11:視線が交われば①
「だいぶ落ち着いたみたいだね」
ユキは、ベッドの上で目を覚ました。外を見ると、まだここに来てからさほど経っていないことがわかる。とはいえ、1時間は経っているだろう。それだけのことをした記憶が、彼女にはある。
「……ありがとうございます」
「なんで感謝?オレの方が楽しいことさせてもらったんだからいいんだよ」
「馬鹿……」
「あはは、可愛い。久しぶりだったから加減わからなかったけど、大丈夫だったかな」
その返答に真っ赤になりながら起き上がると、上に掛けてあった布団がフワリと落ちた。すると、彼女は一矢纏わぬ姿を曝け出す。戦闘で傷ついた身体は、未だに血濡れたまま。それが布団も真紅に染めているものの、目の前で同じ格好をする成人男性は特に問題視していない様子。体臭なのか、甘い香りを漂わせながらユキの頭を撫で上げる。
「……大丈夫です。魔力も半分以上戻ってる」
「あれだけやって、半分か〜。自己回復できそう?」
「はい、問題ありません」
布団から出たユキは、自身の胸に手を当てて光を放つ。すると、隣にいた男性が、にこやかな表情でユキの魔法を見つめていた。眩い光が消えると、綺麗な肌を曝け出したいつもの彼女の姿が。それを見た男性が満足そうに、
「相変わらず綺麗だね」
「……マナに怒られますよ」
と、茶化してくる。
ユキは、少しだけ不機嫌になりながら近くのソファに掛けてあった服を身に着けると、そのまま少年の姿へと身体変化させた。パチパチとした光が消えると、いつもの戦闘服になった幼いユキが現れる。もう、その身体に傷はない。
「君の容姿なら、男の子でもいけそう」
「……変態」
「なに、知らなかったの?」
「知ってます。……3年も前から」
ユキは、そのまま会釈し部屋を後にした。これ以上会話をしたくない、そう全身で表現しているかのように威嚇しながら。
残された彼も、慣れているようで何も言わない。見ていないとわかっても、笑いながら手をヒラヒラとユキに向かって振っている。
血で真っ赤になった布団は、そろそろ乾きつつあった。
***
「こちら、飲食料が置いてあります」
「ありがとう」
「人数分あるので、ゆっくりお取りくださいね」
誘導も、慣れてきたのか板についてきた。ゆり恵は、他のメンバーやザンカンの役員と一緒に講堂にて住民への食料を配っている。
先ほどまことたちが帰ってきて、戦闘に巻き込まれていることを知った。武井がぐったりとした状態で、レンジュの「光」に抱えられ運ばれたのを見たときは顔を真っ青にしたものだ。重症の武井には申し訳ないが、あれがまことだったらと考えてしまったため。
今、彼は「光」と救護班と一緒に病院へと運ばれていた。故に、壁に背を預けている風音が2チーム分を見ていてくれている。
……余談だが、風音も誘導や食料配りなどをしようとこちらにきていた。しかし、その怪しすぎる容姿故に子どもが泣き出してしまい、仕方なく退散したという場面もあったと記載しておく。
「ゆり恵ちゃん!」
「ユキくん!?」
そんな時だった。
後ろから自身を呼ぶ声に振り返ると、そこには会いたくて仕方のなかったユキの姿が。こちらに向かって駆け寄ってきている。そして、いつものあの安心させてくれる笑顔で、
「よかった、会えて」
と彼がにっこり笑うものだから、ゆり恵の瞳には涙が浮かんでしまった。
彼女なりに、武井も重症になるような戦闘に巻き込まれていたらどうしようなど色々考えていたのだ。
「……」
「え、ゆ、ゆり恵ちゃん?」
「よかった……よかった」
その姿に、慌てるユキ。
ゆり恵は、周囲の人がこちらを見ていることに気づいたが、ポロポロと隠しもせず涙をこぼす。
この国に来てから、ずっと心配していた彼女。今、その張り詰めたものがプツンと切れたようだった。
「……」
それを無言で見ていたユキは、ゆり恵を抱きしめた。
