4:少年と少女


「お父様、ユキが居ないわ」


 ユキが魔法アカデミーに到着した頃。少しだけ息の上がった彩華は、彼を探して執務室へと出向いていた。


「ユキは任務中じゃ」


 そこにいた皇帝は、山積みになった資料に印を押しながら娘と顔を合わせずに答える。資料が山積みになっていることもあり、彩華からも父親の顔は見えない。

 執務室の扉前にいる彼女が困った顔をするも、それは相手に見えていないのだ……。


「あ、ちょっと皇帝!今の資料、目を通さないで印押しましたね!」


 と、皇帝の後ろに居るのは、付き人の今宮いまみやルナ。

 よく名前で勘違いされるが、立派な成人男性だ。執務をさぼりがちな皇帝の監視が主な仕事。皇帝直属の管理部に所属する、唯一国民や政治家たちに公表されているメンバーである。真面目が服を着て歩いている、とユキからからかわれるほどその性格は真っ直ぐだった。


「あら、今宮さんこんにちは」


 彩華は、資料に紛れて見えなかった彼に気づき挨拶をした。すると、


「こんにちは、姫。ユキさんはしばらく任務で帰ってきませんよ」


 容姿にぴったりなハキハキとした声で回答がきた。彼の言葉に、彩華は入り口でしゅんとした寂しそうな顔を見せる。


「やっぱり。どこ探してもいないんだもの」

「ユキに何用じゃ。明日なら、公用だがあやつに会う時間ができる」


 どうやら、ここにくるまでにいろんな場所を探したらしい。だから、入ってきた時に息があがってたのだ。

 皇帝は、先ほど読み飛ばした資料に目を通しながら娘の寂しそうな声を聞きつけそう事実を伝えた。後ろでは、相変わらず鋭い目が監視している。


「じゃぁ、私も会いたいわ!」

「いや、公用だから個人的な話は出来ん」

「……そうなの」


 彩華の寂しそうな顔を再度雰囲気で感じ取った皇帝は、何やら考え事をしている。


「姫、ユキさんの任務が終わったらすぐお伝えしますよ」

「……明後日の夜になら連れてこれるぞ。それまで待てるかの」


 と、今宮の発言を無視するように皇帝が言った。


「……いいの?お父様大好き!」


 すぐに嬉しそうな声を出す彩華。

 それを見た今宮は、皇帝をにらんだ。が、資料の山で彼女には見えていない。


「皇帝!姫に甘いですよ!」


 そう言いつつ、彼も彩華には甘い。その証拠に、皇帝が出した提案を却下していない。


「まぁまぁ。ユキにも良い息抜きになるじゃろう」

「お父様、約束ね!」


 ユキに会う約束をすると、彩華は、スキップでもしそうなほどの上機嫌で執務室を後にした。それを、書類の隙間から横目で見送る今宮。


「……姫には、ユキさんのこと話してないんですか?」


 彼女がいなくなると、今宮は一段階低い声で皇帝に話しかけた。すると、資料を読み続ける皇帝の手が止まる。


「なんのことじゃ」


 しかし、それは一瞬だけ。

 すぐに、目で文字を追うように首を動かし始めながら質問を質問で返す。


「ユキさんが女性だと、姫はご存じないでしょう。しかも、年下だと」


 皇帝は、目線を文字に落として何も言わない。


「同い年だと思ってますよ。姫はいつまで蚊帳の外なんですか」

「……」

「私だって、ユキさんの本当の姿を見たことはありません。年齢も知りません。けど、姫に知られた時どうするのですか」

「……」

「そもそも、化けるのは禁忌魔法でしょう。ユキさんになにかあったら姫は悲しみますよ」


 彼の言う通り、自身を別人に変化させる魔法は界隈では禁忌とされていた。自身を変化させる魔法は高度で、失敗すると身体の一部を失ったり最悪の場合死に至ってしまうためだ。魔力コントロールができる主界の魔法使いにも、その魔法は難しい。

