきた。……弟さんがキメラだったんだね」
「……」
「この足の蔦は弟さんに取り憑くものだったんだよね」
「……」
言葉が見つからないのか話す気がないのか、風音は黙ったまま。
マナから聞いていたが、まさかユキにまで見られていたとは思わなかったのだろう。彼女は、1人で見たような話をしていたのに。
そんなことを思いながら、風音は少々罰の悪そうな顔をするユキを眺めていた。
「……サツキちゃんと重ねないでね」
「わかってる」
そんな彼に向かってお願いをすると、はっきりとした物言いが返ってくる。それに安堵したユキは、風音の左足の刺青に手を添えて「呪い」を取り除いた。
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