12:夏の灯に覚えるのは恐怖か、安堵か


「……ユウト、その子」

「ありさ?なんでいんの……」

「仕事よ」


 フィールドが完全に解除されると、そこに立っていたのはスーツ姿のありさだった。硬い表情をしながら、弟である風音の隣にいるキメラを睨み付けている。他に人通りがいないのは、偶然か。それとも、彼女の魔法か。


「へえ。先生のお姉さんか」


 それを予期していなかったユキは、面白そうに唖然とする2人を交互に眺めた。彼女が姉だとわかったのは、顔が似ているから。やはり、彼の一族は顔が整っているためか特徴的なのだ。


「何してるかわかってるの?」

「わかってる」

「そこにいるのが、国の違法物だとも?」

「……わかってるよ。わかった上で、一緒にいるって決めた」

「……そう」

「……」

「……」


 その話は、ユキもサツキも首を突っ込める雰囲気ではなかった。姉弟の関係性がわからないので、首を突っ込まない方が良いだろう。

 サツキはその向けられた視線が怖いのか、手を震わせながら必死に風音にしがみついている。

 その怯え顔を見たありさは無言が続く中、数分で視線を外してため息をついた。


「ユウトが決めたなら、私は何も言わない。でも、情報は頂戴」

「……良いの?」

「あんたが最後までちゃんと責任持てる子だってことはわかってるわよ。上を黙らせる情報さえもらえれば、私からは何も言わないって約束する」

「……ごめん、ありさ」

「でも、家には連れてこない方が良いと思う。ゆみが黙ってない」

「わかってる……」


 さすが公安警察なだけあり、判断は早いらしい。肩の力を抜いて、風音の苦々しい顔を確認している。いや、家族間での信頼もあるだろうか。

 新しい登場人物の名前が出されるも、外野の2人は知る由もない。やはり、黙って聞いている方が良さそうだ。


「そちらのお兄さんも悪いわね。知ってることは教えてちょうだい」

「いいけど、こっちのメリットは?完全に黙ってることは難しいと思いますけど」

「天野、悪いけどここは従って」

「いいわよ。その子の言ってることは正しいもの。……メリットねえ」


 ありさがユキと視線を合わせてお願いするも、口は開かない。ユキも管理部メンバー。このような取引は慣れていた。

 すると、それを言われた彼女は楽しそうにユキを見ながら何やら考え事をしている。


「……こんなのはどうかしら。魔法省に数日前無断侵入した人がいたらしいの。それを、私がごまかしておいてあげる」

「……先生のお姉さんって結構意地悪なんだね」

「まあな」


 どうやら、正体がバレているらしい。ユキは、その言葉を聞くとありさに負けないくらい面白そうな表情になって少女の姿に戻った。

 パチパチと音を立てて姿を変えると、隣に居たサツキが唖然とした表情でユキを眺めている。初めて身体変化の魔法を見たのだろう。


「あらひどい。洞察力があるって言って欲しいわ」

「なんで気づいたんですか?結構自信あったんですけど……」

「簡単よ。魔法光を出さない記憶読みが得意なだけ。だから、信頼できる人とできない人をすぐ判断できるの」

「へえ。さすが公安警察ですね」

「私だけしかできないけどね。そんなあなただって、その歳で管理部なんてすごいじゃないの」

「まあ、成り行きで」

「偉いわ、ちゃんと納税もしてる。ゲームへの課金額もすごいけど……これは個人の自由ね」

「あはは。ありささんでしたっけ?面白い人。その条件と、サツキちゃんと直接話をしたいなら管理部通してもらうことを了承してもらえれば情報を渡します」


 風音の姉と知っているためか、そこまで言われても不快感はなかった。妙にさっぱりとした言い方も、よかったのだろう。ユキは、彼女の言う冗談に素直に笑えてしまった。が、しっかりと交渉はする。


