12:新芽は摘めず①




「こうちゃんさあああああああああああんんんんん!!!」


 今日も元気に、スライディングの練習に励む少女ユキ。

 いつのまにか鋼の素材になっているレンジュ城の執務室の扉が、彼女の華麗な一撃によって粉砕される。


「だーー!毎回毎回お主は!」


 資料をさばいていた皇帝は、扉が砕かれた音を聞いて顔を上げる。その予想以上惨劇に、ため息をつきながらも文句は言いたい様子。大国のお偉いさんとは言い難い態度で、ユキの「いたずら」に怒鳴り散らす。

 しかし、承知の通りそんな小言で厚生するような彼女ではない。ザンカンから帰還するも、さほど変わった様子はないようだ。


「ん?……あ、ちょっと素材残ってる」


 と、その行為についてではなく、蹴散らした扉が完璧に粉々にできなかったところを反省している。それは、いつもの日常そのもの。


「……宮」

「はい……」


 皇帝は、これまたいつも通りに大きめのため息をつきながらその名前を呼ぶ。

 すると、先ほどから彼の後ろに立っていた今宮が素早く電話を取り出しどこかにかけ始める。その声かけに、細かい指示はいらない。なぜなら、いつも扉修理の依頼をしているのは彼だから。


「……こちら、皇帝の」


 と、感情的になっては負けだとでも言うように冷静な声で、電話対応をしている。

 そんな用件を話す今宮を横目に、皇帝は


「次はお主のポケットマネーから出すぞ」


 と、目の前で平然と口笛を吹くユキを脅す。が、まあこれも御察しの通り。


「えー、じゃあ通勤手当と特別手当から出しといてよ」


 なんとも思っていないらしいユキが、指を折りながら金額を確かめ返答してきた。真面目な顔して言うものだから、国の予算の話でもしているよう錯覚させてくる。

 しかし、騙されてはいけない。発端は彼女であることを、忘れてはいけないのだ……。


「それに、美貌手当ね」


 いや、これを言うために真面目な顔して発言したらしい。

 ウィンクをブチかましなんとも無駄な色気を披露するユキに、皇帝の顔色がサーッと青くなった。電話で日取りの確認をしている、今宮の顔色も同様に。


「はあ。……まあなんだ、元気でなによりじゃよ」

「おかげさまでなんとか。マナとサユナから譲渡してもらったから6割は回復してるよ」

「そうか、女皇帝に感謝せねばな。……とはいえ、お主はもう少し自分を大事に」

「してるしてるー」


 と、お説教が始まりそうな雰囲気になるも、それを軽く流し鏡をチェックし始めるユキ。これでは、お説教どころではない。きっと、今会話をしても右耳から左耳を通って内容は抜けてしまうだろう。いや、まだ中に入るだけ良い。彼女の場合、故意に全く聞こえていない状態を作り出すので言うだけ無駄と言うもの。ユキとの会話に、ため息はつきものなのだ……。

 しかし、彼女も人の話を聞かない扱いにくい人間ではない。心配されるのが苦手で、かつ、どう反応して良いのかわからないだけ。その辺りは、まだまだ子どもらしい。


 それをわかっている皇帝は、


「お主に報告がある」


 と、椅子に座り直して改まった空気を出し始めた。

 今宮も電話を終えたようで、まっすぐユキを見つめながら立っている。なお、この時点で粉砕された扉はなくなっている。今宮がいつの間にか掃除したらしい。扉がないと言うことを除けば、いつも通りの執務室の姿を取り戻していた。


「え?伝言は聞いたよ」


 ザンカンでの任務を終えたユキは、その足取りでアカネの居る病院へと向かい伝言を聞いていた。武井の治療が完了するまで律儀に待っていたらしく、待合室の長椅子に座っている彼に声をかけるとそのことについて教えてもらったのだ。

 もともと、武井の様子が気になって病院へと向かったのだが結果オーライと行ったところか。

 会って早々、今にでも殴り合いが始まりそうな雰囲気になりつつも、伝令書を渡された彼はその任務を遂行してくれた。……まあ、舌打ちやら戦闘時の文句やらが多かったので解読に時間を要したことも記載しておこう。


