520 第30話:最終話19 I wonder what that will Prove?②




 対峙した人数は2人だった。いや、魔物であれば2体と言うべきか。

 匂いを頼りに先へと進む虎丸の進路を塞ぐような形で現れた。


「先の魔族とはッ、随分と表情が違うなッ」


「そうだね……」


 どうやら奴らも必死になったようだ。タルエルの時とは敵から感じられる雰囲気からして違う。

 2人で現れたのも半ば想定済みだった。

 ただし、ハークの想定通りということは、ハークと同じ次元で相手も考えたことも意味する。

 つまり最善策だ。侮ることはできない。


「狐目……なのはいないわね」


 シア、そしてヴィラデルが順に虎丸の背から降りて、戦闘態勢を取りながら言う。


「そのようだな」


 やや眼が吊り上がっていると思えなくもない者はいた。向かって左の、少し背の小さい方だ。ただし、糸目というほど細長くもない。あれを狐目と呼んだら難癖だろう。

 実際、冷徹な印象を受けるくらいである。下半分が膨らんだ福耳のせいでどことなく貴賓を感じてしまうのは、ハークの前世の影響だろう。古来より福耳は高貴な者の象徴であって、絵画などで良く描かれていた。


「帝国宰相ッ、イローウエルはどちらかねッ?」


 居ないのを承知で敢えてモログが尋ねた。挑発の意味合いも多少兼ねている。


「ふん、モログってのはどいつだ? そこの兜をかぶったデカいヤツか?」


 まさかの逆質問。だが、モログは冷静に返す。


「そうッ、俺だッ。お前たち魔族とやらは名乗り合いもしないのかッ?」


「ちっ、安い挑発だな。……しかしまァ、自分を殺す者の名前くらい知っておきたいものか。良いだろう、名乗ってやろうじゃあないか、サルども。俺の名はベルケーエルだ。高貴な名だぞ、憶えておけ」