「ええ、いいわ。取引成立ね」

「情報の受け渡し方法は、そちらで指定してください。従います」

「そうね……。電子機器でのやりとりは盗聴が怖いし、紙に残すのもあまり好きじゃないの。場所を決めて、そこでお話するのはどう?」

「わかりました。場所は後ほど決まり次第管理部宛に連絡ください」

「ええ、そうさせてもらうわ。……ユウト」

「なに……」


 ユキとの話に決着がつくと、ありさは弟の方を向いた。その表情は、仕事をしている時のものではない。


「無理はしないこと。迷ったら、ちゃんと家族を頼りなさい。昔みたいな無茶はしないで」

「……」

「約束して。じゃないと、私が家族に顔向けできない」

「……約束するよ。もう無茶はしない」

「なら杞憂だったわ。サツキちゃんだったかしら?怖がらせてごめんなさいね。あなたのことが嫌いなわけじゃないの」

「……はい」


 ありさは、優しい表情になってそう言うと、サツキに近づきその頭を撫でた。こういう行動も、風音と似ている。やはり、姉弟だ。


「あとで色々聞くと思うけど、あなたがこの国で暮らしていくのに必要になるから協力してね。悪いようにはしないから」

「……先生」


 その言葉をどこまで本気にして良いかわからないサツキは、相変わらず風音にべったりと張り付きながら顔色を伺っている。


「大丈夫だよ。オレの姉さんだから、嘘はつかない」

「……わかった。知ってることなんでも話します」

「ありがとう。管理部通して連絡するわね」


 そう言って、ありさはユキの方へと向かってくる。そして、ユキと同じ目線まで屈むと耳元で


「あなたのその目、びっくりしたわ。マナとの繋がりがあることも。何かあったら、風音一族が助けになるから個人的にも頼ってきてね」

「……」


 と、囁いてきた。やはり、記憶を覗かれていたということか。

 ユキは、その言葉に表情を変えず言葉も発しなかった。風音たちに聞かれたくなかったため。それをわかっているのか、ありさはサツキの時と同様頭を優しく撫でて離れていく。

 

「邪魔してごめんなさい。職場に戻るわ」

「ありさ、ありがとう」

「頑張りなさい」


 そう言うと、ありさはサッと去っていった。その後ろ姿は、どこまでも仕事ができるという印象を植えつけてくるもの。思わず、ユキも「カッコ良い」と思ってしまった。


「……先生のお姉さんってすごい人なんですね」

「うちの一族はみんな皇帝の近くで仕事してるから」

「へえ、知らなかった」



 しばらくすると、その通りに人が増えてきた。やはり、彼女が人避けの魔法でもかけていたのだろう。その徹底ぶりには、笑うしかない。

 少しだけ端に寄って人とぶつからないようにし、


「……まことたち、タイルの城に着いたみたいです」

「え、店出たの気づかなかった」

「フィールド張ってると、外の様子わかんないですよね。ゆり恵ちゃんに位置魔法つけてたから私も気づいただけです」

「なるほどね」


 と、話を続ける。その間も、緊張の解けたサツキが風音に甘えるように頭をウリウリと擦りつけているので可愛い。思わず、ユキもその光景に微笑んでしまうほど。


「サツキ、今からタイルの皇帝代理に会うんだけどどうする?」

「え、タイル皇帝……」


 その言葉を聞いた彼女は、突然顔を真っ青にして怯え出してしまった。その切り替わりの速さは尋常ではない。


「ごめん、怖がらせるつもりはないよ。どこか隠れてられる?すぐ戻るから」


 ユキと風音が素早く目を交わす。どうやら、彼女はタイル皇帝との関わりがあるらしい。しかも、あまりよくない方の。

 風音がそう提案すると、コクコクと怯えながらもサツキが首を縦に動かしてくれる。


「天野、透過してフィールド張れる?」

「できるけど……それよりもこっちの方が俺は安心」


 そう言って、ユキは人目につかないよう近くの木陰に移動する。その行動を見守っていると、すぐに木陰から2つの人影が現れた。

 それは、青年ユキと少年ユキだった。


「は!?」

「……ユキが2人いる」


 人体分裂は、禁忌中の禁忌。魔力の消費が激しく、少しでも間違えると体が真っ二つになってしまうと言われている。しかも、ユキは身体変化をしながらそれを保っていた。サツキだけではなく、その光景に風音も素っ頓狂な声をあげて驚いた。


「こっちの俺がサツキちゃんといて、小さい方が先生と行動すれば良い感じじゃない?」


 しかし、当の本人はなんとも思っていない様子。平然とした口調でそう提案してくるので、そんな難しい術式ではないのかもしれないと聞いている人に錯覚させてくる。とはいえ、風音にはもちろんできない技である。呆れつつも、