「その話は、ザンカンでの報告と一緒にな」

「えー、じゃあ何?追加任務?」

「うぬ、そうじゃ」


 もらった伝言は関係ないらしい。

 皇帝の回答に、ワクワクするユキ。新しい任務を聞くのは、いつになっても楽しい。伝言の内容が深刻なものだったので、なおさら。


「実はな……」

「失礼します」


 と、引き出しから書類を出し説明を始めようとした時のこと。

 本来ならばノックして入室すべきなのだが、なんせ扉がない。それに疑問を持ちつつな表情をした、複数の魔法使いらしき人物がやってきた。気配を感じ取っていたユキは、素早く物陰に……皇帝の座る机へと隠れる。


「定例会です」


 それは、下界の教師たち。次々と集まって来て、いつの間にか部屋がいっぱいになってしまった。こうやって、定期的に集まって状況報告をしているらしい。

 ユキがその中の気配を追うと、風音や武井のものも確認できた。武井が歩けるようになったことに安堵する。


「おお、そうじゃったな。ご苦労」


 皇帝は、今宮に机上の資料をどかすよう指示を出し立ち上がった。それに素早く対応する今宮。慣れているようだ。ユキは、それを邪魔しないよう身体を捻って避けている。魔法を使って手伝うことはしないらしい。まあ、バレたら色々アレなので今回は良しとしよう。

 綺麗になった皇帝の机には、下界の教師たちからの新たな資料が積まれていく。ここに、今までの行動や任務遂行記録などが記載されているのだろう。それを見た皇帝は、眉間のシワをピクピクとさせるも、気づいたのは今宮だけ。彼は、相当執務が嫌いなようだ。


 やっと全員が資料を机の上に置き終わったのは、それから5分が経過した頃。相当な数だ。

 すると、いつも手順は決まっているのだろう。端にいる人から、定型文のような報告が始まった。


「ナンバー6、メンバー竹田・ミチ・東雲。任務数45、うち海外任務3。演習1で、合計報酬額は20万。順調です」

「ナンバー3、メンバー真田・桜田・後藤・天野。任務数50、うち海外任務2、演習4。報酬額は19万5000。こちらも順調」

「ナンバー2、メンバー吉良・ユイ・ミミ。任務数66、うち海外任務6、演習2。合計報酬額は32万。海外任務で負傷者ありですが、回復しています」


 と、教師たちが魔法で出したステータスを順々に読んでいく。任務数と報酬額は、見合わないらしい。

 そのあたりのシステムに詳しくないユキは、数字を聞いて興味津々な様子。元々、管理部としての報酬しか受け取ったことがない彼女。任務を管理する立場である今宮とは違い、疎いのは当然だろう。


「ザンカンでの活躍は聞いとる。ご苦労じゃった」

「ありがたきお言葉」

「お主の身体はどうじゃ?」

「万全です。アカネさんにお礼をお伝えください」


 と、武井に向かって労いの言葉をかける皇帝。

 アカネは、ユキに伝言を残すとそのまま国に帰ってしまったのだ。どうやら、武井を待っていたのではなく、どうやって伝令書の内容を伝えるのかを考えてそこにいたらしい。故に、武井が治療を終えると彼の姿はどこにもなく。その後、国に帰っても探したらしいが捕まらなかったようだ。

