518 第30話:最終話17 That is Me②
「これが魔族かッ。初めて見たッ」
モログがもう物言わぬ死体となって横たわるタルエルの姿を見て言う。身体は中心点で真っ二つ、胴体は胸元から腹部まで大きく焼失して穴が開いていたが、原形は留めている方だった。
ハークの『火炎車』で着いた火も、日毬が水魔法で既に鎮火完了している。
「コイツが複数戦闘に慣れていなかったのと、コイツ自身のミスもあって楽に勝てた感じだったけど、実際のところあまり余裕は無かったわね。あそこで決められなければ充分逆も考えられたわ」
ヴィラデルの総括が総てだった。長引けばこちらが不利になっていた可能性は高い。運が良かった。展開に救われ、勝ち運に恵まれたと表現すべきである。
何しろ敵の攻撃力はモログの防御力を貫通してきたのだから。
ちなみに
「それにしても、見れば見るほど人間種に、特にヒト族にそっくりだね」
シアの感想に、ハークも同意する。
「まったくだ。翼を考慮の外に置けば、異なる点を探す方が困難だな」
まじまじと、ハークもタルエルを観察する。
すると、どうにも気になる点があった。動いている時は解らなかったが、左右の腕の長さが微妙に違うのだ。筋肉のつき方までも異なっている。特に後者に関しては顕著だった。
これは、前世でも片側の腕のみを頻繁に使う職種によく見られるものだった。川の渡し守や特定の地域の材木運びなどを思い出すものの、どこか違和感がある。
「みんな! 観察も良いけど、すぐにアイツを追い駆けるわよ! 『カクヘイキ』っていうモノが、ここで使われたもの以外にもまだあるのかどうかは分からないけど、テイゾーを自由にさせるワケにはいかないわ!」
「ヴィラデルの言う通りだなッ! 魔族も怖いがッ、テイゾーには時間を与えれば与えるほどヤツ自身の恐ろしさは増加していく怖さがあるッ! 何としてもッ、ここで我らが無力化せねばなるまいッ!」
「そうだね! 行こう!」
シアも肯いた。
あのテイゾー=サギムラだけは野放しにする訳にはいかない。ハーク達が今日、この地にて絶対に捕縛、もしくは命を奪う必要があった。さもなければ、この帝都の二の舞となる都市が、大陸各地で続々と増える結果となりかねない。それこそモーデルの大都市、古都ソーディアン、王都レ・ルゾンモーデル、ワレンシュタイン領オルレオンのいずれかが次に消滅させられてもおかしくはないのだ。
止めなければならない、今日ここで。
逆に言えば、今日だけがテイゾーを止められる最大の好機だった。
「よし、ヴィラデルとシアはいつものように儂の後ろに跨ってくれ。虎丸、頼むぞ」
『お任せッス! 追いつくッスよ!』
意気上げる虎丸であるが、ハークは既に難しいのではないかとも思っていた。どうにも悪い予感がする。
「うむ。だが、虎丸よ、もし相手が合流していれば戦力が足らない。モログと速度を合わせてくれ。モログ、いつも済まんが、よろしく頼む」
毎度のことだが、モログの身体は大き過ぎて、ハークにヴィラデル、そしてシアが乗ればもう物理的に跨れる場所がない。
「問題無いッ。……そうかッ、宰相イローウエルの側近と思しき者は3名ッ。イローウエル自身も魔族であればッ、我々はあと3名の魔族と対峙せねばならんかッ」
「そういうことだ。先の魔族のようにこちらを侮ってくれれば良いが、……難しいだろうからな。エルザルド、移動中に作戦を立てたい。知恵を貸してくれ。あと、魔族に関しての情報もできる限り欲しい」
『承知している。全てを提供しよう』
「まぁ、そうよね。テイゾーがアタシ達よりも先に魔族と合流していれば、さすがに仲間が倒されたと気づくでしょうからね」
「そっか、余裕を見せていたさっきの、とは違うってことだね?」
ヴィラデルとシアが虎丸の背に跨りながら言う。
余裕。確かにそう感じられるのも分かる。だが、ハークはどこか違う気がした。
虎丸とモログが走り出す。すかさずハークは念話に切り換えた。
『余裕というよりも、緊張感が足りない気がしたな。尤も、そのお陰で勝てたようなものだったが……』
戦いで真の実力を全て発揮するには、緊張のしすぎで呑み込まれてしまっても無論いけないが、全くの緊張感無しというのも逆にいただけない。極めて危険だ。
得てして実戦に慣れ始めた頃に多い現象である。所謂、慣れ始めが一番危ないというヤツだ。ハークも前世の若い頃に一度は苦労した。
が、真相は別である。エルザルドが語った。
『緊張感が足りない、か。それも当然。ヤツらは我々と違い、命など懸けてはおらぬからな』
『命を……懸けていない……?』
ハークはぐるんと首を回してヴィラデル越しに倒した魔族の方へと眼を向けたが、とっくに見えるような距離ではなくなっていた。
◇ ◇ ◇
ハークの悪い予感通り、テイゾー=サギムラは自らの保護者たちとの合流を果たしていた。