「ななみ」として同行していたので、彼女が自身のことを心配していたのは知っている。だからこそ、こうやって彼女のところへ最初に出向いたのだ。
そのひたむきな純粋さは、ユキには持ち合わせていない感情。少しだけ、その気持ちが羨ましく感じてしまう。
「……!」
急な包容に、ゆり恵が周りを気にして視線を巡らせると近くにいた早苗と目が合った。彼女は、それを見てにっこりと笑っている。それへ答えるように、ユキの腕の中で顔を赤くする彼女。
ゆり恵は、そんな彼からふわっと甘い香りがしたのを感じ取る。何の匂いなのかはわからないが、不快になる類のものではない。
「ユ、ユキくん。近いよ……」
ゆり恵の声に、やっと彼が離れていく。同時に、頭をポンポンと撫でられたので、さらに顔が赤くなってしまう……。しかし、
「……ありがとうね」
「……ユキくん?」
その返答は、いつもの明るい声ではない。一瞬、別人になったのかと思ってユキを覗き込んだが、いつもの彼だった。不思議に思い声をかけても、ニッコリと笑うだけ。そして、身体が離れるとそのまま講堂の中へと入っていってしまう。
「……ユキくん」
抱きしめられた時、彼の身体はひんやりと冷たかった。
今まで、どこにいたのだろう?
***
「さっきはありがとう」
「へ?なにが?」
「?」
誘導が大方終わった時。
まことが、隣で誘導に徹していた吉良とユイにお礼を言った。
すると、2人は意味がわからないようで、キョトンとした表情になってまことを見つめている。
「あの時、僕、なにもできなくて……」
そうまことが恥ずかしそうに言葉を絞り出すと、ユイが、吉良の顔をチラッと見た。すると、吉良は大きなため息をつき、
「……お前さー、卑屈になりすぎ!」
「え」
と、少々イラついたような口調でそう言い放ってきた。
そんなことを言われるとは思わず。まことは、住民に渡すつもりでいた非常食の缶詰を握りしめながら表情を硬くする。
「お前、俺らを攻撃から守ってくれてたでしょ
「……」
「倒れたユイを介抱してくれた」
「……」
「それで、何もできない?ふざけんなっての」
正面からこんな風に言われたことがなく、言葉が重くのしかかった。
吉良は、本気でそう思っている様子。それは、その口調の強さからわかる。
「お前には、お前の役割がある。もちろん、俺やユイにも」
ユイが、それを聞いてコクコクと頷く。どうやら、彼も同じ気持ちだったらしい。だから、先に吉良の表情を伺ったのだろう。
言いたいことを言い終えた吉良は、まことの胸に拳を当て、
「お前ができることを全力でやれ。俺らもそうしてる」
「……」
と、真剣な表情で言ってきた。
卑屈になってた?
まことが、その言葉によって自身に問いかける。そういえば、卒業試験の時もそうだったなと思い返しながら。
卒業試験の時も、自分の心配よりも自身の教えた友達の気持ちばかり心配していた。嫌われたくないという、別の感情があったから。しかし、今考えればなんて馬鹿馬鹿しいんだろうと思えてくる。仲間を信用するという気持ちよりも嫌われたくないという気持ちを優先していた自分が恥ずかしくなった。
嫌われたくないから、お世辞を口にする。それは、周囲と自分の間に大きな壁を作ってしまう行為だ。まことは、それに気づいた。
「……ありがとう」
まことは、ふふっと笑い2人を見た。ここで、お世辞はいらないのだ。
仲間なのだから。一緒にあの戦闘をくぐり抜けた、仲間なのだから。
すると、胸に置かれた拳がさらに力強く押される。
「強くなろうぜ。光や影みたいに」
そう言ってにっこり笑う吉良が、眩しい。彼は、強い。きっと、これからも著しい成長を遂げるだろう。
今回、吉良やユイから学ぶことが多かった。いつか、恩返しがしたいな。
まことは、ぼんやりとそんなことを思った。
「うん!」
改めて、3人は互いに握手して笑顔を交わす。
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