「……期限は?」

「うーん、今の魔力量だと保って半日かな」

「そのくらいだと思うー」

「無理はすんなよ。……サツキ、国を出るまでこいつと一緒にいれる?」


 と、2人のユキと対話をした。

 サツキは、キメラなのでパスポートというものが存在しない。故に、ゲートを通れない存在だ。タイルを出るまでは一緒にいない方が良いだろう。

 そのあたりも、きっとユキがうまくやってくれるはず。そう思い、風音が彼女に向かって提案すると、


「帰ってくる?」


 泣き出しそうな顔で、風音の顔を覗いてきた。離れることに抵抗があるようだ。これだけ依存していれば、そうなることは必然。


「帰ってくるよ。オレは、サツキの方から離れるって言われるまでずっと一緒にいるから」


 と、視線を合わせながらゆっくりと話すと


「うわ、告白……!」

「お熱いこと……!」

「聞きました、奥さん?」

「録音しましたわ」

「あらまあ!あとでいただきたいわ」


 外野がうるさいことこの上ない。2人になったから余計。これでは、雰囲気もクソもない。

 少々やりにくそうな風音の表情も相まって、不安そうだったサツキが笑い出す。安心したようで、


「わかった」


 と、寂しそうではあるものの、自ら腕を離した。メンターが安定してきたことも関係していそうだ。少しずつではあるが、彼女は1人でも行動できるようになっている。

 その変化に微笑んだ青年ユキは、


「サツキちゃん、おいで。好きなもの何?何か食べに行こう」

「食べる……。お腹空いた」

「キメラって食欲すごいんだよね。どのくらい食べられるの?」

「えっと……」


 と、会話しつつサッとその場を去っていった。

 それを、少年ユキと風音が見送るというなんとも不思議な図になっている。


「……ありがとう」

「どういたしまして。元々こうするつもりだったから。それに、お姉さんの物分かりの良さに救われたって感じ」

「ありさは元々環境の変化に強いから」

「へえ。他の風音一族にも俄然興味が湧いたよ」

「……今度紹介するよ」

「それはありがたい。仕事でのコネクションは持っておきたいなあ」

「お前も管理部なんだな。交渉の仕方に感心したわ」

「まあね。数年やってれば、自然と身に付く」


 会話しつつ、2人もタイルの城に向かって歩き出す。

 ユキは、このタイミングのために色々準備してきていた。前回接触した時に見たサツキの待遇から、抜け出させてあげたかったのだ。それに、事情は知らないが、風音がキメラについて話す時のあの暗い表情もどうにかしてあげたかった。

 そのため、この結果に不満はない。たとえ、救った彼女の人間関係を大きく変えてしまったとしても、今はそれの良し悪しを決める段階ではないと言い聞かせながら。すると、


「……裏切りとかは考えてる?」

「へ?……ああ、ないない。取り返しに誰かくるかもしれないけど」

「どうしてそう言い切れる?」

「……」


 風音が少しだけ難しい表情で聞いてきた。その質問に返答すると、怪訝そうな表情になって少年ユキの顔を見てきた。サツキを信じたい気持ちと、国を守りたい気持ちが混在している。

 それを見たユキは、


「先生。あの子のこと信じてあげてください」


 とだけ伝えた。その声は、無意識なのか定かではないが少年ではなく少女になっている。


「……そうだな。悪い、色々考えちゃって」

「気持ちはわかるよ。でも、サツキちゃんの居場所はもう先生のところしかないから」

「ん……。もう、組織には帰れない状況だよな」

「メンター切っちゃったからね。取り返される心配以外はしなくて良いと思うよ」


 ユキの真剣な声にハッとした風音は、すぐに反省する。この素直さも、彼の良いところ。だからこそ、先ほどのように姉も信頼を置いているのだろう。それを、ユキも感じ取り少しだけ笑ってしまう。自身にはない、素直さだったのも相まって。そして、照れ隠しだろうかすぐに話題を変えた。


「帰ったら千秋にお願いして起爆符解除とかやってもらお。耳の裏の手術痕は、多分その類が入れられてるんだと思う。メンター結ぶ時に色々見たんだけど、身体の色んなところに設置されてたよ」

「マジで、サツキの居た組織ってなんなの」

「……さあ。これから戦うことになりそうな相手ってことしか俺にはわからないよ」

「……本気出せそうだよ」


 サツキの身体は、一種の爆弾だった。脳からつま先まで、内部にいくつもの火薬が詰められていると見て間違いないだろう。あの態度を見る限り、本人も気づいていない。その事実に怒りを覚える風音は、そう静かに口にした。


 生きている人間の解剖は、さすがにユキたちには荷が重すぎる。そんな時、不本意ながら千秋が役に立つのだ。不本意ながら。


「ちょっと色々身体いじられると思うけど、それは大目に見てあげてね」

「……まあ、そうだろうな」

「俺が隣で監視してるから、相当変なことはさせない」

「頼んだよ……。あいつを止める自信ない」

「あはは。いっそのこと、今宮さんでも立たせておくか」

「いや、あの人絶対スプラッタ系苦手だって」

「よくご存知で」


 と、なぜか今宮の弱点の話になってしまった。きっと、彼は今盛大なくしゃみをしていることだろう。


「なんか、お前はすごいやつだな。改めて実感したよ」

「そうなの、もっと褒めて♡」

「……そういうのがなければ、素直に褒めてやるんだけどなあ」

「えー!」



 2人は、普通のトーンに戻して他愛のない話をしながらみんなが待つところへと足を進めた。きっと、城ではユキの帰りを今か今かと待っている彩華がいることだろう。

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