9:金魚玉から飛び出た人魚は自由を手に入れる②




『ユキさん……?』

『アデッ!?』


 ヒイズの任務に出かける前日の話である。

 ユキは、レンジュの城から少々移動した場所にある魔法省の建物内にいた。正確には、その建物の地下室。

 光が一切入らないそこには、レンジュで保管されている禁断書が眠っている。それは、レンジュに住まう一族の血族技だったり、特殊な人種の情報だったり、ユキの翡翠石についてなど様々な内容が記されたもの。その数、優に1,000は超えるだろう。厳重な管理がされているため、そこは皇帝と魔法省の許可がないと入れない。もちろん、今ここにいるユキにも許可が必要だ。しかし、彼女は無断で入り中を物色していた。

 とはいえ、別に盗もうとしていたわけではない。少々調べ物がしたかっただけ。


『どうしてこちらにいらっしゃるのでしょうか?』

『あ、いや。その……ちょっと調べ物を』

『誰の許可を得て?』

『あ、あはは……』


 と、今宮に見つかってしまったユキが、今まで読んでいた本を背中に隠し乾いた笑いを披露する。その頭には、立派すぎるタンコブが。


『……はあ。ちゃんと許可取れば、管理部でしたら即入れますよ』

『ごめんなさい。記録に残したくなかった』

『……先に相談してくれればよかったものの』

『魔法省側にはバレてないよ』

『そういう問題じゃありません!』


 なぜ、彼にバレたのだろう。それを考えるも、バレてしまった後では意味がない。

 ユキは、ゆっくりと後ろに隠した本を今宮に見せた。それは、『七つの因果律』と書かれたキメラに関する禁断書だった。


『これ、見たかったんです』

『……ユウトさんのためですか?』

『それもあるけど、なんだか他人事に感じられなくて』

『……元々、キメラは翡翠のコピーモノと言われていますからね』

『うん……。先生には内緒にしてね。これ以上負担かけたくない』

『わかっています。ただ、彼にはもう少しこちら側に深入りしてもらう可能性が出ていますから今後はどうなるかわかりませんよ』

『……どういうこと?』

『もう少し待っていてください。情報開示には、まだ早いですので』

『わかった』


 ユキの体内に保持している「翡翠石」。そして、昼間に遭遇したキメラの心臓に打ち込まれていた

「蛍石」。それらは、違うものであって、同じものだった。

 それらに共通するのは、「強靭な身体」「異常な回復力」そして、「暴食」。ユキの身体は、燃費が悪い。すぐに空腹になるし、通常の3倍はペロッと平らげてしまうほどの胃袋を持っていた。だからこそ、その体内に巡る魔力量を管理できると言っても過言ではない。

 そんな幻を求めたどこかのマッドサイエンティストが、「キメラ」と言うバカなものを造ってしまった。人間の心臓を石に捧げ、誰かにとって都合の良いものを。


『キメラって、こうやって製造するんだね』

『……ただの殺害行為です。製造じゃありません』

『今宮さんは、これ読んだの?』

『作り方だけ。後は読めるもんじゃありません』


 今宮のいう通り、この内容は残酷すぎて読めるものではない。しかし、ユキには読む必要があった。


『……キメラってさ、もっと感情がない機械かと思ってたんだ』

『製造過程によるでしょうね。感情があるものは、聞いたことはないですが』

『……私が会ったキメラはあったんだ、感情が。苦しそうに、助けを求めてた』

『……』

『ねえ、今宮さん』

『だ、ダメです!ダメですよ!』

『まだ何も言ってないんだけど』

『ダメです!そもそも、こんな所に無断で侵入してるのが魔法省にバレたらどうするんですか!』

『今宮さんだって入ってるじゃん』

『私はちゃんと許可をもらってます!!!』


 ユキは、どうしても彼女を助けたかった。だから、この手に持つ本を読む必要があったのだ。決して、風音のためではない。


『……後何分で読み終わりますか』

『30分あれば』

『ありがとう、今宮さん』

『今回だけですよ!もちろん、皇帝にも報告します』

『……はい』

『謹慎食らっても、文句言わないでくださいね』


 その頑なな態度に諦めた今宮は、大きなため息をついて近くの椅子に座った。彼女がこうなってしまえば、目的を果たすまで頑として動かないことを知っていたため。

 ユキは、そのまま無言で禁断書を再度開き読み始めた。その姿は、12歳のものではない。そんな彼女の背中を眺めつつ、今宮は本棚に収められている大量の禁断書にも目を向けた。黒世以降、強化され続けている空間にある、禁断書へ。


