01:レンジュ大国管理部所属、天野ユキ

1:少女と青年①




「…………やっぱり、いつもの夢、か」


 天野あまのユキは、自室のベッドで目を覚ました。夢の内容とは真逆の、晴れ晴れとした光が部屋に差し込んでいる。

 ベッドから起き出した彼女はまさに寝起きの姿。本来ならば艶のある白く長いストレートな髪は、見事にその原形を保っていない。

 ユキは背伸びをし、お腹に乗っていた灰色の愛猫を退かし起き上がる。服を着て寝る習慣のない彼女は、12歳の少女らしい……いや、発達が良いのかすでに女性になりつつある魅力的な上半身を曝け出した。

 白く透き通った肌、整った顔立ち、バランスの良い身体つきは、誰が見ても美女と言うであろう。しかし、その完璧な容姿を生気のない黄色い瞳が否定している。

 ギャッと猫の悲鳴が聞こえると、ユキは笑いながら、


「シロ、ごめんよ」


 と言った。メス猫のシロは、それを聞いていたのか聞いていなかったのか……。グイッとひと伸びすると、飼い主の方を見向きもせずにさっさと部屋を出ていってしまう。

 その後ろ姿に再度笑いながらベッドから出ると、自身の両手を広げて胸に押し当てた。すると、指に光が集まり全身へと広がっていく。


「……」


 光が消えると、少女の身体は青年へと変化していた。

 身長がグーンと伸び、髪も短くなっている。その、バランスの取れた身体と整った顔のパーツは、少女姿の面影を残していた。


「今日は青く行きましょうかね」


 鮮やかな青いシャツと少し濁った色をしたジーンズ、灰色のベストを身に着けた青年は、鏡で入念に服装確認をする。


「うーん、なにかが足りない。深みと苦さをブレンドしてマイルドにして……」


 珈琲と何かを勘違いしているのだろうか。

 彼は心地よいアルト声を発し、人差し指を振りシャツの襟に黒のラインを2本入れた。そして、シャツのボタンを赤や黄、緑の色に変えていく。


「よし、完璧」


 自分の恰好に満足した青年姿のユキは、そのまま入口へと向かう。が、


「おっと、忘れるところだった」


 不意に立ち止まると、目を閉じた。

 すると、先ほどまではヒマワリが咲いたような色だった瞳が、真っ黒になっているではないか。髪色も、白から黒に変化している。


 ここまで変わってしまえば、元の少女を想像しろという方が難しいだろう。


「ん、最の高☆この美貌にかなう者はいない!」


 なにやら満足そうにつぶやくと、シロに続き部屋を出た。



***



 民族衣装を身にまとった黒髪少女は、書類を片手に退屈そうに足を投げ出した。


 ここは、レンジュ国皇帝直属の執務室。皇帝が執務や報告会などを行なうための場所だ。故に、そこには大量の書類が山積みにされている。

 窓の外からは、明るい日差しと一緒にレンジュセントラルの街並みが奥に広がっていた。人が絶え間なく行き交い、賑わいを見せている。その活気が、窓越しでも伝わってきそうだ。


「これ、彩華あやか。お主は皇帝の娘じゃぞ。もうちっと、なんというか……気品を持たんかね」


 と、中央の机に座りながら山積みの資料を読み込む皇帝本人が、ソファでだらしなく座っている娘を咎める。そう言われると、長い髪を揺らしながら少女は嫌々足を直した。


「もー、お父様はうるさいわ。私は皇帝の娘だけど、ちゃんと性格も行動も尊重されるべきである国民の1人なんだからね」


 ぷーっと膨れながら話す彩華の言葉に、皇帝は白くなった顎髭を触りながらため息をつく。


「まったく、口だけは達者に育ちおっ……」


 しかし、皇帝の言葉は最後まで言えず、入口付近から聞こえてきた爆発音にかき消された。それと同時に、頑丈そうに見える分厚い扉が綺麗に真っ二つになる。その音の正体とは……。


