本編

プロローグ:過去

小さな私と小さな世界①

 


 晴れて、風が気持ち良い日だった。

 そよ風に合わせて木の葉が踊り、昨日降った雨の粒が光に反射してキラキラとした輝きを見せつけてくる。その日は、連日の雨が止み久しぶりの晴れだった。


「お父さん、お母さん。いってきます!」


 白髪少女の天野ユキは、魔法アカデミーに向かうためいつものように白い鞄を背負って玄関に立った。その中には、小さな彼女の身体に負担がかかりそうな、少々重めの教科書や辞書が詰まっている。ユキが水たまりを飛び越え軽快に動く度、時折鞄の端からそれが顔を見せた。


「いってらっしゃい」


 この人はユキの父、天野イチ。

 優しくて力持ちで、ユキを片手で軽々と持ち上げてくれる。力があるだけでなく、手先も器用。日曜大工から楽器演奏までと、その器用さは幅広い。

 魔法だって、主界リーダーに所属するほどの実力者。ユキには、それが誇らしい。


「ちゃんと前向いて歩くのよ」


 母は、天野ななみ。彼女はアカデミーの教師だ。

 そして、なんと言っても料理が天下一品。特に、ユキは舌がとろけるくらい美味しいオムライスが大好きだった。

 手芸も得意で、今、彼女が胸元で光らせているネックレスも手作り。アカデミー卒業時に必要になるネックレスは、母に作ってもらう約束をしていた。


「今日のご飯はオムライスだからね!」


 と、ユキが念を押すように眉を吊り上げ強めの口調で言うと、


「はいはい。任せなさい!」

「わーい」


 笑いながらななみがそれに答えてくれる。

 ユキはその言葉を聞くとすぐに、ジャンプし喜びを表現した。それと一緒に、重たい鞄も揺れるがあまり気にしていないよう。コロコロと変わる表情は、見ている2人を笑顔にした。


「お母さん大好き!」

「おいおい、父さんは好きじゃないのかい」


 隣でななみだけが抱きしめられているのが気に食わないのか、イチが不機嫌そうな表情を覗かせてきた。それを見たユキは、


「勿論、お父さんも大好きだからね!」


 と、付け加えてななみ同様ギュッと強めに抱きしめる。

 ユキの自慢は、こうやって家族の仲が良いことだった。アカデミーの勉強が大変でも、家に帰れば家族が笑顔で出迎えてくれる。それが、彼女の心の支えになっていた。


「なんか取ってつけたような言い方だなあ……」


 そういいつつも、娘からの抱擁に表情を緩める。言ってしまえば、単に親バカなだけなのだ。


「ほらほら、遅れるわよ」

「あ!そうだ、行かなきゃ」


 その言葉で、ハッとするユキ。

 彼女は、アカデミーに通い始めたばかり。立派な魔法使いとなるため、日々勉強に励んでいた。遅刻は許されない。


「行ってきます!」


 ユキは、大きく手を振ると再度挨拶を交わし両親に背を向けて走り出す。腰の位置まで伸びた白く長い髪の毛が、彼女の動きに合わせてふわりと舞った。

 それを見て、両親はくすくすと笑う。


「……もう、5歳か。ユキも大きくなったな」

「ねぇ。きっと、すぐに背も抜かされるんでしょうね」

「背だけでなく、今に力も抜かれるな」

「……そうですね。でも、私たちが居ないとあの子の居場所はなくなってしまうわ。まだ守っていかないと」

「勿論だ。でも、どうしても……なぜ、あの子なんだと責めてしまうよ」


 そのやりとりをする2人の表情は、決して娘に見せないもの。いつも上がっている口角は硬く真一文字に結ばれ、その眉間には深いシワが寄っている。


「それが運命だったってだけですよ。あの子には、それだけの力があったんです。そう思わないと……」

「そう割り切れるといいんだがな」


 彼はそう言って、見えなくなった娘の背をまだそこに居るかのように見つめていた。その瞳は、太陽の光を反射して黄色く瞬いている。

 ユキは、天野一族にしか現れない瞳を生まれながらにして持っていた。一族でそれを持つ人は、数百年前に1人確認されただけ。しかも、その人物は能力が開花される前に一族を狙った賊に暗殺されていた。

 その瞳は、ひまわりのように明るくほわっとした見た目に反し、どんな魔法に対しても絶対的な力を発揮しねじ伏せられる力を秘めていると言い伝えられてきた。魔法とのコントロールは難しいが、使いこなせれば魔法界で最強の代物と言い切れるもの。彼女が、一族の中でも重宝されているのはその能力のせいなのである。

 元々、天野一族は黄色い瞳を宿して産まれてくるため、見た目だけでは誰がその能力を持っているのかわからない。それを守り抜くことが、天野一族の使命でもあった。


「いつか。……いつか、ユキは私たちを恨むようになるのでしょうか」

「……いや、それはまだ考えたくない」


 苦いものを飲み込んだような顔をするイチ。

 ユキは、生まれながらにして一族の希望を背負っている。その背負っているものの重さは、大人でも苦しいもの。たった5歳の子どもには、酷な重さだ。


「もう!嫌われたくないからって!」


 イチの言葉を聞き、ななみはついに吹き出してしまった。真剣な表情をあまりしない人なので、面白いのだ。


「どんな結末になろうとも、私はあなたとユキについていくわ」


 イチとななみは互いにふふっと笑うと、家の中に入ろうと方向を変える。

 その時だった。


「あのー、すみません。お尋ねしたいことが」


 突然背後から声が聞こえ、2人は驚いて振り向く。それは、気配が全くなかった。


「何か?」


 イチが、ななみを守るように一歩前に出て警戒しながら問う。すると、その人物は全てを包み込むような優しげな微笑みを浮かべながらこう続けた。




「翡翠石血族ってご存知?」



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