 ベルケーエルと名乗った、少し背丈が高く体格も良い方が横の魔族に顔を向けた。お前も名乗れと促しているように見える。


「……我が名はバルビエル」


 福耳野郎がそれだけ言う。態度から察するに、向かって右のベルケーエルと名乗った方よりもこちらを余程見下しているのだろう。

 ハーク自らぶった斬ってやりたくなるが、他に任せるしかない。


『虎丸、奴らのレベルは?』


『左の奴が70、右のが72ッス』


 ならば矢張りイローウエルが奴らの親玉なのだろう。この場にいないというのが、それを如実に示していた。


〈だとすると……、レベルは75前後かも知れん〉


 最も強い者に直接的な護衛を託し、残りは足止めとして残る。

 有効な選択だ。逆の立場であれば、ハークも同じ手段を選択しただろう。最も重要な者を生かすための策だ。


〈だが、逃がす訳にはいかん〉


 相手の目的は時間稼ぎである。だからこそ、不要な名乗り合いにもつき合ったのだ。

 これ以上させる訳にはいかない。


『では、皆! 武運を祈る!』


 全員に念話を送るや否や、虎丸が駆け出す。全速力で。無論、ハークをその背に乗せたままだ。


「ぬおっ!?」


 ベルケーエルが驚愕の声を発した頃には、既に最高速度に達していた虎丸がそのすぐ横を通過していた。敵に突撃すると見せかけ、一気に走り抜けて置き去りにする作戦である。

 上手くはまり、ベルケーエルとバルビエルは一瞬身構えた。そのせいで次の対応に遅れが生じる。


「ちいっ!」


 翼を使って素早く真後ろへと旋回し、身体を向けたベルケーエルは右手をかざして『波動光』を放った。

 それをまるで後ろに眼があるかのように疾走しながらの横っ飛びで見事に左へと躱す虎丸。だが、前方の大地で炸裂した爆風までは避けきれない。


「逃がすか!」


 一瞬勢いの止まった虎丸に追い縋ろうと、ベルケーエルが目一杯翼をはためかせる。

 だが、ここまではハークの想定通りだった。で、あれば、この後も。


『今だ、日毬!』


「キューーーーーーン!」


 ハークの肩にしがみついていた日毬から強烈な魔力が放たれる。薄い半透明状の風の刃が瞬時に、そして無数に形成され、寄り集まり塊となって一つの球体を成す。

 日毬の『風月輪ハリケーン・シェイバー』だった。

 高速回転するそれが、ハーク達を追走しようとするベルケーエルに襲いかかる。


「うおわっ!?」


 本来逃げの一手である筈のハーク達から思わぬ反撃を受け、ベルケーエルは完全に虚を突かれた形となる。

 更に彼らは日毬の存在を知らなかった。小さな日毬はテイゾーに目撃されてもいなかったからだ。

 存在さえ知らぬ者からの攻撃に対応できる筈もなく、ベルケーエルは咄嗟に左腕で己の身を庇う。


 元々非常に高い日毬の魔力は帝国の地にて更に上昇していた。

 以前、日毬が『凍土国オランストレイシア防衛戦』にて使用した『風月輪ハリケーン・シェイバー』は刃の数が16枚だったが、今回はなんと18枚である。当然にその威力は上昇しており、ベルケーエルの左腕に深く喰い込んで骨を裂き、遂には両断してみせる。

 尚も力を失わぬそれを、今度は右腕でもってベルケーエルは受け止めた。


「ぐあああああーっ!?」


 魔族は痛みをほぼ感じぬと聞いたが、自らの肉体を斬り刻まれる恐怖には悲鳴を上げるらしい。

 『風月輪ハリケーン・シェイバー』はベルケーエルの右腕の肉も深く抉り、骨を削った後にようやく魔力を失い無力化、霧散する。その頃には、ハーク達と敵との距離は既に手の出しようもないほどに開いていた。


「アナタこそね。頼んだわよ、ハーク」


「ハーク達ならきっと大丈夫さ。問題なのは、むしろこっちかもね」


「うむッ、そうかも知れんなッ」


 最早ハーク達が肉眼では見えなくなると、モログたち残りの3人も作戦行動を開始する。




 作戦とは、実に単純明快なものだ。

 敵である魔族側の目的も実に単純なものであるからだ。彼らにとっては別にハーク達を打倒し、撃滅させることだけが勝利ではない。

 テイゾー=サギムラを無事に、もっと言えば頭脳だけでも無事に逃せばいい。


 対してハーク達は、それだけは絶対に阻止しなくてはいけないのだった。

 仮に、敵の魔族全員を討ち倒すことができたとしても、あまり意味は無い。奴らはまた新しい肉体に魂を移すだけなのだから。

 そして、無事に逃れたテイゾーは再度『カクヘイキ』を製造し、どこかの街で爆破させる。


 つまり逃せばハーク達の敗北と同義となる。


 ヴィラデルの推測によると、テイゾーは自身の手を汚す行動を極度に嫌う者の独特の傾向がみられるという。だとすれば、1人になれば彼自身無害となる可能性もある。

 だが、事前に魔族の1人からでも、「次会った時に1つの街も消滅させていなければ、貴様を殺す」とでも威圧感たっぷりに言われていたら、迷わず実行に移すことだろう。

 あれはそういう輩だ。ヴィラデルとの対話で分かる。

 口では何と言おうと、テイゾーのような人間は他者の命に対して何の責任も感じることもなければ、省みることもしない。


 誰だってそういうところはあるかも知れないが、普通の人間にとって他者の命と自分の命は等価値ではなく、大抵は後者の方が重い。稀に様々な経験と、本当に大切な者を得てその価値が逆転することもあるが、彼に関しては有り得ない。ゼロはいつまででもゼロなのだ。

 恩義すら彼の中の価値観を変革することはないだろう。元々他者に対する感謝が無いのでは。


 だからこそ、ハーク達はこの地にて、滅んだ帝都の跡地にてテイゾーを何が何でも捕捉しなくてはならない。


 そのためにハークを始めとして、虎丸、日毬が先行するのである。

 単体の実力で言えば、最も強いモログが相応しいのかも知れないが、足の速さであれば虎丸に軍配が上がり、更に超鋭敏なるその五感を駆使すれば確実性は格段に増す。

 そして攻撃力だけで言えば、今の時点でハークが上なのだった。

 更に飛行能力と類稀な魔法力を持つ日毬がこの両者を援護すれば、残りの魔族の中で最も実力者であろうイローウエルにも対抗し得る可能性も高い。


 むしろ厳しいのは、人数差では勝っていても単純なレベルでは逆に水をあけられている、残してきた3人たちの方かも知れなかった。


 ハークは後ろを振り向きたくなる気持ちを、懸命に胸の奥へと押し込めた。




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