***



「本当、美味しい!」

「でしょう。少々大人には甘めで胃もたれ起こしそうですが、子供に人気が高いんです」


 その甘味屋は、若い女性が多く引き締めあっていた。その内観を知っていたのか、黒井と真鳥は制服からラフな格好に着替えていた。とはいえ、その胸に光っているバッジは魔警のもの。黒光りするそれは、見る人が見れば一発で警察官だとわかるだろう。


「このスコーン、ほろほろしていて美味しいですね」

「生クリームも絶品!」

「盛り付けも可愛いですね」


 とゆり恵を筆頭に3人が大はしゃぎ。少々まことには可愛らしすぎる店内に居心地が悪そうだったが、食欲には勝てない。女子と一緒になって、写真を撮ったり味を堪能したりしていた。


「先生、美味しいね」

「ん。うまい」


 もちろん、堪能していたのは3人だけではない。風音も、みんなと同じスコーンと生クリームを美味しそうに食べていた。……が、なんだか物足りなさそうな表情をしているのは気のせいだろうか。

 もしかしたら彼は相当な甘党で、もっと甘味を欲しているのかもしれない。なんて、ユキが考えている時。


「……先生」

「なに」


 と、何かを察知したのか、急に真剣な表情になって風音を呼んだ。その声にすぐ反応する彼は、フォークをお皿の上に音を立てずに置く。すると、


「そういえば俺、さっきの騒動が事務所にバレてね。近くで撮影のバツ食らったんだ。ちょっとだけ抜けていいかな」


 珍しく視線を合わせて、ユキが聞いてきた。その表情は笑っていていつも通りなのだが、風音には逆らえない何かを植えつけてくる。意識を固定させる、強制魔法の類か。


「……あ、ああ。どうぞ」


 と、許可を出す以外、彼に選択肢はなかった。急な問いかけにびっくりしたのか、ゆっくりと目の前に置かれたストロベリーティを飲み干し一息ついている。その中には、はちみつが沈んでいた。


「先生もトラでおいでよ」

「は……?」

「1人連れてくって言っちゃったんだ」

「……」


 トラとは、エキストラのこと。ふざけているような言い方だが、やはり逆らえない何かを風音に植えつけてくる。それを聞いた彼は、頭に「?」を浮かべながら


「……黒井さん、真鳥さん。申し訳ないのですが、あと1時間したらこの子らを皇帝の玉座に連れてってくれます?」


 と、カップを一気にあおいでユキと一緒に立ち上がった。唇についたはちみつをペロッと舌で舐めると黒井が鼻血を出したが、その辺は割愛しよう。


「はい、任されました」


 2人は、即座に返答すると立ち上がって敬礼をしてきた。その行動は、甘味屋ですることではない。周囲の客の視線が、一斉にこちらを向いてしまった。


「え、撮影場所行きたい!」

「……今日は解放されてないんだ。今度、チケット取ってくるよ」


 しかし、そんなことを気にしないゆり恵。ユキに向かって、キラキラとした目を向けてくる。断られて少々シュンとしているが、


「お詫びね」

「~~~……!!」


 そんな彼女に向かって、何してるんですかと言いたくなるような行動をするユキ。トコトコと歩いて行き、ゆり恵の隣で跪いて手の甲にキスをしている。


「き、気をつけて行ってきてね」


 その行動に顔を真っ赤にさせるゆり恵は、そう小さな声で言うのが精一杯だった様子。黒井の「いいなー」という視線や、まことたちの「また始まった」の視線は、下を向いている故に気づいていない。


「また後でねー」

「行ってらっしゃい、ユキくん」


 と、再起不能に近いゆり恵以外のメンバー2人が、手を降ってくる。それに応え、


「行ってきます」

「引率お願いします」


 と言って風音と一緒に店を出た。さすが大人なのか、その立った席のところにはチームメンバーと自分の食べたもののお金が置かれている。少々多めなのは、気遣か。


「……行っちゃった」

「またお城で会えるよ」

「私も行きたかったなー」

「私もです……」

「あなたは職務中!」

「はあい」


 黒井の呟きに突っ込む真鳥。そのやりとりに、3人が一斉に笑い出した。

 店内は、元のざわめきを取り戻す。


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