2013年【守田】25 聞こえてなかったんなら、もう一回言ってやるよ。

   7


「聞こえてなかったんなら、もう一回言ってやるよ。あんまりふざけたことぬかすなって言ったんだよ」


 守田が自らを鼓舞した結果、会談の場は不穏な空気に包まれた。

 勇次ほどにはチンピラっぷりを出せていなかったにも関わらず、部屋の温度は一気に数度下がっただろう。


「を? どういうつもりだ!」


 大声を出しながらも、田宮は守田を睨んでいなかった。

 オラオラと凄む標的を守田ではなく、沖田と定めたようだ。


「沖田さん、確かそのガキはアンタの切り札だったよな? を?」


 さきほど揚げ足をとられたことに対する仕返しのつもりだろうか。

 沖田を追い詰めようと、田宮はいきいきとしている。


「いまの啖呵を聞いても、私が切り札だと言った意味がわからないのですか?」


 攻められているはずの当人は、冷静なままだ。


「ハッタリもいい加減にしろ! を? なにがいいたい?」


 守田の視界の端で、チャンの表情が微かにこわばったように見えた。


「聞き覚えがありませんか? 我々の家業相手に、あのような台詞を吐く奴に。まさか、心当たりがないとおっしゃるのですか?」


 なにかを悟ったのか、田宮は口を真一文字にして目を見開いた。


「我々のような家業の人間だ。舐められる訳にはいかないので、口をつぐみたい気持ちもわかりますよ。ですからこそ、私から白状いたしましょう」


 グラスに注がれた酒を一口飲んでから、沖田は続ける。


「先日のことです。レンタルビデオ店『青春ごっこ』でアダルトビデオを借りようとしたウチの組員が、何者かに襲われた。ここで重要なのは、彼がさきほど口にした啖呵を切られたということです『あんまりふざけたことをぬかすな』と、一言一句同じです」


「情けないな沖田。巌田屋会の若頭の組が、そんなことでは示しがつかんだろうが」


 伊達の説教に眉一つ動かさず、沖田は涼しい顔をしている。

 切開手術をしたように、パッチリとした二重の目で、彼はチャンを見つめていた。


「そんな風に沖田さんを説教されますと、次にさらけ出すのが恥ずかしくなりますね」


「チャンさん? な、なにをおっしゃって?」


 狼狽する伊達の声は裏返っていた。


「私のところも数名の組員が襲われております。その文句も沖田さんのそれと、全く同じです。偶然なのか、必然なのかで意味合いも変わってきそうですね――さて、私のところと沖田組だけが狙われたのでしょうかね?」


 伊達という男が敵対組織に腰が低いのは、あからさまだ。

 このままでは、沖田に説教をすることで、間接的にチャンの組を批判したことになる。

 ばつの悪そうな伊達の横顔から、汗が滴り落ちた。


「――そっ、そういえば、末端の末端の組員で、ガキどうしの小競り合いがどうとかあったと聞きましたな。もしかしたら、それが沖田のとこやチャンさんのところと同じケースだったのかもしれません」


 ひと息つくように、伊達が汗をぬぐう。

 ハンカチを差し出しながら、沖田が伊達の尻を拭くように、フォローを入れ始める。


「叔父貴のところの組員は、近藤旭日の件から色々と敏感になっているようですからね。あえて、明確に報告をあげてこなかったとも考えられますね」


 伊達の歯軋りの音を掻き消すようなタイミングで、浅倉が大きなゲップをする。

 見ると、エビ以外食うものがなくなっていた。

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