 少し責めるような口調で彼が話すと、やっと皇帝が口を開く。


「いつか真実がわかるじゃろう。……それに、禁忌についてはわしが口を出す話ではない」


 そのまま、資料へと印を押し始めてしまう。

 これ以上は話してくれないとわかった今宮は、ため息をつき、


「……まぁ、事情がおありなのでしょう」


 と言った。

 今宮も、ユキの過去は知っている。あの、忌まわしい過去を。

 彼女は、両親を拷問され殺されただけではなく、一族全員を何者かによって暗殺されている。誰が敵なのかわからない状態で、本当の姿を見せずに化けているのは仕方のないことだと理解はしていた。

 彼は今までに、少女や青年、少年の姿になった彼女を目撃している。故に、どれが本物なのか、わかっていない。


「いつか姫に話してくださいね」


 現状、姫は青年の姿をしたユキとしか面識がない。なぜ、そうなのかわからないが……。今宮は、そのことが気がかりなのだ。


「……そうじゃな。彩華もあと2年ほどで20歳。知る日が近いかもしれぬ」

「その時は、私もお手伝いいたします」


 その言葉に微笑みながら、皇帝は資料に目をうつし再び印を押し始めた。まだまだ目の前には、今日中に捌かないといけないものがたくさんある。


「あ!また読んでない!ちゃんと読んでから印を押してくださいよ、何やってるんですか!」

「お主はよく見てるの」

「これが仕事です!!」


 ……どうやら、皇帝は執務が苦手のようだ。



 ***



 そんな展開になっているとは露知らず。


「ヘーイ、太郎」


 ユキは、アカデミー入り口で入館手続きをしていた。

 ここでは、セキュリティの関係で部外者は入館時に手続きが必要なのだ。誰でもスイスイ入れるわけではない。

 小さな古屋のような場所では、男性が1名警備服に身を包み立っていた。


「はい、ではここに名前を書いてくださいね」


 「太郎」と呼ばれた受付の男性は、ユキを胡散臭い目で見ながら書類とペンを渡す。その書類には、規律的な枠がずらっと並んでいた。すべて空欄ということは、今日の来客はユキが最初か。


「わかった、俺のサインが欲しいのね」

「いや、あの……」

「こんな小さな欄でいいの?」

「名前だけいただければ結構ですので……」


 太郎(仮)は、怪訝な顔をしながらも名前を記入する欄を指さす。しかし、当然ながら会話は成り立たない。


「はいはい、天野ユキ、っと」


 渡されたペンを使い、どこで覚えたのか慣れた手つきでサラサラッとサインすると、


「君、名前は?」


 と、聞いた。……自分で太郎と呼んでいたのにな。


「……はぁ」


 太郎(仮)は、そんなユキを見て唖然としている。その目は、"何か宇宙人とでも会話しているだろうか"と言っているよう。


「わかった。……君へ、これでいいかな」


 そう言って、言われた名前……というかためいきをそのまま文字にする。そして、書き終わるとペンと用紙を太郎(仮)に返した。ご丁寧に、キャップを閉めている点は評価できる。


「はぁ……」


 太郎(仮)は、そう言う以外に言葉がない様子。入館に必要なサインが欲しかっただけなのに、そこには芸能人たちがするような立派なサインが書かれているのだ。しかも、枠を無視して。

 しかし、それだけでは終わらない。


「これ、自家製のしょうが。温まるよ、特別はぁ君にあげよう。大事にするんだよ」


 そんな放心状態の彼に追い討ちをかけるように受付にしょうがを置くと、ユキは建物へと入っていった。


「……はぁ」


 太郎(仮)は、何か別次元のものを見たかのような目でユキの後姿をしばらく見ていた。わかるよ、その気持ち。すごくわかるよ……。


「……かっこいい」


 ……いや、わからないわ。

 太郎(仮)は、スマホでユキのサインを写メると、うれしそうにスマホをポケットしまった。それだけでは足りないようで、受付の用紙を奥に持っていき機械で印刷している。

 ああ、そうか。ユキは、一応芸能界でも多少名の知れたタレントだったな。今もドラマ出てるしな。にしても、ツッコミどころの多い展開であることは違いない。


 大丈夫か、魔法アカデミーの受付。こんなんでいいのか、魔法アカデミーの受付。

 太郎(仮)は、貰ったしょうがとコピーした用紙を大事そうに抱え、仕事に戻った。



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