12:新芽は摘めず③


「……で、どうするの?」


 絶妙なタイミングで、ユキは口を開いた。


「万全にして俺が行けば、絶滅させられるけど」


 それは、いつものおちゃらけた感じではない。真剣な言い方に、皇帝の目が逸れてしまった。もちろん、今宮も。

 それほど、ふいに、そして、ユキにしては重い言葉だった。


「……」

「……」

「天野が行って失敗したらどうするの」


 まるで助け舟を出すかのように、風音が気だるい口調で訪ねてきた。すると、そんな彼を睨みつけるように、冷たい視線を投げるユキ。「邪魔するな」とはっきりわかる嫌悪が、伝わってくる。

 その視線に射すくめられたのは風音だけではない。その隣にいた武井も同様だった。


「どうするって……この美貌でなんとかなるでしょ」


 しかし、それはすぐに不気味なほどいつもの笑顔に戻る。

 その切り替えの速さが、見ている人に異常さを植えつけてきた。皇帝は、さらに気まずそうに視線を逸らし、資料を読んでいるふりをしている。


「ねえ、皇帝。皇帝にも、主犯がわかってるでしょ?」


 そして、先ほどの続きなのかユキは冷たい声でそう言った。今度は、風音も発言を抑える。またあの視線は浴びたくないようだ。

 にっこりと笑うそのユキに、ごまかしはきかないだろう。強い圧力を感じ、皇帝の背中には汗が伝う。


「……お主には勝てないな」


 と、いつものため息とはまた違ったものを吐き出しながら、諦めの表情になった。その後ろで話を聞いていた今宮の顔は真逆で、一層険しいものになる。あまり、風音たちに聞かれたい話ではないようだ。

 しかし、皇帝は話を続ける。


「検討はついておる。が、確証がなくてのう」

「確証?そんなの俺が取ってきたよ。ちゃんと、この耳で聞いてきた。ねえ、先生も聞いたよね」

「……真田シン」

「ああ……。そんな」


 風音は、あの時の会話を必死になって頭の中で思い出した。そして、その名前を口にすると、今宮が両手で顔を覆ってしまった。どうやら、その人物を知っている様子だった。もちろん、皇帝も。


 風音は、知りたかった。

 その人物は何者か、過去に何があったのか。レンジュにどう影響するのか。そして、その苗字が任されたチームの彼と同じなのはぐうせんかそれとも……。

 しかし、それを聞ける雰囲気ではないことはわかっている様子。何が起きているか理解しきれていない教師陣は、その話に口を挟まず聞くことに徹する。

 

「……皇帝らしくないよ。なんで俺を使わない?」


 ユキは、納得いっていないように再度詰め寄った。どうやら、誰かが聞いている中で話をつけたいらしい。そうでないと、きっとこの話はあやふやになってしまうのだろう。それは、聞き専に徹している2人によく伝わってくる。


 当の皇帝は、言葉を選んでいるようで何も話さない。もちろん、その視線は決してユキと合わせず。ファイルをペラペラとめくり時間を稼いでいるようだった。


「……わしはな」


 5分は経っただろうか。

 その自らが作った沈黙を破る皇帝は、先ほどとは違った落ち着いた声で語りかけるように口を開く。


「わしは、臆病者じゃ。こうやって席に座って偉ぶってはいるものの、1人では何もできん。そのような中、わしの発言によってお主らを失うことが一番怖いんじゃよ。もう、黒世のようなことはごめんじゃ」


 その口調はどこまでも優しい。ユキの尖った口調とは真逆で、人を落ち着かせるような何かを含んでいる。とはいえ、それは魔法の類ではない。彼のもともと備わっている人格が、そうさせているのだ。

 しかし、ユキは止まらない。


「はあ。こうちゃんっていつもそうだよねー」

「「こうちゃん!?」」

「ユキさん!」


 口調を少しだけ緩めたユキは、いつものように皇帝のあだ名を口にする。その言い方が面白かったらしく、真剣に聞いていた風音と武井が吹き出してしまった。それを今宮が咎めるも、後の祭り。


「俺、そのためにここにいるんだよ?もっと頼ってよ。俺は、こうちゃんみたいに臆病にならない」


 と、一気にまくし立てるように言った。先ほどのように、冷たい発言ではない。それは、聞いている人全員が「愛情」を感じ取ったであろう。


「……お主らしいの」


 それを、皇帝自身も感じ取ったようだ。

 フフッと笑いながらやっとユキと視線を合わせた。


「こうちゃんは、高いところで指示出して姫と笑っててよ。2人が笑ってる限り、俺はなんでも引き受ける」


 これは、ユキの本心。


 皇帝には、娘の彩華と一緒に笑っていてほしい。

 誰にでも平等に優しく、暖かい彼女たち。ユキは、この2人にはいつまでも笑っていて欲しかった。何があっても、その日常を守りたかった。だからこそ、彼……いや、彼女は管理部にい続けていると言っても過言ではない。