 アカネは、特殊部隊の「光」であると同時に魔警1課の捜査官だ。忙しいのだろう。


「私が伝えますよ」

「ありがとうございます」


 後ろで静かに聞いていた今宮がそう言うと、武井が嬉しそうな顔をして敬礼した。

 忘れがちになるが、今宮は、国の中で皇帝の次に地位のある人物。故に、公に出るとこうやって敬礼されるし、尊敬の眼差しで見られることもある。忘れがちになるが。


「今回いろんなチームが行ったザンカン国とは、同盟関係を築いておる。これからも演習や任務で行き来するじゃろう。仲良くやってくれ」


 と、皇帝が話をしめると、引き続き報告の場と変わっていく。


 なお、ザンカンとの友好関係を築いてきたのは、誰でもないユキだった。いや、「ななみ」か。

 彼女もこの城に住む限り、皇帝の付き人としていろんな国の人と交流をしないといけない。その話も、追々することとしよう。今は、定例会に戻る。


「……ナンバー23、メンバー葛目・メアリー・空牙。任務数……」

「(こんな風に報告してるんだ……)」


 ハキハキとした声が執務室を占領し、次々とその成果がユキの耳にも入ってくる。

 彼女は、公にされていない管理部メンバー。故に、今宮のように公の定例会への出席は皆無だ。初めて聞くそれ、感動を覚えてしまうのは致し方ない。


 しかし、そんな彼女にもわかることが1つ。執務室を埋め尽くしている下界教師たちの人数が、アカデミー卒業時に知らされていたものよりグッと少なくなっていると言うことだ。

 今回下界になったチームと既に下界になっているチームを合わせれば、少なくとも80はいるはず。しかし、そこにはせいぜい50人。


「(脱落か)」


 それは、魔法使いになりたてである下界ランクでは珍しくないこと。


 平凡な任務に耐えきれない人、過酷な演習に耐えられない人など辞める理由は、それぞれ。

 1人メンバーが辞めてしまえば、そのチームは解散になり別メンバーを探す必要があるシステムが採用されていた。故に、1人でも欠員が出てしまったチームは新たなチームを組むため申請を出す必要がある。が、そんな結束のないメンバーを拾ってくれる人は少ないのが現状だ。欠員同士でうまく組めれば良いのだが、タイミングが合わなければできないこと。

 結局、バラバラになってそのまま一般人として生きる道を歩むしかないのが現状なのだ。そのあたりのシステムは、今のレンジュでは如何しようも無い。


「……(退屈だ)」


 そんな1時間近く報告が続くと、本来一箇所に止まっていることを知らないユキがそわそわしだす。

 今宮に向かってくすぐりの魔法で遊ぼうとしたが、すぐに気づかれて拳が飛んできてしまったので諦めたという場面も何度か見受けられた。すると、今度は


「……いまみや、やさしくない、いかるとこわい、いすにすわろうとしてこけているところをみた、ただのアホ」


 小さな声で、しりとりがスタートする。

 よく聞いてみると、全部今宮の悪口だ!皇帝にも聞こえたのか、肩が震えている。


「以上、全50チーム。報告は以上です」


 と、最後の列の教師が読み終えると報告会は終わるらしい。少しだけ、緊張感のある空気が緩んだ。


 皇帝は、この報告を立って聞く。

 彼は、「座っていたら、見えるものも見えない」とよく言っていた。こういうところが好かれるのだろう。それだけの体力はまだまだあるのだ。


「うむ。確かに受け取った。上界に上がれそうなチームもあるな。精進せよ」


 敬礼で、その言葉を受け取る教師たち。

 下界の教師は、すべて主界。……もしくは、影。だが、それは稀。どちらにしろ、実力者が集っているので、安心して下界の魔法使いを育てられるシステムになっている。それは、上界に上がり安定してチームで任務を取れるところまで見届けるのが基本。

 故に、風音もしばらくは今のチームを担当していくのだろう。彼に正体がバレて……と言うより、勝手にバラして……多少任務がやりやすくなったユキは、素直に喜んだ。


「では、次もよろしくお願いいたします」

「よろしく。……あぁ、ユウトくん武井くんザンカンでの報告を」

「承知です」

「はっ!」


 定例会自体が、報告会そのものだったらしい。皇帝の言葉で解散になると、ぞろぞろと教師陣が部屋を退室する。……数名、いつもあるはずの扉に目を向けているが、まあ気になるよな。わかるよ。


 名前を呼ばれた2人だけ、その場に止まった。 

 全員がはけたのを気配で感じ取ったユキは、机の下でパチパチと音を立てて青年の姿へと身体変化させる。そして、


「よっ、お2人さん」


 と、机の中からひょっこりと顔を出し軽く手を挙げた。



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