11:ひかたが運ぶ出会いと別れ①



「サ、サツキ……」


 自己紹介が終わり、しばらくしてもサツキは風音から離れなかった。体臭を嗅ぐかのように、顔を……というか、鼻をスンスンと押し付けて完全にリラックスしている。

 フィールドが張られているので外であっても周囲の人に見られることはないのだが、それでも先ほどからユキがニヤついて見てきていた。それがそろそろ恥ずかしくなってしまった彼は、珍しく頬を赤く染めて彼女の名前を呼ぶ。


「……?」

「……どこにも行かないから、そろそろ離してほしい」

「……」

「……ダメか」


 しかし、サツキは首を振ってさらに強い力で風音を抱き寄せる。どうやら、離す気はないらしい。

 こうやって頼りにされるのは、嫌いではない。むしろ、世話焼きの面を持つ風音にとって好きな部類に入る。とはいえ、そこまでくっつかれるとどうしたら良いのかわからなくなるらしい。必死になってユキに視線を送って助けを求めるも、当の本人は何もしない。それどころか、


「先生、子持ちになったね」

「……うるせえ」

「俺という恋人がいながら、どこの子なの!」

「……そもそもお前と付き合ってねえだろ!」

「そんな……!一緒のベッドで寝た仲なのに!」

「オレを浮気性みたいに言うな!」

「え、違うの?」

「……お前のオレに対する印象がどういうものなのか、はっきりわかったよ。後で覚悟しとけ」

「わー、怖い。ねえ、サツキちゃん」

「……ふふ」


 と、ここぞとばかりに茶化してくる。それが面白いのか、サツキが肩を震わせて笑っていた。どうやら、元々感情が豊かな子らしい。

 キメラになると、感情がほとんどなくなる。それを知っている2人は、なんだか目の前にいるサツキが本当は人間ではないのかと錯覚してしまうほど不思議な気持ちになる。しかし、胸に光る石を見ているので人間ではないことは承知の上。彼女が、特別珍しい個体なのだろうか。


「ねえ、サツキちゃん。これからは、君のメンターに俺が入って良いかな」

「……メイン?サブ?」

「メインかな」

「……先生は?」

「今後先生と一緒に生活したいなら、俺がメインで先生がサブの方が融通効くと思う」

「わかった」

「……?」


 キメラは、感情をコントロールするためのメンターが必要になる。それがいないと、こうやって不安な気持ちが大きくなり動くことすら恐怖を覚えるほど弱ってしまうのだ。

 特に、彼女の持っている蛍石は依存型とも呼ばれているもの。メンターとの絆がないと、暴走する危険性もある。

 他にも、自立型や支援型など様々な種類が存在するらしい。もちろん、その中にはメンターが不要な個体も。事前に禁断書を開いているユキだからこそ、知っていること。きっと、風音は知らないだろう。首を傾げて静かに話を聞いている。

 

 今まで彼女のメンターだった組織の人間との絆は、ユキが切ってしまった。それもあり、風音にべったり張り付いているのだろう。


「痛みはないの?」

「ない」

「わかった。何か異変があったら言ってね、俺も初めてだから」

「うん」

「天野、お願い」


 ユキは、2人の返事を待ってからメンターになるための魔法を展開させる。真っ白な光を手に宿らせると、それは次第に紐状の光に変化していく。そして、それはそのままサツキの首へと絡みついた。

