5:秋収めは突然に①
ユキたちが演習をしている時。
風音は、高熱でうなされてベッドへ寝かされていた。もちろん、その顔にガスマスクはない。
「……」
ここは、城内の一室。以前話していた通りユキの部屋の隣に引っ越してきた彼は、レイアウトを楽しむ暇もなくベッドへ力なく眠っているしかない。その隣には、バイタルチェックの機械と魔力を補充するための点滴が置かれていた。
呪いに争う体力がないため、この瞬間も魔力を植物に吸収されているのだ。それを食い止めるためにも、常に魔力を補充し続けないといけない。彼の腕には、複数の点滴が刺さっていた。
「……」
さらに、彼にとって幸か不幸かは不明だが、髪が肩上までバッサリと切られ首筋が見える分か以前よりも色気が増した気がする。綺麗にウェーブのかかった髪が枕の上に広がっているので、彼の顔の小ささに拍車がかかっているのも関係していそうだ。
魔法使いは、美容師の資格を持たない人が髪を切ると魔力回路に異常をきたす。しかし、その工程は限界突破して魔力量を増やすのに必要なのだ。他にも刺青を入れたりピアス穴を開けたりしても良いのだが、一番手っ取り早いのが髪の毛を切る行為。その反動で、彼は今高熱を出していた。
「大丈夫?」
「……」
苦しそうに息をする彼を、サイドに置かれた椅子に腰掛けたサツキが覗いてくる。
起きた彼女も、ここに住むことを了承してくれた。少し前までと立ち位置が逆になってしまったのがなんだか情けない。風音は声をかけてくれるサツキに答えたいのだが、そんな感情と高熱によって声がでないらしい。
その身体から出る冷や汗の気持ち悪さがなければ、すぐにでも意識を手放しそうだ。
「……っ、っ」
距離が近すぎるため、サツキに向かって必死に手を動かし近づかないよう伝えるも、
「私、風邪はひかないから大丈夫。うつらないよ」
と、突っ返されてしまった。言いたいことが伝わっていないのか、今でも険しく呼吸を繰り返している顔がさらに険しいものになる。
今の風音は、自身から放出されているフェロモンを調整できるほど体力が残っていない。全開にしているため、彼女がそれに酔ってしまうことを恐れていたのだ。魔力が安定していないため、テレパシーすら送れない。風音は、情けなさで涙が出そうだった。
「……先生がそれを望んでいないから。私は大丈夫だよ」
そんな風音の表情を読み取ってくれたのか、サツキが言いたいことを理解してくれたようだ。その返答に安心した彼は、再び出した手を布団の中に入れる。
今の体温は、平熱より4.1度も高かった。回復魔法でどうにかできるレベルではないので、寝ていることしかできない。
「…………あ゙、ぁ」
と、声を出そうとするも、やはりうまく出ないようで呻き声しか発せられない。それどころか、息をするのも辛かった。これで、ガスマスクを装着していれば窒息死したかもしれない。
「大丈夫。先生の声、聞こえる。でも、今は休んで」
「……っ、……」
サツキに心配させてしまっている。
その事実が、風音に重くのしかかった。
自身が面倒を見ると言ったのに、今の立場は真逆のもの。さらに、心配そうな表情をさせてしまっている。こんな表情をさせるために引き取ったわけではない風音は、熱で弱っているせいもあり情けなさで感情を支配されてしまっていた。
そんな中、苦しそうに呼吸をする彼の手を握ったサツキは
「早く良くなりますように」
と、優しい声で言葉を発してくる。元々面倒見が良いのだろう。額に置いてあるタオルも、こまめに冷たくしてくれていた。
そして、それと同時に、自由に使えるようになった魔力で回復魔法を唱えてくる。緑色の光が発せられると、すぐに風音の身体を包み込んできた。
「……っ」
「先生、気持ち良い?」