テイゾーが魔族たちによって、簡単に死なぬようにとある程度のレベル上げを事前に施されていたのが、功を奏した形である。更に彼は非常に逃げ足が速いという特徴を持っていた。これは、前世譲りの特色でもある。彼は前世より、その逃げ足の速さによって、数度の危機を脱したこともあった。
息も絶え絶えな彼を最初に見つけたのはバルビエルだった。
「どうした、テイゾー!? 他の連中は!?」
バルビエルは最近
「……はぁっ、はっ、はひっ……! そっ、そのっ、……サ、サルどもに襲われて……!」
「何!? サルどもだと!? 亜人どものことか!?」
騒ぎを聞きつけ、旧皇城の地下に秘密裏に用意されていたシェルター施設より、イローウエルとベルケーエルが飛び上がってくる。もはや、その背の白い翼も、隠そうともしない。
「テイゾー。タルエルはどうしました?」
「けっ……研究ぞっ……研究所にっ……!」
「まさか、テイゾー! 貴様、タルエルを置き去りにしたのか!?」
「ひぃっ! ち、違うよ! タルエル様に先に行けと指示されたんです!」
「何だと!?」
「ひぃい!」
「ベルケーエル! お待ちなさい。タルエルの判断ということであれば、正しいかも知れません。テイゾー、相手の人数と特徴を教えなさい」
「きょ、巨人族みたいな男と女が1人ずつ、あ、あと、エルフ族っぽい男女! ……男の方は慌てていてよく見えていないですけど……。それと、白くてデカい魔獣が、1体です……」
テイゾーは、実は日毬を見ていなかった。
「巨人族にエルフ? 妙な取り合わせですね……。ですが、エルフとなればモーデルの手の者、というのは確実でしょう」
「すぐにタルエルの加勢にいくぞ!」
「待ってください、ベルケーエル。ここと研究所があった場所を考えれば、もう間に合わないでしょう」
「イローウエル! タルエルがサルどもごときに後れを取ると思っているのか!?」
「分かりません。しかし、巨人族のような男、といえば西大陸諸国最強の男、モログの特徴と一致します。もし、彼であれば……」
「タルエルのレベルは71あるのだぞ!? それに、ヤツには『ユニークスキル』は持っていないと調査結果が出たじゃあないか!」
「それでもです。モログは我々の本体を、あの忌々しい半島へと完全に追い遣った『勇者』の武術を使うと聞きます」
「ぐ……、くそぉっ!」
ベルケーエルは今にも地団駄を踏みそうな勢いであった。一方で、テイゾーは背後から舌打ちらしき音も聞く。
「タルエルとて覚悟していることでしょう。彼は我々の大義、天使としての役目をよく理解していましたから。テイゾー、核兵器製造用の機器は、一体どうなりましたか?」
「半分以上、壊れちゃいましたよ……。運び出しの準備をしている際中に、サルたちが押し入ってきて……」
実際に、搬出途中であった機材にハーク達が打ち壊したシェルターの扉が降って、破損してしまったものもあったろう。
だが、ほとんどの破壊の原因はタルエルが放った『波動光』のせいだった。
これを正直に告白しないのは、持って生まれたテイゾーの危機回避能力によるものである。ずる賢さ、とも言い換えてもよかった。自らの生命線ともなる存在の機嫌を、自分で傾かせて良いことはない。
「何てことだ……! これでは2つ目の生産は絶望的ではないか!」
「ひぃえ! と、突然だったんです!」
「大丈夫です、ベルケーエル。テイゾーさえいれば。時間はかかっても再生産は可能です。我らは天使。永遠の存在ではないですか」
「……そうだな。イローウエルの言う通りだ。テイゾーさえ……、こいつの頭さえ守りきれば、どの道我らは宿願を果たせる!」
「そうです。時にベルケーエル、足はどうですか?」
ベルケーエルは思いっ切り右の足を振ってみせる。地面が砕け、粉砕されたが、悲鳴を上げるテイゾーに対して、もう構う者もいない。
「ちっ、まだ完全ではないな」
「では、もし敵がテイゾーの報告通りの数で、損失なく現れた場合、これを使いましょう」
イローウエルは懐から人数分の小銃のような注入器を取り出した。
「量子型ナノマシンか……。もうほとんど残っていないのではなかったのか?」
テイゾーは知っている。というより、憶えている。あれを使って、機械兵の装甲や内部構造に回復再生能力を与えることに成功したのだ。
「持っている分は、これで最後です。ですが、ここで使うべきでしょう」
「……しかし、それを使ってしまったら……」
「ええ。この肉体の寿命もだいぶ縮むことになるでしょう。場合によっては4、5年で自壊が始まるかも知れません。ですが、我らの宿願、我らの役目を果たすためです」
「そうだな。解ったよ」
ベルケーエルとバルビエルの手がそれぞれ伸び、イローウエルより注入器を受け取った。
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