 それを聞いた、今宮の顔がほころんだ。しかし、一瞬だったので気づいた人はいない。


「お主は強いの。もう、わしは年じゃ」


 と、言いながらも笑っているのだからきっと照れ隠しだろう。

 皇帝は、ファイルをパタリと閉じると、

 

「もう一度対策を練る。それから、改めて任務を言わせてくれ」


 と、いつものように堂々とした態度に戻った。話は終わりらしい。

 多少、迷いはあるものの、ユキも素直に


「はーい」


 と返事をしている。

 少々国の裏側をのぞいてしまった教師陣は、きっと自分たちで情報収集をすることだろう。ユキも、それを期待してこうやって同席させている。それほど、この2人には信頼を置いているということか。


「長々とすまんかった。ここでの話は、他言無用でな」

「は!」

「承知です」

「いつか君たちの力も借りることになるだろう。それほど、大きな問題が待ち構えておる。その時は、助けてくれるかの」


 皇帝の言葉に、敬礼を返す2人。その表情は、話を始める前よりもずっとずっと真剣だった。その態度は、皇帝にとって、管理部にとってありがたいもの。


「では、解散としよう。武井くんは、しばらく休養しながら引率を頼むよ」

「こんなのかすり傷です!ユキさんの顔見たらすぐ治ってしまう!」

「まじ?お金とろうかな」

「いくらでも!ついでに、またデートしてください!」


 と、調子を戻しながら発言する武井。体力、魔力どちらも、回復しているようだ。


 彼は、元々人よりも回復の早い体質を持っている。おちゃらけて見えるが、……いや、実際おちゃらけているのだが……こう見えて彼も影の一員。

 魔力が桁外れて多く、暴走しないよう国の医療チームから配布されている枷をその身体のどこかにつけている。きっと、今回もその枷を外せばもっと生徒を守れただろう。しかし、自分では外せないのでどうしようもない。


 隣にいる風音も影であるのに、そのランクを口にしないため互いに知らないでいる。元々そういうシステムなのだが、知っているユキはなんだかこそばゆくなってしまう。


「また……?こいつ男だぞ」

「恋に性別は関係ない!俺はユキさんが」

「はいはい」


 風音の声に負けないように、張り上げる武井。声の大きさでは、ダントツ彼が優勝だ。


「武井は俺の魅力をわかってるねえ」

「ありがたき幸せ!」


 と、ユキはユキで調子にのっている。まんざらでもなさそうな様子は、今までの雰囲気をぶち壊すかのよう。

 武井は、感銘を受けたのか再度敬礼 (皇帝にではない、ユキにだ!)すると、早々と執務室を去っていってしまった。まさに、嵐のような男だ。


 その流れに乗って風音も帰ろうと入り口まで足を運ぶが、その足取りがふいに止まった。


「……皇帝」

「なんじゃ、ユウトくん」

「キメラの子……。オレに任せてもらえませんか」


 背中を向けているので、表情は見えない。

 聞いたことがない真剣な声に、ユキの動きも止まった。それは、いつもの気だるい声でも、優しい声でもない。まるで、怒りを通り越した悲しみを抑えているような声に近い。


「……こいつは、お主の弟ではない」


 皇帝は、その声の理由を知っているらしい。

 叱咤するように、少々きつめの言葉をかけると、


「わかっています。……わかっています」


 と、無機質な声で同じ言葉を繰り返し、そのまま出て行ってしまった。


「……いじめすぎたか?若いと可能性が広がるな」

「……こうちゃん、今の」


 と、こちらはいたずら後の表情を隠そうともしない。ユキがそう尋ねると、


「あやつの弟がキメラだったんじゃ。とある事情で、他国でキメラにされてしまった。可愛い子でな。わしも良く知っておったが、まさか……」

「……先生、弟は死んだって」

「そうじゃ。黒世で死んだ。一族を守って、あやつは死んだんじゃ。彩華と同い年でな。わしは……私は、もうあの日を繰り返したくない」


 そう話す皇帝の声は、女性に変わった。それを静かに聞くユキと今宮。

 皇帝は……いや、ミツネは、その口から懸命に言葉を絞り発言する。


「人の命は、一瞬にしてなくなるほど軽い。どれだけ力があろうとも、死ぬときは死ぬ。しかし、私はその命に優劣をつけたくないんだよ。誰かの命と誰かの命を天秤にかけるような行為は……絶対にしない。その命は自分のものであって、他人がどうこうするものではない。私は、その区別をつけてこの席に座りたいんだ」

「……ミツネ」

「真田シンは、私が死ぬまで追いかけてくるだろうな」

「……」


 今宮は、そんな発言が聞こえていなかったように、


「この資料、今日中にさばいてくださいね」


 と、話題を切り替えた。

 ユキも、それに従い机に積み上げられた下界教師たちの報告書へと手を伸ばす。


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