 見た目は少々苦しそうだが、サツキ自身は気持ち良さそうな表情になってそれを受け入れている。


 数分で、その儀式は終わった。

 しかし、ユキにはまだやるべきことがある。続けて、


「あとは、感情の制限かけるね」

「……うん」

「なにそれ」


 と、提案すると、風音が口を挟んできた。その口調の強さから、その行為に否定的なのだろう。少々ムスッとした表情で、ユキを見ている。


「キメラって、感情のパラメーターが一部振り切ってるんだよ。だから、普通に戻すために制限が必要なの」

「……それは、サツキの感情を殺してることにならない?」

「ならない。むしろ、制御してあげないとサツキちゃんが辛くなっちゃう」

「……納得した。お前は物知りだな」

「うん。一応キメラの禁断書熟読してきたから」

「マジかよ……。そんな簡単に読めるもんじゃねえだろ」

「うん。今宮さんにバレて説教くらった」

「しかも、無断で読んだのか……」

「結果オーライ!……とりあえず、先生が発情しないように快楽は制御しちゃうね」

「おい待て!するわけねえだろ!」


 博識に感心していたらこれである。

 ツッコミが……というより、感情が追いつかない風音は、いつもよりも表情が豊かだ。


「って先生は言ってるけどね」

「うるせえ!」

「……ふふ。2人は仲良しね」

「うん」

「違う!」

「え、違うの?」

「ああ、もう!」


 そのやりとりにサツキが笑うと、どうでもよくなるらしい。あきれ顔になりながらも、笑顔を向けてくれている彼女の頭を愛おしそうに撫で上げている。

 その間に、ユキは素早く青色の光を放ち感情制御の魔法を唱えた。見た目が変わらないため、それはなにをしているのか外野にはわからないだろう。続けて、


「メンターは何人いるの?」

「3人。メイン1人に、サブ2人」


 と、ユキがサツキに質問した。先ほどから質問ぜめなのだが、嫌な顔ひとつせず素直に答えてくれる。元々、素直な性格なのだろう。


「ん、ありがとう。わかったよ」

「……」

「どうしたの?」

「……信用してくれるの?」


 メンターの数がわかるのは、本人のみ。だから、自己申告しか周囲の人間はわからないのだ。

 サツキにとって、会ってまもない人間が信用してくれている事実に慣れないらしい。不思議そうな表情になって、ユキに問う。


「するよ。君は、先生を悲しませることはしない」

「……しない。できない」

「でしょう。だから、俺も信用するよ」

「……ありがとう」


 その会話で少々安心したのか、サツキは少しだけ風音と離れた。しかし、その手はしっかりと彼の服を握りしめている。が、その2人のやりとりの意味をよく理解していない風音は、首を傾げてなにやら難しい表情をしていた。


「じゃあ、サブに先生で良い?」

「……良いの?」

「俺じゃなくて、先生に聞きな」

「……先生」


 メンターは、対象キメラの感情だけでなく行動も自由に制限できる。さらに、彼女のバイタルや感情の起伏に関しての監視も可能だ。

 その話を出されると、サツキはおずおずと告白でもするかのように真っ赤になりながら隣にいる風音に話しかける。


「オレで良ければ……」

「先生が良い」

「じゃあ、よろしく」


 その会話に微笑むと、ユキはそのまま先ほどの真っ白な光の紐で2人を結んであげた。メインは、こうやってサブメンターとキメラを結ぶこともできる。

 そして、もうひとつ。メインとサブで決定的な違いがあった。それは……。


「さてと、これで最後ね。過去の記憶はどうする?」

「……私が決めても良いの?」

「誰が決めるのさ」

「……」


 キメラの過去の記憶の封印ができる点だ。

 通常であれば、新しい「飼い主」が決まれば記憶は新しいものにされるのが主流らしい。そうでないと、以前の飼い主の元に戻ってしまう個体もいるだとか。

 しかし、ユキとしてはそこは強制したくないらしい。こうやって問われるとは思っていなかったサツキの表情が、驚きと不安でいっぱいになっている。困惑した顔で、風音の表情を確認するサツキ。


「大事なら取っておきな」

「……でも」

「オレらは、サツキのこと自由にさせたいんだ。元いる場所に戻りたいなら、それを止める権利はオレらにはないよ」

「……」

「残しておいても、嫌いになったりもしないよ」

「本当?」

「うん。約束する」


 どうやら、嫌われるのが嫌だったらしい。風音の言葉に安堵すると、改めて答えを絞り出そうと難しい顔になる。そして、数分は無言だっただろう。彼女は、決意したように口を開いた。



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