「はいはーい、親子喧嘩はそこまでー」


 いつの間にか、彩華と皇帝の間に青年姿のユキが入っていた。どうやって移動したのだろうか。その場にいた2人には見えなかったようだ。

 とはいえ、この光景は日常なのだろう。誰一人、驚く者はいない。


「あら、ユキ!起きたのね。今日もかっこいいわ」

「ありがとう、姫も美しいよ。髪飾りと服が似合って一層輝きが増してる。さすが、俺の姫だね」


 歯の浮くようなセリフを吐いたユキだが、彩華はそんな言葉に感動するかのようにうっとりと聞き入っている。……皇帝は吐き気がするのか、先ほどとは打って変わって顔色がよろしくない。


「……これ、ユキ。なんというか、普通に入ってくることはできんのかね」


 と、皇帝は壊れた扉を虚しく見つめながら言う。あれだけの分厚さがあれば、かなり値段が張るものに違いない。


「ふっ、俺くらいの美貌になると普通という言葉が辞書から消えてくのさ……!」


 皇帝さん、この人には何を言っても無駄ですよ。そして、彩華さん。こいつのことかっこいいとか考えてたらダメですからね。


「かっこいい……」


 ……ダメですからね。


 彩華の言葉と憧れの眼差しに、皇帝はため息をついた。


「ねぇ、ユキ。今日も幻術を見たいわ。あなたの幻術はとても美しくて、私好きなの。いいでしょう?」


 と言って資料を机に投げ出す彼女は、キラキラとした目でユキの方を向く。しかし、ユキは彩華に直接返事をするのではなく、皇帝の顔を見た。良し悪しを決めるのは、彼だからだ。


「……どうせお主はダメと言っても見るじゃろう。稽古事の時間までには帰ってくるのじゃぞ」


 呆れ口調ではあるが皇帝の言葉を聞くと、すぐに嬉しそうな表情になる彩華。彼の意見が変わる前に、とでもいうようにパッと立ち上がり、ユキの手を強引に引いて部屋の外へ向かう。彼女は、18歳。執務よりも、遊びに重きがいってしまうのは致し方ない。


「お父様、ありがとう!」

「こら、前を向いて歩かんかい!」


 ユキは皇帝へ無言で片手をあげて挨拶をし、はしゃいでいる彼女に引かれるままその場を後にする。


「シロ、おはよう!ユキと遊んでくるわ」


 壊れた入口の扉にいた傭兵と日向ぼっこしていたシロにそう言うと、一気に走り出す彩華。その傭兵は、これまたいつも通りなのだろう。壊れた扉を特に気にすることなく、爽やかな顔を披露する。


「そういうことだからよろしく〜」

「皇帝のお守りはお任せください!」


 適当な言葉を放つユキに向けても、敬礼をする傭兵。そのまま、彼らに見送られるように2人は執務室を出ていった。


「……明るくなったのう」


 入り口付近まで移動した皇帝は、その後ろ姿を見ながらポツリと呟く。その声は、先ほどよりもずっと落ちついているもの。


「そうですね。ユキ様が来てから、姫様は明るくなられました」


 その言葉を聞き取った傭兵は、微笑みながら彩華の後姿を見ている。


「…………そうじゃの」


 しかし、皇帝の目線は、娘ではなくユキに向いていた。そのことに気づいていない傭兵は皇帝へ敬礼し、再度扉を背に警備へつく。

 今日は、隣国からの客人が来るためこの扉の警備が必要になっていた。なので、いつもは無人だ。名も知らない傭兵は、真っ直ぐに立ってその場を守っている。


「さてと、扉の修理でも頼んでこようかの」


 皇帝は、そのままユキたちが走って行った方向とは真逆に歩いて行った。その姿を確認したのか否か、続いて日向ぼっこしていたシロが大あくびをし、尻尾を立たせながら優雅な足取りでその場を後にする。


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