2013年【守田】26 「中谷勇次。しがないチンピラだよ」

「おまえら、いいのか? ワシがいない間に固まりかけてた結論を、自分らでかき乱してるみたいだけどよ?」


「を? かき乱す?」


「ちょっとはツルツルの頭を使えよ、田宮。極道に逆らう奴が、そうそういる訳ねぇだろ。しかも、示し合わせたように同じ啖呵を切ってきたんだぜ。

 つ・ま・り・だ」


 視線というもので、守田は一瞬のうちに串刺しとなる。

 誰しもが悪意に満ちた視線を守田に向けてくる。

 そんな中で、唯一チャンだけは哀れんでくれていた。その理由が守田には、わからない。

 さっき会ったばかりの人のことを、簡単にわかるはずもないのだから。


「――まぁ、なんでもいいんだけどよ。それよりチャンさん。その肉残すんならくれねぇか?」


 浅倉の正面に座るチャンは、食べ終わった皿の上に肉が必ず残っている。

 エビが嫌いな人がいれば、肉が嫌いな人もいる。


 その皿を差し出しながら、

「あなたと川島疾風の関係はなんですか?」

 チャンが守田にたずねてきた。


 愚問だ。

 そんなもの決まっている。


「兄弟分――あの人は、兄貴分だ」


「盃をかわしてるってことか? どこの組だ? 沖田のところの鉄砲玉か? を?」


「勝手に決めつけないでいただきたい。それとも、誰かに押しつけないと困る理由が田宮さんにはあるのですか?」


「ふざけるなよ。うちはガキが被害者なんだぞ。俺が困る理由がどこにある? それどころか、それどころかだ。耳の穴かっぽじって、よく聞け! どこの組の鉄砲玉かわかりゃ、それなりの報復をさせてもらうからな! を!?」


「んだよ親父。誰か殺してもいいのかよ? だったら、おれにやらせてくれよ」

 車椅子のバカが嬉々とする。

「塀にぶちこまれるのはテキトーなの用意してくれ。そうすりゃ、今年の誕生日は処女を一人用意してくれてるだけで我慢してやるからよ」


 不細工な笑みを浮かべながら、車椅子の田宮はテーブルの上の拳銃をつかむ。

 銃口が守田をにらみつける。


「いい判断だ、坊主。逃げられたら面倒になるからな」


「重要な品を握って、脅しに使うのが、いい判断というのか、このハゲは」


「仕方ないだろ、浅倉。そばにいるのがお前だからな。任せといたら、逃げられるかもしれんだろ? を?」


「この店から逃げられるわけねぇだろ。下の階にいた一般の客は、どっかの学校の元校長と、その友人の一組だけだ。ほかは誰かの身内だろ。本当に親子そろってろくな教育を受けてきてねぇんだな」


 浅倉が田宮親子をバカにしている最中にも、チャンと沖田は携帯電話を取り出している。

 一階の連中に、守田を逃がさないように連絡をいれようとしているのだろう。


 なにかを冷静に考えていないと、いまの現実に押しつぶされかねない。


 ふと、携帯電話を見たことで、勇次の携帯に送られてきた添付画像を思い出した。

 弟分として、兄貴分と同じような目に遭うのか。

 冷静に、なにを考えてんだか。


 逃げようとすれば、撃たれるのかもしれない。もう無理だ。

 可能性があるだけで、動けない。


 一歩踏み出すことすらを躊躇っている。

 本当はすぐにでも駆け出して、ドアを開けて、階段を降りていきたい。でも、出来ない。

 足音が聞こえてくる。


 まるで、逃げ出したい気持ちが幻聴を起こしたみたいだった。


「を? 一階から誰かが手柄をたてにきたか?」


 幻聴ではない。

 少なくとも、田宮にも聞こえている。


「私は、まだ電源を入れておりませんので。沖田さんではないですか?」


「いえ。私も同じですよ。つまり、私でもチャンさんでもないとすると」


 足音が扉の前で止まった。

 部屋の外側と同じで、内側からも扉には鳳凰の刺繍が刻まれている。

 みなの注意が、扉に集まる。


 全員が鳳凰を見ている。

 銃を握っている田宮の息子も例外ではない。

 逃げるチャンスだ。でも、動けない。

 今後、事態が好転するとは限らないのに、結局は停滞してしまう。

 自分の底の浅さに嫌気がさす。


 状況は刻一刻と変化していく。

 鳳凰の体を引き裂くようにして、扉は開かれた。

 浅倉や守田が入ってきたときと同じように『仁』の文字が、左右にわかたれる。


 扉を押している男は、我等が兄貴から『仁義』について教わっている。


「誰だ、お前は?」


 田宮の問いかけに、首の骨をポキポキと鳴らしながら、いつもと変わらぬ態度で名乗る。


「中谷勇次。しがないチンピラだよ」

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