6:凍雨が溶ける暖かさの中に①




「お待たせ」


 コンコン、とドアを叩く音と一緒に彩華の声が聞こえてきた。

 シロと遊んでいた青年ユキは、嬉しそうな表情になってすぐにドアを開ける。


 しかし、その表情はすぐに真顔になった。


「……姫。俺、デートに誘ったつもりなんだけど。もうちょっと着飾ってよ」


 目の前の彩華は、動きやすいジーパンにパーカーという出で立ちでドアの前に立っていたのだ。

 ラフすぎる格好に、ユキが呆れながら文句を言い放つ。……とはいえ、彼女の性格を熟知しているため、その感情は本当の「呆れ」ではない。


「えー、動きやすい方が良いじゃない」

「……はあ。俺がコーデして良い?」

「してくれるなら歓迎するわ!」


 要するに、彼女は服選びが面倒なのだ。

 彩華はいつもこうやって、ユキに甘えてくる。


 ユキは、そんな彼女が好きだった。


「はいはい。俺の好みで良いかな」

「もちろん!」


 彩華は、そう言って部屋に入ると、ソファの前までトコトコと歩き目を閉じる。


 それを見たユキは、やれやれといった表情をしながら、目を閉じている彼女の両肩に手をのせた。温かいオレンジ色の魔法光が放たれると、一瞬にしてパーカー姿がレトロなチェックのワンピースに早変わりした。


「あとは……」


 外は、デートに最適な晴天。風もなく、歩きやすい天候だった。

 部屋にも、太陽の光が優しく入り込んでいる。鳥のさえずり、子どもの笑い声も、その優しさに拍車をかけていた。


 鼻歌でも聞こえてきそうなほどご機嫌なユキは、肩に置いた手をそのまま彩華の首へと移動させる。締まらないよう優しく触れると、彩華のくすぐったそうな笑いが耳に響いてきた。


「姫って首弱いよね」

「みんなそうじゃないの?」

「……あはは。そうかな?」


 と、会話をしつつ、真っ白のストールを出し首にかける。フワフワなそれは、保温魔法によって風よけもしてくれるもの。昼間はまだ温かいが、夜になれば肌寒くなる季節なのだ。


「もふもふしていて、気持ちいい!もう目を開けてもいい?」


 ユキが彼女のコーディネートするのは、今日が初めてではない。

 いつもこうやって、全身コーデをする時は彼女に目を閉じてもらっていた。


 理由は、ユキが単に彩華の喜ぶ顔が見たいから。それを彼女もわかっているようで、絶対に開けない。楽しそうにこの時間を過ごしている。


「まだー」


 ユキは、次に足元へ向かって指を振る。すると、またもやオレンジ色の魔法光と共に、ワインレッドのカラータイツと茶色いヒール靴があらわれた。


「……あとは」


 次は、髪の毛。

 腰まで伸びた艶のある黒髪を、ゆっくりと持ち上げ編み上げていく。

 服と違い、髪は繊細なのだ。魔法では手入れできない。


「……ねえ、まだ?」


 と、少々飽きてきた彩華。自分では時間をかけない部分なので、退屈なのだ。

 ユキは、そんな彼女の声に笑いながら、


「本当に女の子?普通はもっと時間かけるんだよ?」

「えー、女よ」

「なら、もっと身だしなみに気を使うこと!……はい、できたよ」


 と言って、彩華の肩を叩く。

 すると、「待ってました!」と言わんばかりの勢いで彩華が瞳を開いた。


「どうでしょうか、お姫様?」

「わあ!」


 ユキがそのまま鏡の前に誘導させると、嬉しそうな表情をした彩華が声をあげる。

 彼女は、薄化粧をした美しい姿を鏡に映した。元々背筋が伸びているので、凛とした雰囲気がその姿に拍車をかける。


 オータムカラーに身を包んだ彩華は、鏡の前でクルッと一回転したり、編み込まれた髪の毛を持ち上げて確認作業に忙しそうだ。

 この時間も、ユキにとっては大事にしたいもの。嬉しそうにする彩華の横顔を隣で見ていた。


「ね、これくらいしないと」

「……ありがとう、ユキ!」


 自身の姿を堪能した彩華は、そのまま勢いよくユキに抱きついた。その行動を見越していたユキは、そのまま彼女を抱き寄せ、


「じゃあ、行こうか。……シロ、留守番よろしく!」

「え!?ユ、ユキ!!??」


 と言って、自室の窓から外に勢いよく飛び出した。

 ユキの部屋は、3階。彩華は、落下する感覚に戸惑いながらもユキにしっかりとしがみつく。


 すぐに、トッとユキのつま先が地面についた。もちろん、魔法を使っているので衝撃はない。


「……楽しかった?」


 と、怯え顔を披露する彩華とは正反対に、楽しそうな顔をするユキ。

 抱いていた彩華をゆっくりとおろしながらそう聞くと、


「もう!怖かったに決まってるでしょう!!」

「はは、姫は可愛いなあ」


 文句は言うものの、彩華もユキの性格は熟知しているため本気で怒っているわけではない。

 それをわかっているユキは、そのまま彩華の手を引いて城門へと向かう。


「……馬鹿にしてない?」

「してない、してない」

「……ユキの馬鹿」


 手を握り返し、ムスッとした顔でユキを覗く彩華。その表情は、本気半分、冗談半分といったところか。

 少し肌寒いが、手をつないでいれば暖かい。2人は、そのまま当てもなく街の方へと向かっていく。


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