暖かく、心地よいそれは、久しぶりの魔力でできる技ではない。
サツキは、彼がそれを望んでいないのはわかっていた。しかし、わかっていても止められない。
なんでも良いので、彼の役に立ちたかった。苦しんでいる風音には悪いが、少しでも恩返しをしたい彼女は必死なのだ。
「……」
そんな強い意志に観念したのか、風音は身体の力を抜きサツキの魔力を受け取った。
彼女は、ユキから譲渡された魔力を上手に使って魔法を展開する。久しぶりの魔力なのに、上手に使えるしコントロールもできていた。そこは、キメラなので器用なのだ。
きっと、ちゃんと訓練すれば主界並みの魔法使いに到達するだろう。
「私、睡眠で魔力回復できるようにユキにお願いしたの。その方が、先生の行動に合わせられるでしょう?」
と、風音を癒しながら、ポツポツと話し始めた。そちらを向くも、目が潤み過ぎてその表情はわからなかった。
しかし、ぼんやりとなら輪郭が見える。風音は、懸命に落ちそうなまぶたを開きサツキの顔を見ようとした。
「今はユキの魔力だけど。いつか……いつか、先生の魔力を私に入れて」
「……」
サツキは、風音の手を自身の両手で包み込むと、そのまま胸に押しつけた。昼間にも関わらず光り輝く、蛍石が埋め込まれた胸元に。
その胸は、年齢相応の膨らみも持ち合わせていた。熱で赤いのか、彼女の発言で赤いのか、はたまた、その行動によって赤くなってしまったのか。深く考えられない風音には、わからない。
「先生、先生。私……」
「……っ、っ」
しかし、これだけはわかった。
震える声を発する彼女は、自身のフェロモンに当てられている。
それに気づいた風音は、彼女の胸元にあった手に力を入れ、窓を開けるようジェスチャーを繰り返した。すると、
「わかった、開ければいいのかな」
気づいたサツキは、立ち上がりその手を離すと窓辺へと向かう。
自身がしたお願いなのだが、手が離れてしまうと少しだけ寂しくなってしまったのだろう。風音は、振り解かれた手を追いかけるよう、思わず空を掴む。
しかし、そんな彼に背中を向けていたサツキが気付くわけなく。そのまま、窓の鍵を開けると全開にしてくれた。
涼しげな風がふわりと入り、すぐに部屋全体へ秋の香りを運んでくれる。
「先生、気持ち良いね。風が鳴いてる」
と言いながら、後ろを向いたサツキ。
相変わらず視界がぼやけていてよく見えないが、その表情が笑っているのは確認できた。それをみた風音は、不安になった気持ちを落ち着かせる。
熱が高いので、弱気になっているのだ。
「っ、っ、……」
そのまま風音は、サツキを呼び寄せると動かしにくい腕をいっぱいに広げ、その小さな身体を抱きしめた。すると、急な行動にもかかわらず、気持ち良さそうに彼女が受け入れてくれる。
それが愛おしくて仕方ない風音は、少しだけ腕の力を緩めるとその額にキスをした。
「私、この身体が無くなるまで先生と居たい。だからね、先生、あのね……」
しかし、心地よい時間は唐突に終わる。
サツキが話していると、途中で風音の身体から一気に力が抜けてしまった。首に回されていた腕が、布団の上へと落ちていく。意識を手放したらしい。
そんな彼を覗くと、険しそうだった表情が一気に緩み、少し幼さを残した寝顔が映る。その瞳からは、涙が一筋こぼれ落ちていた。
「……ふふ。先生、結構幼い顔してるんだ」
そう言って笑うと、枕元に用意していた氷の入った桶で額のタオルを洗い、風音の汗と涙を拭う。
そして、その頭をゆっくりと撫でながら、
「先生、先生。私は、私のことを見つけてくれたあなたを裏切れない……」
蛍石を掴み、独り言のようにサツキは呟いた。
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